01:05.41
再び目を覚ました巡は、一通りの検査を終えた後、星宮の後をついていっていた。
星宮智。
異省の秘密主義は相変わらずで、そこに所属している過徒、職員の情報も公開されていない。
だが、その中でも、数名は有名人として知られている者もいる。
異省を立ち上げた源瑞暉はもちろんのこと、星宮もその一人だ。
彼は平たく言えば天才なのだ。
知識に恵まれた男といってもいい。
革新的な技術を用い、新たなシステムを開発する。
彼のおかげで人類は異形と渡り合えているといっても過言ではないだろう。
しかし、彼はその知識を一般企業の商品開発や街の設備開発などに使うことはない。
その理由は定かではないが、何でも源が星宮に懇願したとの噂もある。
星宮は過徒であったという事実はなく、どのようにこの2人が知り合ったかは不明だが。
経緯はどうあれ、彼は現在、異省の専属技術部長としてその知識を役立てている。
主に盾の過徒だが、その過徒専用のオプションを制服に加えたり、武器を作製したりすることで、過徒をサポートしているのだ。
その過程で過徒たちの異能を詳細に把握するようになり、盾の過徒の異能を管轄する仕事の部長と盾の過徒の一年次の初等訓練も任されるようになった。
そんな彼だが、彼はその姿を公に出すこともなかった。ただ、存在のみが知られているだけだった。
巡もそうだった。だから困惑している。
もっと怖い、厳格な人か思っていたからだ。
このような人だとは思っていなかった。
星宮は本当によく喋る男だった。
「ここが君の部屋だ」
巡と星宮はある部屋の前に立っていた。
星宮に通されたのは、学生が住む寮にしては綺麗で広い部屋だった。
流石は国が支給する部屋といったところだろうか。
つい一週間も経たないほど前にいた収容施設と本質は違わないはずだが、何故だか、こちらの方が温かく迎えてくれている印象を持った。
相変わらず、窓はなく、人工的な明りに照らされている部屋の中央には予め送っていた荷物の入った段ボールが山積みになっていた。9ヵ月ぶりの再会だ。
これから4年間、ここで生活することになる。
「さて」
そのうちの一つに星宮は腰掛けた。
「君もそこのベッドに座りたまえ。君はもう私の部下であるとはいえ、君は生徒でもあり、まだ客人みたいなものだ。柔らかいところを譲ってあげよう」
そのお客の荷物の上に腰を下ろしているという点を気にするべきな気もしたが、巡は大人しくベッドに座り、星宮と対面した。
「今から色々説明など細かいことを済ませてしまう。君の1次試験を見る限り、その必要性を感じられないが、そういう規則だから許しておくれよ」
メモを取り出す暇もなく、星宮は話し始めた。
「過徒は4年制だ。はじめの1年は訓練。残りの3年は実際に任務を行ってもらう。そして、1年次に行われる訓練は初等部、中等部、高等部の3つに分かれる。昨日も言った通り、私はこのうちの初等部の担当をしている。君も明日から、私と君の同期と一緒に訓練を行ってもらう。ここまでは事前に調べるなどして知っていたことかな?」
「はい」
「だろうな。ではここからが大事なところだ」
そこで一息つく。巡はようやく取り出したメモを構える。
「早速、初等部の訓練を始めよう」
唐突な展開に巡は驚いた。
「君の異能について話を聞かせてくれ」
巡は目をパチパチさせる。
「何、自分の力量も分からないのに急にドンパチやるわけにはいかないだろう? 大切なのは今、自分には何ができるのかを把握しておくことだ。まあ異形などの知識も大切にしてもらうが」
星宮は足を組み直す。
「そこで私が受け持つ初等部では対話をベースに自分というものを理解することに重きを置いている。要はカウンセリングみたいのなのさ。君たちとの会話を通して、それなりには異能に詳しい私が助言をしてあげようということだ。私は盾の異能管轄部長でもあるからね」
しっくりこなかったのか、星宮は足を元の形に戻す。
「昨日の話から察するに君は自分の異能を把握していないね?」
「恥ずかしながら……」
「珍しいことでもない。わけがわからないまま異能が発動し、その後また使えるまでに時間がかかるなんてことはざらだ」
「でも、自分の場合、異能を使っていたという感覚すらなかったんです。こう、ただただ普通に歩いていたって感じで」
「なるほど。では、あの映像のように高速で動いていたというつもりは全くないと?」
巡はその時のことを思い出しながら喋る。
「はい、本当に歩いていただけで……。走ってたりしたら、景色が流れていく様子も早くなると思うんですが、それも普通でした」
思い出すついでに巡はあることが気になる。
「そういえば、道中にいたものや最後に待ち構えていたものって何だったんでしょうか?」
「ああ、まだ説明していなかったのか。あれらは私が開発したロボットみたいなものさ。O.C.T.Aと呼んでいる。最後のやつは特別にO.C.T.A.Fだ。かわいいやつらだったろう?」
かわいいわけがない。こっちは死ぬ思いをしたというのに。
