第43話 お出かけ
日曜日。休みの日にも拘らずいつもよりも早く目が覚める。
今日がまるで修学旅行の日でもあるかのように興奮したのか、昨夜はよく眠れなかった。
それでも疲れているわけではなく、体調は万全。
今日は『文芸部内の恋愛事情』のサイン会の日だ。
「それじゃあ俺も行ってきます。日奈、何かあったら言うんだぞ」
「うん。日奈ね、日奈ね、お父さんとお母さんにいっぱい写真撮ってもらうから、お兄ちゃんにあとで見せてあげる」
「おう」
「日奈は大丈夫だから、お兄ちゃんもいーぱい楽しんできてね」
「わかった」
日奈の頭を撫でて、先に家を出た美涼を追って、俺も玄関を後にする。
幸い天気も良くてお出かけ日和。
両親と日奈は動物園に行くことになっている。
日奈も新しいお母さんとたくさん話してたいと俺が美涼と出掛けることを賛成してくれた。
随分と広実さんにも慣れてきたと思うし、日奈自身甘えたいはずだから。
少し寂しい気持ちもあるけど、いい機会かもしれない。
そんなことを考えながら、足早になって駅前の噴水広場へと向かう。
「おい、あの子すげえ可愛くね?」
「声かけてみろよ……」
どこかで時間をつぶしているのかと思ったが、すでに美涼はそこにいた。
遠目から見ても、周りの男子の視線を集めているのが一目瞭然だ。
水色のワンピースに花柄のカーディガン姿。
朝ご飯の時とは違う格好で似合っている。
後ろにして手を組んでいるその様も相まってやたら目立つ。
カジュアルなシャツとジーンズ姿の俺とは釣り合いが取れているのか心配にもなる。
「……その、悪い。待ったか?」
「……あ、あたしもいま来たところ、だから」
目を合わさられず、そして家族とは思えないほど、ぎこちない挨拶。
よそよそしいほどこの上ない。
それでも何とか言葉が出て来たことにほっとする。
ふと周りを見れば、待ち合わせ相手が居たのがわかったからか、視線が半減していた。
「おほん。それで、時間あるけどどうする?」
「ちゃんと計画は立てて来たわ。行きましょ」
サイン会は14時からだ。
なのになぜか午前中に俺たちは待ち合わせをしたわけで……。
午前中の予定を俺は聞かされてはいなかった。
隣を歩く美涼は、なんだかいつもに増して活き活きしてる、そんな感じだ。
それに反応するように、俺の意識は高まる。
「……顔赤いけど、具合悪いの?」
「い、いや、全然大丈夫!」
まず最初にやってきたのはショッピングモール。
どうやら俺の洋服をコーディネートしてくれるらしい。
「その、今の服装も悪くはないけど、何着か選べる方がいいでしょ。だから、買い物」
「そうだな。ありがとう」
美涼は事前にいろいろと調べて来たのか、スマホの画面を眺めこっちと先導してくれる。
やってきたのは俺もたまに来る専門店だった。
「うーん、そうねえ……これとかどうかしら?」
「……あー、なんかいつもと違って新鮮かも」
「でしょ!」
だけど、俺1人では選ぶことのない色やボーダーのシャツなどを美涼は手に取り、はいているズボンに合わせていく。
俺はといえば選んでくれる服よりも、美涼の表情の方についつい目が行ってしまう。
少し同意すれば嬉しそうにはにかみ、次に試着するものを真剣な顔で悩む。
いつでも一生懸命なのは知ってるけど、俺の為にと思うとやばいくらいに嬉しく感じてしまう。
「な、なによ……?」
「いや、なんでもねえ」
2人きりでの買い物。
周りを見ればカップルらしき人たちも多くて、俺たちはどう思われてるのかな、なんて一瞬考えてしまう。
デート、ではないけど、家族というよりはやっぱりこんな状況だと異性としてみてしまって……だから、いつもよりもドキドキしてしまうのかもしれない。
「なに難しい顔してるのよ……あの、日奈ちゃんに何か買いたいんだけど、そっちは樹の意見聞きながらの方が……」
「お、おう。じゃあ服買ったらいろいろと見て回ろうぜ」
午前中は買い物を存分に楽しんだ俺たち。
そろそろお腹が空いてきたと思っていたら、美涼は時間を気にしだす。
「あの、少し早いんだけど、お昼……」
「おう……」
駅前から少し歩いたところにあるイタリアンの店へとやって来る。
どこでランチを食べるかも、美涼はちゃんと調べたのだろう。
日曜日ということもあり混雑する前に俺たちは店へと入ることは出来た。
向かい合っての2人での食事。
これで意識しない方が無理だ。
メニュー表を受け取るときには思わず緊張から声が裏返ってしまう。
「ありがちょうございます」
「ふふっ、なにいってるのよもう……」
ウエイトレスさんにもクスっと笑われてしまう始末。
「初々しいですね。どうぞごゆっくり」
「っ!」
そんなことまで言われてしまった。
物凄く恥ずかしいけど、嫌な気持ちはない。美涼の方を見れば両手をぎゅっとして固まったようになっている。
「おほん……悪い、もう大丈夫だと思う」
「……そう願うわ。樹、時間で動くの、好きじゃない?」
「えっ……?」
「ここ、もう少しするとすごく混むから、急いじゃったから」
「いや、ていうか、むしろこの店来たかったまであるからな、俺。感謝してるくらいだ」
「そう。イタリアン、樹よく作るから。レパートリーの参考になるかもとも思って」
「っ! そ、それって……」
その先を美涼は言わず、ただ顔を伏せ俯く。
パスタのランチセットにして、春キャベツとアンチョビのペペロンチーノと菜の花とフレッシュトマトのスパゲティを選ぶ。
「うまっ」
「こっちも美味しいわ」
取り皿に分けて半分個ずつ食べてみる俺たち。
「どう、家でも作れそう?」
「この通りってわけには行かないかもだけど、今度やってみようぜ」
「そうね」
「っ?!」
「なにか、いつもの樹と違うわね」
「それはこっちの台詞、だが」
そうなんだ。
今日の美涼とはあまり言い合いにならない。
なんだか角が取れたとようにも見えて、表情1つ目が離せないというか、家の中じゃここまで意識することはないかもだけど。
でもな……やっぱり楽しいし、ドキドキするのも心地がいい。
だから思ってしまう。
2人きりの時は無理に……。いや、でも美涼にしてみれば迷惑かもしれないしな。
「……どうしたのよ?」
「な、なんでもない」
「そっ。ここからサイン会場までは20分くらいだから、ゆっくりとデザート食べて、それ空向かいましょう」
「なんか悪いな、色々調べてもらって、おんぶにだっこで……」
「っ! いいの。調べるの好きなんだから!」
ぷいっとそっぽを向く美涼の顔は恥ずかしさがにじみ出ている、気がして……。
写真にでも収めておきたいなと切に思ってしまった。
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