01:09.12
扉をあけると、それなりの大きさの空間が広がっていた。体育館ほどの天井だが、広さはそれの半分くらいだろうか。床や壁にはところどころ傷や焦げた跡、明らかに後から付け足された部分などがあった。
「来たか。こちらの方に来たまえ」
星宮が手招きした。隣には少し小柄な男の子が立っている。
「時間ぴったりだな。迷って遅れてしまうのではないかと少し思っていたが」
早めには着くつもりであったが少し迷ってしまい、結果的には時間丁度に着いてしまったのだが。
「紹介しよう。こちらが在業潤だ。現在、初等部にいるのは君たち2人だけだ。仲良くやっていこう」
在業は礼をする。
「市之瀬巡です。よろしくお願いします」
「潤です。よろしくお願いします」
ごく普通の大人しそうな少年であった。しかし、その少年に冠された名の意味を巡は無視することはできなかった。
「あいつが向こうに行ってから一か月くらいか? これで少しはワイワイできたらいいな」
星宮の言うあいつが誰の事を指しているのかは分からないが、きっと先に中等部に行った人のことだろう。
「初対面だからといってお手手を繋いでお遊戯会というわけにもいくまい。早速だが、実践の方に移っていこう。在業、いつもの部屋に行っててくれ」
「はい」
そう言うと、在業は奥の部屋に入っていってしまった。その表情は良く見えなかった。
「君はここだ。ここに座りなさい」
「あの後、君の異能について考えた。今からそれについての仮説を述べる」
そう言って、星宮はホワイトボードの前に立った。そこにはなにやら色々なことが書き込まれている。
「君は高速移動をしているのではなく、時間を拡張させている」
そこに書いてある内容を読もうとするよりも早く星宮は話し始めた。
「はい?」
「君は昨日こう言っていた。“10分なわけがないんです”と」
星宮は昨日の巡のセリフを繰り返す。
「しかし、数字は嘘をつかない。君が確実に21時間だったと主張するように、こちらの機器も確実に10分であったと記録している。普通なら後者を信用するだろう。人間の記憶力なんてものはあまりに脆いからだ。それが極限状態であったのならば尚更だ」
ホワイトボードを指さす。何と書いてあるかはよく分からない。
「だが、私は生徒の発言を蔑ろにせず、しっかりと汲み取る良い先生である。そこでこの二つの証言を照らし合わせた」
こちらの様子を伺うまでもなく、星宮は続ける。
「可能性としてはあり得るのは、君が10分という長さを21時間もの長さに拡張したという説だ」
いよいよ巡は話においつけなくなってきた。
「では実際に計算してみよう。ここからは簡単な算数だ。人間の平均的な歩く速度を時速4kmとして、もしも10分を21時間に拡張して歩くことができたらどうなるだろうか。面倒だから先に言うが、2つには126倍の開きがある」
急に星宮が黙ったことで、巡は自分に問いかけられているのだと気が付き、慌てて答える。
「その人は10分間、時速512kmで移動できる……?」
怯えながらそう答えると、星宮は満足そうに頷く。
「理論上はそうなる。拡張させた分だけ早く移動することができる。当人は21時間ただ歩いているだけだが、端から見れば、その人が10分間高速で移動しているように見えるというわけだ。そして、私は君がそれを行っているのだと考えている」
あまりに突拍子もない話で巡は驚く。
「そんなこと、可能なのでしょうか?」
「あくまで仮説だ。ずっと仮説の話をしていたって仕方がない。何、それを明らかにするために今日の訓練内容を考えてきた。案外、体を動かしてみたら、すぐに解決するかもしれない」
解決しなかった。
どうしても、コツがつかめない。そもそも、本人はやったという実感がないためつかむコツすらないわけだが。
まずは、一通り、走ってみる。力んでみる。叫んでみる。
何も起きない。
あの時と同じだ。
やはり、自分に異能なんてものはないのだろうか。
焦る。
何かの間違いで、こんなところにいるのではないのか。
きっとそうに違いない。
じゃなければこんなみじめな思いをしなくていいはずだ。
焦がれる。
期待をしていると昨日この人は言ってくれた。
だが、とてもそれに応えられるとは思えない。
視界が一気に狭くなる。
「市之瀬!一旦休憩だ。昼食にしよう」
部屋の前部で機器をいじっていた星宮が顔を上げ、巡を呼び止める。
どこか遠くの方で声が聞こえた気がした。
(もう3時間もやってたのか)
時間。時間。時間。
時間というものは一時も離れることはない。
時間とはこの世の何よりも多くの時を過ごしてきた。
それなのに、分からないことがたくさんある。
3時間と聞くだけでは、とてつもなく長く感じるのに、どうして実際にはこんなに早く感じるのだろう。
ふぅとゆっくりと息を吸う。
歩く。歩き始める。
その時、奇妙なことが起きた。
時計の針の音が聞こえてきたのだ。
歩きながら、周りを見渡す。
時計なんてものはどこにもなかった。
それでもあの音が聞こえる。
星宮の方に向かって、歩き続ける。
やはり、時計の音が鳴り響いている。
そう遠くない距離を歩き終え、巡は星宮に問いかける。
「星宮さん、この音は一体……」
星宮の顔を見て、それは引っ込んだ。
星宮はすごく驚いた表情をしていた。
「今、何をした?」
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