第44話 初恋を諦めさせてくれない

 サイン会の場所はアニメショップのイベントスペース。

 日曜日ということもあり、店内は混雑していて気を抜くと美涼とはぐれてしまいそうだった。


「っ!」

「その、はぐれちゃいそうで……」


 美涼も考えていることは同じようで、シャツの袖を少し握られる。

 そんな力じゃすぐ離れちゃうだろ。

 振り返りながらそう思い、視線を逸らしながらその手をぎゅっと握る。


「あ、あのな、今だけ繋ぐ、から」

「っ! し、仕方ないわね……」


 俺たちは早歩きで人混みをぬいながら8階へと上がって行く。

 会場は文芸恋のPVと多くのファンの熱気に包まれていた。

 まだ時間もあるので、グッズ販売されているブースの方へと向かう。


 美涼は同じファンの数の多さに興奮したように顔を染めていた。

 俺も同じだ。同じ作品が好きただそれだけだが、無性にこの雰囲気が心地よく感じる。

 目が合えば互いにふっと口元を緩めた。

 2人ともサインを入れてもらうために改めて新刊を購入。

 やがてサイン開始の時間が近づくと、係の人が列に並んでくださいという声が聞こえる。

 当選通知もあるからか、美涼は全く焦った素振りはない。

 それよりも今はグッズを買うことに大忙しで、自分の財布の中身と何度も相談しているように唸っている。


「おい、そろそろ行くか」

「そうね……」


 俺たちが列に並ぶころには、前の方はうかがい知れないくらいになっていた。

 この分じゃ直前まで作者がどういう人なのかわかりそうにもない。


 本に入れてもらう名前を大きく書きながら、順番が来るのをそわそわしながら待つ。

 美涼はメモ帳を出してじっとそれを見つめていた。

 最新刊にサインを入れてもらう形式だが、その際短いやり取りをしてもいいと記載があった。

 美涼の様子を見れば、事前に質問でも決めてきたのだろうことがわかった。


(俺も一つだけ、聞きたいことは考えて来たんだよな……)


 サインを入れてもらった人の顔はほっこりしていてそれをみるとこっちも嬉しくなってくる。

 やがて俺たちの番がやってきた。


 対面した文芸恋の作者さんは花粉の時期ということもあり、マスクで口元を隠している。

 顔出しが嫌なのかもしれない。


「い、いつも読んでます」

「ありがとう」

「あの、文芸部の中の話がリアルに描かれていますけど、先生ももしかして……って、あれ?」


 そこで俺は言葉が詰まる。

 どこかで聞いたことのある声だと思ったからだ。それにマスクで口元隠してるけど……。

 顔をもっと確認したくて、俺はもう一歩近づこうとする。


「馬鹿、失礼でしょ」


 だが途中で美涼に服を引っ張られて止められてしまった。


「ふっ、文芸部には入ってるよ。入間樹君。次巻も応援してくれると嬉しい、かな」

「は、はい」

「あの、先生はいつから創作活動を……?」


 今度は美涼がラノベ本と氏名が描かれた用紙を手渡しながら、その瞳をじっと見つめる。


「そうねえ、小学生の時には短いお話を作り始めていたかな。ゼロから作っていくのって大変だけどすごく楽しくて一度やっちゃうと止められなくなっちゃって、気がついたらプロになってた」

