第4話「文化的なコミュニケーション」





 ――なるほど、なんで魔物の領域に人類種がいるのかと思ったら、初期エリアの雑魚モンスターの盗賊か。


 通路でエンカウントした盗賊を1人ずつ不意打ちで倒し、最後に広間で2人まとめて倒すと、レアは通路に寝かせてあった2人の盗賊を広間へ蹴り落とした。

 殺してはいないはずだが、落下の衝撃でも目を覚ましたものは居なかった。


 考えてみれば、魔物の領域で魔物アバターで始めた場合、周りが同種のモンスターばかりで、かつ会話が通じてしまったらその周辺で気軽に経験値稼ぎも出来なくなってしまう。

 しかしスポーン候補場所のそばに人類種の盗賊を配置しておけば、プレイヤーが魔物アバターだろうと人類アバターだろうと気兼ねなく経験値にできる。よく考えられたやり方だ。


 レアはチュートリアルのサポートAIに注意されたことを心に留めていたため、念の為命を奪うのはやめておいた。

 殺すのはいつでもできるが、NPCはリスポーンしない。

 それに殺さなくても、無力化に成功した時点で大量の経験値が入手できていた。


 このゲームで経験値を入手する手段は、実は戦闘だけではない。

 生産活動でも経験値は入手できるし、どこかに盗みに入り、誰にも見つからないように脱出するというような、生産も戦闘もしない行動でも経験値は手に入る。

 得られる経験値は、行動の難易度と現在の自分の実力によって左右される。

 まったく経験値を振っていないプレイヤーが生産活動を行えば、スキルやパラメータに経験値を振って成長したプレイヤーが行うよりはるかに多くの経験値を得ることができる。

 もちろん成功すればの話で、失敗してもいくらか経験値は手に入るが、それくらいなら生産スキルを取って成功率を上げたほうが効率はいい。

 

 キャラクタークリエイトで初期の100ポイントをまったく使っていないどころか、逆に110ポイントに増やした状態でゲームをスタートさせたレアは、システム判定としてはあらゆる分野において素人以下である。

 経験値は持っているだけではなんの意味もなく、パラメータやスキルに振って初めて価値が出る。

 それを逆手に取ったのが、レアのこのプレイングだ。


 レアはもともと実家の家業の事情で、護身術を修めていた。これは良家の子女のために、一族で古より研鑽を積んできた歴史ある流派だ。習うのが良家の子女ばかりということもあって、体格も筋力も器用さも持たない者が、合気道や古武道などにも謳われる「理」をもって無傷で相手を打ち倒すという理念の護身術である。

 そういうコンセプトであるから、筋肉が必要以上についてしまうような通常の鍛錬を行うのは推奨されない。良家の子女としては、まず第一に女性らしく美しくあらねばならないからだ。

 当然ながら、武道を嗜むものたちからは長らく理想のみの口だけ流派と蔑まれてきた。


 しかしVR技術の躍進によってその状況は一変する。

 なにしろ身体を鍛えることなく、いくらでも鍛錬が可能になったのだ。

 いかに自分の力を使わずに相手を倒すかという「理」の真髄。

 これを脳の中だけで修練を完結させ、現実では自身の肉体で脳内のイメージとのすり合わせのみを行う。

 物心ついてから暇さえあればVRでこれをやらされてきたレアだ。

 自身のアバターの能力値が低いというのは、むしろ望むところであった。


 本来ゲームバランスとしては、初期スポーン時のプレイヤーの所持経験値は使い切ってあるという前提で調整してある。そうであろうということはクローズドテストの時点でわかっていた。

