第3話「ケリー」





 ──この洞窟を見つける事ができたのは僥倖だった。


 魔物の領域に入っていくらも歩かない場所に、この洞窟はあった。

 普通だったら見つけられないような場所だったが、メンバーの中で一番めざといライリーの目にかかれば一目瞭然だった。

 しばらくはここを拠点に生活することにする。人類の国の中には自分たちの居場所はない。





 魔物の領域にある洞窟。

 そこに入り込んでいたケリーたちは、元は猫獣人たちが暮らす集落の子どもたちだった。

 しかし集落は魔物の領域の拡大の影響か、作物の収穫量、狩りの獲物が減少し、徐々に立ち行かなくなっていった。

 そして食うに困った集落の大人たちによって、4人まとめて親たちに売られそうになったところを逃げ出したのがケリーたちだった。


 しかし子どもだけで生きていくことなど不可能だ。

 ただでさえ集落の近くは食べ物も少ない。魔物の領域も近いため、凶悪なモンスターに襲われるかもしれない。

 集落の人間に見つかれば、連れ戻されて今度こそどこともしれぬ場所へ売り飛ばされる。


 最年長のケリーは、3人の幼馴染を連れて必死で逃げた。


 隣の集落まで逃げ、見つからないように隠れながら、畑の作物をあさった。

 夜まで待って、集落の外れに近い家に忍び込んだ。今着ている服だけでは、もう少し寒くなったら死んでしまう。なにか着るものが必要だ。

 ついでにと台所で塩を探していたら、一番年下のマリオンが洗濯物をみつけてきた。これをもらっていこう。


 家の住人が起きてきた。見つかった。逃げなければ売られる。

 マリオンのひとつ上のレミーが捕まった。逃げるわけにはいかなくなった。

 マリオンが洗濯物を投げつけた。住人の顔を洗濯物が覆った。レミーから手が離れる。

 今しかない。ここでこいつを静かにさせなければ自分たちは売られる。

 近くにあったナイフを掴んだ。顔を覆う洗濯物を取ろうとしゃがみ込んだ住人のうなじに突き刺した。びっくりするほど深くまで入った。住人は一度大きくのけぞったあと、踊りながら倒れて、もう立ち上がらなかった。


 罪悪感はなかった。ただ安堵した。4人ともそうだった。


 2番目に年上のライリーが砥石を見つけた。ライリーはいつもめざとい。

 夕食の調理にでも使ったナイフを、研いだばかりだったのだろう。だからよく刺さった。運が良かった。自分たちにとっては。


 金目の物はなかったが、ナタや草刈り鎌を盗んだ。血のついてしまった洗濯物もいただいた。

 もう一軒、となりの家にも忍び込んだ。こんどは最初から寝ている住人のもとへ行った。血のついた洗濯物で顔を押さえつけ、ナイフで喉を掻ききった。血のついた洗濯物はそこで捨てた。かわりに血のついてない衣服を手に入れた。この家には塩もあった。刃物も人数分入手できた。

 夜が明ける前に集落を出た。


 それからいろんな集落で盗んだり、たまに殺したりしながら逃げ続けた。

 2年も経った頃、盗むのも殺すのも、隠れるのも探すのもだいぶうまくやれるようになった。

 この頃になると、時々同じようなことをしている大人の集団とかち合うようになった。だいたいは見つかる前に逃げたが、逃げるより殺したほうが早いときは殺した。この大人たちは草刈り鎌やナタよりも、もっと上等な武器を持っていた。

 集落で狩人が使っていた、弓とかいう飛び道具を持っている大人がいた。

 びっくりはしたが、夜の森で猫獣人に矢を当てるのは大変難しい。ケリーが矢を避けているうちに、マリオンが忍び寄って喉元を切り裂いた。弓矢を手に入れた。


 さらに2年くらいは、武器の使い方を練習することを優先した。武器が消耗したり、矢がなくなったりしたら、同業者を襲って補充した。いい練習にもなった。

 こいつらは集落の住人と違って、お金を持っていることがあった。お金があれば街へ行き、食べ物や服を買うことができた。なるほど集落の大人たちはこうやって服を手に入れていたのか。


 しばらくはそうやって、木のウロや茂みで昼をやり過ごし、夜に活動しながら国を縦断した。

 生まれ育った集落を逃げ出してから、5年経っていた。

 いつの間にか魔物の領域に入っていた。ライリーが洞窟を見つけた。


 それが今いるこの洞窟だった。

 この洞窟は入り口からしばらくは狭く曲がりくねっているが、その先に開けた場所がある。4人はその広間を拠点にすることにした。

 ここは実に奇妙な洞窟で、見てもわからない程度に壁が光を発している。そのおかげで火を使わなくても行動に支障が出ない。

 とはいえ通常の生活ができるほど明るくはないので、広間では篝火を焚いていた。

 煙が出ているはずなのに、全然煙たくならないのも不思議だ。

 だが便利なので気にするものは居なかった。

 広間の奥の壁には高い位置に横穴があり、よじ登って進んでいくと二股に分かれていた。一方はすぐに行き止まりで、もう一方は狭く長い下り坂になっていて、一番奥には湖があった。

 行き止まりの方はトイレとして使うことにした。

 奥の湖のおかげで水にも困らない。魔物もこの洞窟には入ってこないようだった。


 探索を終えて一息ついたころ、マリオンがトイレに行った。

 篝火を使って3人で食事の準備をしていたが、マリオンが一向に帰ってこない。

 トイレはすぐそこの行き止まりに決めたはずだ。まさか奥の地底湖まで行ったのか。


「ちょっと見てくるよ。アンタたちは先に食べてな」


 ケリーはそう言って壁をよじ登り、横穴に入った。マリオンの姿は見えない。行き止まりを軽く覗いて、居なければ地底湖まで行こう。

 分岐路を行き止まりの方へ曲がったところで、衝撃とともにケリーの意識は暗転した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る