盾の過徒訓練編
01:02.34
何かの気配を感じる。
ゆっくりと目を開ける。
「目が覚めたかい?」
視界がよくない。ぼんやりとした様子しか見えない。
「今年は素晴らしい異能を持った子が多くて嬉しいよ」
隣で誰かが喋っている。
「えー、あれはどこにあったかな」
男の声だ。
(ここはどこだ……?)
視界がはっきりとしてきた。
巡は頭を動かして声のする方向に視線をやる。
「あー、これだ、これ」
白衣を着た男が何かをしている。
「あの……」
混乱する巡をよそに男はこちらの方にやってきて話を進めていく。
「これを見てごらん」
そう言うと所持していたタブレットをこちら側に向けた。
体を起こそうとするも痛みが走り、顔をしかめる
「あぁ、そのままで構わないよ」
男はベッドの横の装置を操作して、見やすい位置に可動させた。
画面は見覚えのある通路の様子を映していた。
突然、何かがそこを走り抜けていった。あまりにも一瞬過ぎて、何かは分からない。
「これは先日、君が試験を受けたあの施設に設置されていたカメラだ」
画面を左の方にスワイプする。
どの画面でも、一つ目に見たものと同様に何かが物凄い速度で走り抜けていく。
「これに映っているのは君だよ」
男は不意にそう告げた。
その瞬間、思い出した。
何があったのかを。
収容施設で過ごした日々。
試験の内容。
歩く自分。
最後に見たもの。
「待ってください、それはあり得ません。自分は異能が結局発現しないまま……」
記憶を取り戻してきた。
だが、あのような超人的な速度で走っていたという記憶はない。
久しぶりに人間と会話しているという事実はどうでもよかった。
この人は恐らく、異省、それも過徒に関係のある人なのだろう。
(そうだ。そもそも自分には異能がないんだ。それで焦って……。それに、あの異形のようなものと戦っていた時のことも思い出せない。あれからどうなったのだろうか)
洪水のように情報が押し寄せてくる。少し頭痛がする。
「そうか。ではこれを見てもそう言えるかな?」
また手元でタブレットを操作して、こちら側に向ける。
最後の広間の様子が画面に映し出される。
「O.C.T.A.Fをあそこまで破壊してしまうとは恐れ入った。だが、何も扉まで壊す必要は無かったと思うがね。」
男とロボットが目にも止まらぬ速度で攻防を繰り返している。徐々に青年が追い詰められていく。次の瞬間、一筋の光が走ったと思ったその直後、四肢は吹き飛ばされ、胴体も粉砕されたロボットと中央部分に大きな穴を空けた扉が画面に映った。
「そんなはずは……。何かの間違いですよ。だって僕は一度もこんなこと……」
「ふむ。では、もう少し分かりやすくしよう」
男は再びタブレットを手に取る。
そして、なにやら手元を操作し、もう一度、こちらに画面を向ける。
今度はゆっくりと、何百分の一もの映像が映し出される。
画質が少々荒い。
だが、そこにあったのは紛れもなく自分の姿だった。
「驚いたよ。数年、この試験を続けているが君のタイムが1位だ。2年前の11時間48分19秒を大幅に上回る3時間54分47秒。素晴らしいを超えて驚異的と言える」
男はこちらの様子を無視して勝手に喋っていく。
が、巡は一度流しそうになったその言葉をすんでのところで拾い上げる。
「今、なんておっしゃいました?」
まだ喋っているその男を遮る。
「この二人を合体させて最強の過徒を作りたいのところか?」
「そんなこと言ってました? そこじゃないです。自分のクリア時間がどうとか」
「あぁ。君のタイムが1位だ。2年前の11時間48分19秒を大幅に上回る3時間54分47秒のところかい?」
すらすらと口にする。
「2時間54分47!?」
おかしい。そんなはずはない。絶対におかしい。
「そんな、あり得ないですよ。あの時、自分は……!」
時計が壊れた時点で、経過していた時間は約2時間45分。
それから、10分後に自分はあの迷宮を脱出したとこの男は言うのだ。
だが、自分は一秒一秒数えて、それも確か21巡目を迎えていて……。
「困惑することも多いだろう。なにせ私だって君の力には驚いている。聞きたいことだってたくさんある。だが、私は初対面の人間であると同時に紳士だ。そこら辺は弁えるとも」
本当によく喋る人だ。巡はそう思った。
「それに初めてというものは誰にとっても恐ろしいことだ。だが、まず初めに、私はこれを言うべきだったな」
そこでこの男はモニターを側にあった机の上に置き、巡の目を真っすぐに捉えた。
「おめでとう、君は盾の過徒になる権利を手に入れた」
巡は鳥肌が立つのを感じた。
(そうか。何にせよ、俺はあの試験を合格したってことなんだよな)
その様子を見て、男は付け加える。
「あくまで現段階では権利だ。あとは君の努力次第だ。これから約一年、盾の過徒になるための訓練を受けてもらう」
男は一息つく。
「だが、今は休むといい。3日間寝ていたとはいえ、それはそれで別の疲れもまだ溜まっているはずだ」
「3日間⁉」
思わず声が出る。
「ああ、君がゴール直後に倒れたのが今から72時間前といったところか。それまでの間、君はそこで死んだように眠っていた。だが、検査をしても特に大きな問題点を見つけられなくて困っていたのだよ。ただ息をして、ただそこに存在しているだけの路傍の石のように私には見えたがね」
そんな長い間、寝ているとは思わなかった。
だが、そう言われた途端、ドッと疲れが体にのしかかってきた。まるで、ついさっき数キロに渡る長距離走を終えたかのような。
「その、何から何までありがとうございます。色々と迷惑をおかけして……」
呂律が回らない。思うように言葉が出てこない。人と話すのが酷く久しぶりであることを今度は深く認識する。
「なに、気にする必要はない」
そこで一度口を閉じたが、再び開く。
「君も知ってはいると思うが、ここから先、外部との連絡には制限がかかる。家族とも簡単には会えない。だから、ここが君の第二の家となる。私たちとも家族とまではいかなくとも助け合う仲にはなるだろう。だから遠慮は不要だ」
何故だか、先ほどまでの勢いの良さが軽減されているように思われた。
もう言うべきことは言い終わったのか、その男は背を向けた。
「私もするべきことがあるし、席を外させてもらおう。食料は横においてあるから気が向いたときに食べてくれ。細かいことも明日以降に話そう」
そう言うと、男は歩き始めた。
だが、3歩くらい進んだ辺りであっという顔をして、こちらを振り返った。
「私は星宮智。異省の技術部長兼盾の異能管轄部長兼一年次の初等訓練担当だ。よろしく頼むよ」
こちらのよろしくお願いしますを聞く前に星宮は部屋から出ていった。
(忙しい人なんだな)
短い自己紹介で分かったのはそれくらいだ。なにやらすごいことを言っていたようだが、眠くて頭が回らない。
三日眠っていたというわりには疲れが取れている気はしない。むしろ、起き上がることを決して許さないような重苦しい眠気に襲われていた。体中が痛かった。空腹も感じていた。
それでも今は眠ることが最優先と体のどこか、いや、体の全てが判断したのだろう。
巡は眠りについた。だが、今度は自分で眠りと分かる眠りであった。薄れゆく意識の中で、巡は少し安心した。
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