「そうなんですね……あ、ありがとうございます」

「うん、こちらこそ今日はありがとう。入間美涼さん」


 俺たちが頭を下げて遠ざかる中、先生の目元がこっちを見て笑っている気がした。

 対面したのはほんのわずかな時間。

 それでも言葉も交わすことも出来て、サインも貰えて俺は満足顔でショップを後にしながら、自分の名前が書かれたラノベを掲げる。

 隣にふと目をやれば、美涼も同じようにしていた。

 まだ興奮しているように、頬が赤い。


「樹、あたし、文芸部に入りたい、というか、入るわ!」


 美涼はようやく本心を口にした。

 これまで相当抑えていたのか、その顔はやけに嬉しそうにも見える。

 そんな表情を見れて、俺はほっとした。


「……そうか。まあなんとなく入りたいのかなとは思ってた」

「っ! ……樹、その……」

「んっ?」


 美涼は立ち止まって顔を伏せた。


「こ、今回の件はあたしの方に落ち度があったわ。ごめんなさい」


 深々と頭を下げられ困惑する。

 周りの人たちも何事かと視線を向けてきていた。


「っ!? とりあえず頭を上げろ。そんでもって向こうに公園があるから、そこで」

「うん……」


 坂を下ったところのベンチと滑り台しかない小さな公園。

 そのベンチに並んで座り、俺たちは改めて話を始める。


「あー、そのなんだ。あんまり気にしなくていいぞ」

「やっぱりちゃんと謝ったり、伝えておかないと、あとでなんか大変になる気がするし……」

「……まあお互いちょっと嚙み合わなかった気するからな、お相子だな」

「あなたはすぐそうやって庇うから……それから、あの言葉には抜けがあったわ」

「あの言葉?」

「あなたとあたしは、今は絶対に無理よって意味だから。あの子たちに会って聞いたんでしょ? 卒業式の日のこと……」


 中学の同級生のことかとピンとくる。

 そういえばあの日、スマホと俺を交互に見つめてたから、その辺のこと聞いたのか。


「ああ、うん……」

「家族になるってきいて、あなたと上手くやって行かなきゃってことしかあの時のあたしは考えられなかった。その、告白してくれるなんて夢にも思わなくて、言葉も足りなくてそのこともごめんなさい」

「……やっぱり知ってたのか、俺と家族になること」

「ええ……あたしが受験が終わってから会う方がいいって言ったの」

「それで正解だよ。俺、美涼が連れ子って知っちゃってたら、とても受験どころじゃなかったと思うぜ」

「樹は集中力すぐ切れるから。でもやるときはやるし……甘えてたのかもね。今まで通り、あなたとならやれるって勝手に思い込んじゃってたし……でも、実際難しくて……」

「そうだな……今日、すげえ楽しかったよ。ありがとう」

「っ!」


 立ち上がって俺は夕日の当たる美涼の顔を見つめる。

 今日の計画を立てたのは美涼だ。

 サイン会は午後からなのに、午前中まで時間を取ってくれて、それは反応から見るに俺への謝罪だったんじゃないか? 違うかもしれない。けど、そう思いたい。

 そもそも謝られることなんてないんだ。

 俺が美涼の立場なら同じことしてたかもしれないし、引っ越してきて俺よりも大変だったに違いない。

 でも、もうそれにも慣れてきた頃合いだとも思う。


 だから……。


「……楽しかったから。俺、これから2人きりの時は家族ってことより、異性ってこと意識するから。それでいいなら許可をくれ!」

「はあ!?」

「こういう気持ちは抑えつけとくと、体に悪い気がしてさ」

「……許可なんて求めるもんじゃないわ。だいたいあたしは異性だし」

「そ、そうだよな」

「……それに、あたしもあなたと三井さんが楽しそうに話しているのを見て、嫉妬してた、かもしれないし」


 美涼も立ち上がり、俺よりも前に出た。


「……それって、どういう……?」


 その答えとばかりに振り向いた彼女はあっかんべーをした。

 これだから、美涼は……。

 フラれたにもかかわらず、こいつは俺の初恋を諦めさせてくれそうにない。



 ☆☆☆



 翌日の放課後、俺たちは文芸部への廊下を進む。


「言っとくけど、俺の方が入部したのはやいからちょっと先輩な」

「あー、はいはい。全然威厳もないけど、先輩面してれば」

「……なんなんだよ、その生意気な態度は」

「それはこっちの台詞だけど!」

「……」

「……」


 いつも通りの顔を合わせれば言い合う関係に俺たちは戻っていた。

 でもその距離はちょっと縮まっているような気もして……。

 この先に期待しながら、俺は先輩のいる文芸部のドアをノックする美涼を見つめていた。




~~~


 この話で完結とさせていただきます。

 ここまでお読みくださりありがとうございます。

 本作はカクヨムコンに参加中ということもあり、もしよければ、作品のフォローと☆での評価をしていただけるとありがたいです。


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 色々と反省点が多い本作ですが、次作以降に活かせるように変わらず頑張って行こうと思います。ここまで目を通してくださりありがとうございました。

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同居することになった美少女は俺が告白して撃沈された初恋の女の子でした~まずは家族からってどういう意味だよ~ 滝藤秀一 @takitou

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