だが、そんなことで話の腰を折るわけにもいかず、黙ったまま聞いていた。
「前者は、対峙した対象を観察し、身体能力や異能を模倣する。その情報を他の個体に伝達し、蓄積していく。この工程を繰り返し、可能な限り、対象と同等な存在になろうとする。後者は、彼らの親玉みたいなもので、収集した情報をもとにオリジナルよりも強く、練度の高い、いわば完成形に自身を構築し、脱出口となる扉を守っている。」
星宮はすらすらと説明していく。
「鏡の中の自分と戦うようで面白いだろ? 初めにこれを提案した時は仲間に性格が悪いと言われたがね」
全くもってその通りだ。
「もちろん、急に完全な格上とは戦わせないさ。そのために最初のやつはうんと弱くしているんだ。そこから出力を調整して、ちょうどいい塩梅のO.C.T.A.Fと戦わせるよ」
巡の顔から察したのかそう付け加えた。それでも表情を変えない巡を見て、つづけた。
「君の場合のO.C.T.A.Fは確かに、強かった。いや、はっきり言おう。異常なほど強かった。だが、君はそれに勝った。それは君が並大抵の強さではないということを意味している。だから私も君には期待をしているのだよ」
「そうだといいんですが……。今でも疑問なんです。本当に自分に異能があるのかどうか。あの時、自分の力を出したという感覚が一度もないんです。誰かの力を借りているような、そんな感じでした」
「初めはそんなものさ」
「O.C.T.Aについても、自分は何にもしてないんです。初めの2回は襲われましたけど、途中からただ立ってるだけで何もしてこなかったので……」
「“何もしてこなかった”?」
「はい。だから、さっきの話を聞いて模倣するべき異能もないのかと思ったのですが……。」
「それはおかしいな。残っていた記録では確かに作動していたのだが……」
考えるように下を向く。
「ふむ……。もちろん彼らが模倣できる異能には限界がある。というのも彼らは私が過去の過徒の異能をもとに作成したデータ、言うなれば引き出しからしか能力を取り出せない。その中から最も対象の持つ異能に近いものを彼らは取り出すんだ。記録を見ると、6年前の超高速での移動を可能とした異能を今回は採用したみたいだ」
星宮は続ける。
「君も昨日見たように、確実に異能は発現している。気づいていないようだから、教えてあげるが、君はあの時、時速500kmで移動していたのだよ。O.C.T.A.Fとの戦いに至っては時速1500kmだ」
人に移動速度では絶対に使うことのない数字を聞いて巡はあんぐりと口を開けた。
「あの映像を見る限り、君の異能は超人的なスピードとそれによる圧倒的な破壊力だと推測していたが、どうも違うみたいだな……」
まだ星宮は終えない。
「私は天才であり教師だ。君の話とあの映像を見て色々と考えていたが、不思議ではあった。あれほどの速度を出しておきながら、なぜ、あそこまで完璧に制御できるのか。普通なら速度を抑えきれずに壁に激突してもおかしくない。だが厳密には君の異能が超高速移動ではないのなら納得がいくな」
巡が口を挟もうとしたが、星宮はそんなことも気にせず、続けて話す。
「そういえば、君は昨日何かを言いかけていたね。“あの時、自分は……!”だったかな?」
自分ですら忘れていたことを指摘され、巡は星宮の記憶力に驚いた。
「はい。あの時、自分はあの地点から21時間かけて脱出したと言おうとしたんです。確実にそう言い切れます。数えていたんです。時計が壊れたから、自分で1秒ずつ数えて進むことにしたんです。だから、10分なわけがないんです」
巡はなんとかして自分の中にあるもやもやを伝えようとする。
「それは興味深いな……」
少し考えるようにして星宮は再び口を開ける。
「まあ、そこらへんはこれ以降の実践の訓練にて確かめていくとしよう。それなりに有用な話を聞くことができた。これをもとに君の異能を推測し、訓練内容を組み立てる」
「訓練はいつからですか?」
一瞬できた隙を見逃さず、巡は一番聞きたかったことを聞いた。
「明日の10時からにしよう。初等部、中等部、高等部、いずれも在籍できるのは4ヵ月だ。それを過ぎれば見込み無しとして矛の過徒に配属し直されてしまう。君は大丈夫だと思うが、既にその内の4日を使っている。早く始めるに越したことはないだろう」
「了解しました」
星宮が喋りすぎる為に使えなかったメモを巡はようやく使う。
「私が担当してから、初等部から脱落した子はいないんだ。君もそれに協力してくれると嬉しいよ」
それを聞いて震える巡を後に、星宮は段ボールから腰を上げ、扉の方に歩いていく。
「くれぐれも訓練以外では異能を使わないように。人手不足とは言え、即刻処罰の対象となってしまうからな。勝手に暴走する者の面倒を見る人手もなくてね」
そう言うと扉も閉めずに出ていった。
「自由な人なんだな……」
巡は頭の片隅にもそうメモを残しておく。
段ボールにはしっかりと凹みができていた。
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