 ゆえにクローズドテストと経験値取得の仕様が同じであることを期待して、このようなビルドで開始したのだった。


 この難易度との格差による経験値補正は大きく、同格の場合と格上の場合、格下の場合と同格の場合で、それぞれ最大で10倍近い差が出るほどだ。

 戦闘で言えば、格上の敵と戦い続けた場合と格下の敵と戦い続けた場合とでは、経験値効率に最大で100倍弱の差が生まれるということになる。

 もっともこれは理論値であって、実際に経験値が10倍も貰えてしまうような敵と戦えばまともな戦闘にならずに死ぬだけだし、生産活動にしても材料を無駄にするだけだが。


 レアは予想外に大量に入手できた経験値に内心ほくそ笑んだ。

 今の戦闘で得られた経験値は合計で300ポイント。

 もともとあった分と合わせて、保有経験値は410ポイントにもなっていた。

 なぜこんなにも貰えたのかは不明だが、さしあたってすぐに使用するつもりもないので後で考えることにして、気絶した盗賊たちを拘束することにした。

 盗賊たちはロープの類も持っていなかったため、とりあえず服を脱がせた。

 目を覚ます様子がなかったので、脱がせた服で手足を縛った。適当な間隔をあけて盗賊たちを転がし、一人ずつ気付けを行って強制的に目を覚まさせた。


 いよいよNPCとのファーストコンタクトである。

 なお不意打ちはコンタクトにはカウントしない。





 しかしせっかくのファーストコンタクトにわくわくしていたというのに、眼を覚ました盗賊たちはわめき散らして暴れようとするばかりで会話にならなかった。

 仕方なくレアは盗賊たちが騒ぐたびに丁寧に説得を行った。言語による説得が難しい状況であったので、もっとも原始的かつ効率的な説得力を行使した。

 何度か繰り返すうちに盗賊たちは次第に文化的になってきた。

 ようやくファーストコンタクトが始められる。

 なお説得力の行使はコンタクトにはカウントしない。


「やあ、まずは自己紹介かな。わたしはレアという。ごらんの通りエルフだ。君たちは獣人かな? 代表者は誰だい? ああ、代表者に限っては口を開いてもいいことにしよう」


 レアがやさしく語りかけると、先ほどは一番騒いでいた盗賊が恐る恐る名乗った。


「……ゲ……ケリーだ……。あん、あんだいっだい……」


「あんた? 口の利き方はママに習わなかったのかい? わたしは座っていて、君たちは縛られて転がされているんだから、どちらが立場が上なのか考えなくともわかるだろう?」


「ひ……っ! ずまな、すまない! なんて呼んだらいいんだ! 親からそんなごど教わっでない!」


「そうだったのか。あまり教育に熱心でない家庭だったんだね。それは悪かった。『あんた』を少し上品にすると『あなた』という言い方になるんだ。覚えておくと余計なケガをしなくてすむよ。ところでずいぶんと話しにくそうだが、魔法薬は要るかな?」


 そう言うとレアはインベントリからLPライフポイントポーションをとりだし、ケリーの前に置いた。

 インベントリというのはプレイヤーがゲームスタート時から使えるシステム機能のひとつで、所持品を入れておくことができる。クローズドテストから今までで、インベントリがいっぱいになったという話は聞かないが、それだけにどれだけ物が入るのかはわかっていない。


 そのインベントリの中にはじめから入っていたのが今取り出したポーションだ。まだあと9本残っている。

 クローズドテストのときは5本だったが、代わりにキャラ作成時に取得した武器スキルに合わせた武器がひとつ入っていたので、そうしたスキルを初期取得しなかったせいでLPポーションが5本多いのかもしれない。

 何にしても多いに越したことはない。通常より5本多いと思っておけば、ここで4人の盗賊に4本使ったところで損した気分にならずにすむ。


 LPポーションを不審そうに睨みつけながら、ケリーがうめいた。


「ごれ……ごれはなんだ……? どくか……? あだしたちをごろすのか……?」


「まさかポーションを知らないのかい? 一般的にそうなのか? ここらの地域だけかな? クロー……むかし街に行ったときは普通にポーションを売っている店もあったと思ったんだけど」


「まぢは……服と、食糧しかかっだごとがない……」


「なんだそうなのか。これは傷を癒す魔法の薬だ。全快にはならないだろうが、話すに不足ない程度には回復するだろう。そら、飲ませてあげるからじっとして」


 ポーションの瓶を開けケリーの口に流し込んだ。

 ケリーは口内の傷に沁みたようで一瞬顔を顰めたが、すぐに驚いたような顔でレアを見つめてきた。


 ここにきて初めて、レアはこの4人が盗賊ではない可能性に思い至った。

 薄汚れた武装集団が、魔物の領域であろう洞窟で、さも生活しているかのようなふるまいをしていたため咄嗟に襲ってしまったが、今思えばどこかに依頼を受けて調査に来た傭兵だとか、近くの村に住む猟師が休憩のために立ち寄ったとか、もっと平和的な可能性もあった。

 スポーン地点のすぐそばにいたから雑魚モンスターだというのはいかにもゲーム的なメタ視点というやつで、今思えばとりわけこのゲームに関して言えばそういったことは関係がなかった。


 公式発表ではリアリティの追求を一番に考えた画期的な新システムとされているが、噂ではワールドシミュレーターの運用テストだとも言われていたからだ。

 その噂にいくらかでも真実が混じっているのなら、異世界のシミュレートをしている環境でわざわざプレイヤーひとりひとりを想定したお膳立てなどすまい。


 ただ結果論ではあるが、ポーションを知らない傭兵などいないだろうし、猟師にしたって聞いたことくらいはあろうし、街や村などのコミュニティとのつながりが薄そうだと感じたことで盗賊説がもっとも有力になったのには安心したが。


「さあ、痛みがとれたなら話してくれないか。君たちのことを。これまでどういう生活をしてきて、ここで何をしていたのかを」





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