第2話「すえた匂い」





 チュートリアルはスキップできない。


 サポートAIが映像を交えて世界観や最低限プレイヤーが知っておくべき仕様などを解説してくれる。のはいいのだが、前述の通り飛ばすことはできないし、ときどき「聞いていましたか?」などとチェックが入るため、適当に聞き流すこともできない。クローズドテストのときはスキップできたので、おそらくチュートリアルを聞かなかったことでなにか問題が起きたテスターがいたのだろう。


 要約すると、重要と思われる部分は、


「プレイヤーキャラクターとノンプレイヤーキャラクターには世界観的には差がない」


「PCとNPCのシステム的な違いは『システムメッセージを受け取ることができるか』という点だけである」


「NPCとモンスターにはシステム的な区別はない」


「プレイヤーがログアウト中も、プレイヤーのアバターはその場に残り続け、眠っているという設定になっている」


 といったところだろうか。


 1時間にせまるほどの長い説明の中で、サポートAIが特に強調していたのはこのくらいだった。

 もちろんNPCに搭載してあるAIとモンスターに搭載してあるAIには知能に差があるし、NPC同士でも、同じモンスター同士でも個性と言える程度の差があるらしいが。


 レアはこの時、その注意事項は道徳的な示唆を含んだものだと解釈していた。

 つまりNPCだからと居丈高に接したり、モンスターだからと無為に殺生したり、配慮の足りない行動は控えるように、というような。


 スキップできないチュートリアルを終えると、レアはじめじめした薄暗い場所にスポーンした。どこかの洞窟の袋小路のようだ。なんだかえた匂いもする。

 光源がないにもかかわらず完全な暗闇ではないのが気になるが、初期エリアだからだろうか。

 軽くあたりを見回した限りではエネミーはいない。プレイヤーの姿もない。


 ゲームを始めるにあたっての初期スポーン位置はおおざっぱにだが選択できる。

 大陸に6つあるとされる国々、そのうちのいずれかを選べば、その国内に設定されているいくつかの初期スポーン位置のどこかにランダムにスポーンする。


 この場合は、周辺には基本的にキャラクタークリエイト直後のプレイヤーキャラと同格のエネミーしかおらず、そうしたエネミーしかポップしないエリアの近くに町か村がある。

 それらの町や村を序盤の拠点にし、徐々に活動範囲を広げたり、より強いエネミーのいる地域に拠点を移したりしてゲームを進めていくのが基本的なプレイスタイルになる。


 しかし、初期種族でゴブリンやスケルトンを選んだプレイヤーをそのような人里近い場所からスタートさせるのは問題がある。

 大陸の6つの国はどれも人類種国家と呼ばれる国々で、ヒューマンが多い国、エルフの国、ドワーフが多い国、獣人が多い国など、ゲームの中の世界で人類に分類されている種族が運営する国である。


 こうした国家の影響下では、ゴブリンやスケルトンは討伐対象である。

 ゴブリンやスケルトンを選んだ場合に経験値の還元が多いのはそういったデメリットの裏返しでもあった。

 これらの理由から、ゴブリンやスケルトンが町のすぐそばからスタートしてしまうと、住民などに通報されて討伐隊に襲われる危険がある。

 そこで死亡した場合、デスペナルティを受けた上で、初期スポーン位置にリスポーンする。衛兵が周辺を警戒していれば、すぐにでもまた討伐されるだろう。

 自動デスペナ製造システムの完成だ。


 とはいえ、NPCである衛兵や住民には高度なAIが搭載されているので、討伐しても特定の場所からポップするモンスターだと認識されれば、スポーン位置に檻や罠を設置するなどして、実際には延々と討伐し続けるといった異常行動はとらない。

 人類種に捕獲された魔物プレイヤーがどういう運命をたどるのかはわからないが。


 そうした一種の詰み状態を回避するために、6国家以外を選択することも可能になっている。

 6国家側の言うところの、「魔物の領域」だ。

 魔物の領域であれば、基本的に人類種はいない。同じ種族の魔物であれば攻撃されないかといえば、必ずしもそうとは限らないが、問答無用で殺しにくる人類種よりはいくらか理性的に接することもできる。


 レアが初期スポーンしたのは、そうした魔物の領域のひとつだ。

 レアはエルフであり、人類種に分類されるが、初期スポーン位置は別に種族に関係なく選択できる。もちろんその選択によって受けるあらゆるペナルティや障害は選択したプレイヤーの自己責任であり、運営側としては「本人が望んでその状況に置かれている」と判断するよりない。ゴブリンが人類種に捕獲されて、どんな目にあうかもわからない境遇を楽しむプレイも可能というだけのことである。


 エルフで、さらにシステムに美形であると判定されたレアが、ここで魔物に捕獲された場合、どのような目にあってしまうのかは想像に難くないが、あくまで薄い本が熱くなるだけのことであり、公式からはそういったことは起こりませんと回答が来るのみであり、ゲーム的にはリスキルされ続けるだけのことになる。初期エリアに居るような魔物のAIは衛兵と違い罠などを利用する知能はない。


 そうしたリスクがあるにもかかわらずレアがここを選んだのは、先天的な特性のためだ。

 『アルビニズム』は日光に弱く、『視力の低下』は広く見通しがいいフィールドに向かない。

 おそらくスケルトンかなにかのために用意されたと思しき洞窟系の初期位置から、ランダムに選ばれたのが今レアがいる場所なのだろう。


 魔物には人類種の国家の違いなど関係ないため、6国家を選ばない場合はレアの選んだ「洞窟環境」のように周辺環境を選択する形になる。そのため今いる場所は魔物の領域のどこかであることは確かだが、それがどの国に近い場所なのかはわからない。


 エルフであるレアにとって、周辺にはエネミーとなる魔物しかいない。

 スケルトンが選ぶであろう初期位置ということも考えれば、アンデッド系の魔物が多い可能性もある。


 いずれにしても、まずは拠点として使える場所を確保しなければならない。

 洞窟内にそういうものがあるかは不明だが、仮に自分がスケルトンとしてスタートしていたとしても同様の問題はあるはずなので、なんらかのセーフティエリアのようなものはあるとみてそれを探していけばいいはずだ。

 

 行動方針を決めたなら速やかに行動に移すべきだ。袋小路であるこの場所で襲われればリスキル無限ループに陥りかねない。

 現状レアはなんのスキルも持っていないため、キャラクターのベースの運動能力のみで乗り切らなければならない。

 クローズドテストと同程度の初期エネミーなら、今の能力値のままでも素手で対応できるはずだ。自身の技術を考えるなら、欲を言えば人型のエネミーが望ましいが。

 

 最初の分岐点の壁にはりつき、顔の半分だけ出して曲がり角のむこうを窺う。

 動くものは見えない。ただでさえ薄暗い上、先天的な特性のせいで視力が弱いためはっきりとは見えないが、動きがあるかどうかくらいはわかる。

 しばらく待っても動くものは現れない。

 分岐点の壁に石でしるしをつけると、とりあえず右側に進むことにした。

 壁伝いに道なりに進んでいくと、洞窟の先の曲がり角と思しき壁の向こうから、うっすらと明かりがもれているのが見えた。


 あれが仮に出口だとして、明かりが日の光ならば今出て行ってもダメージを受けるだけだ。しかし洞窟の出口の場所は把握しておく必要がある。

 慎重に明かりを目指して歩いて行った。


 近づくにつれ、人の話し声のようなものが聞こえてきた。


 ――魔物の領域の洞窟の中に人類種がいるのか……?


 人類種と決まったわけではない。人語を話す魔物の可能性もある。

 いずれにしても声の反響具合から、すぐそこに洞窟の出口があるという感じではない。

 出口でないなら、この明かりは何者かが目的をもって用意した可能性が高い。魔物がそんなことをするだろうか。

 ならばやはり人類種か。

 たまたま同じ地点にスポーンしたプレイヤーかもしれない。

 それを確かめるべく、壁越しに慎重に覗き込む。


「ちょっと、奥でおしっこしてくる」





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