第7話 とどめ
カシュウが自分の後をつけてこの場所に戻ってきていた事など、セバストは先刻承知である。突然姿を表したカシュウに、彼は驚く素振りも見せずあからさまに小馬鹿にしたような視線を送った。一方で、戻ってきたカシュウの姿に再び期待を込めていた
「爺さん。もう諦めろ。」
騎士の
そんな二人のやり取りがさらにカシュウを苛立たせる。共に心を許した仲だと思っていた。しかしそれは単なる見せかけだったのだ。
――馬鹿にしやがって。
カシュウは手に持った剣を再び強く握り締めた。
「セバスト。お前もやはり俺を騙していたんだな。」
怒りに任せてカシュウが叫ぶ。
だが、その言葉を合図に、その場にいた邪教の者達が一斉に手にした武器を構える。相手は手負いのセバストを含めて7人。当然カシュウ一人でどうにかなる人数ではない。しかし裏切り者は見つけ次第処分する。これが騎士団の鉄則なのだ。
「さっきまでコソコソ隠れながら見てたんだろ?聞かなくてもわかってるんじゃねぇのか。えぇ?お坊ちゃんよ。だがな、お前は俺達が邪教と知って剣を向けたんだ。その意味はちゃんと分かってるんだろうな。」
「当然だろ!俺は騎士団長の息子だぞ。」
「は?この期に及んでまだそれを言うのかね……本当におめでたいやつだぜ、まったくよ。でもよ、俺は爺さんみたいには甘くはねぇんだぜ。」
セバストはそう言ったかと思うと、欧陽を制止していた剣を突然カシュウめがけて放り投げた。回転しながら真っ直ぐ自分に向かって飛んで来るその剣を、カシュウは慌てて構えていた剣で
しかし、投げつけられたセバストの剣は単なる目眩まし。慌ててカシュウが再び剣を正面に構え直した時には、既に腰から二本の短刀を引き抜いたセバストがカシュウの目前まで迫っていた。
「クソっ手負いの癖に…。」
セバストが振るう二本の短刀をなんとか凌ぐカシュウだったが、その素早い動きと、低い姿勢から繰り出される攻防一体の二本の刀は、スキというものが一切ない。それはカシュウがこれまで見知っていたセバストの剣技とは全く異質なものであった。
二本の刀による苛烈なセバストの攻撃は、カシュウになかなか反撃のスキを与えない。しかしながら、その間も手負いのセバストの脇腹からは真っ赤な血が止めどなく滴り落ちていた。
喘ぐような呼吸。そして傷口がまた開いた……。脇腹に巻かれた包帯が一段と赤く染まった。その時セバストの気が一瞬削がれたのをカシュウは見逃さない。
セバストの死角をつく位置からの渾身の一撃。
――かわせない。
そう咄嗟に判断したセバストは身をひねりながら目の前で二本の刀を交差させた。
耳をつんざく様な金属音が静かな森の中に響き渡る。
今まで素早い動きで見事に相手の剣をかわし続けていたセバストが、その瞬間、初めてカシュウの一撃を刀で受け止めた。
勝負を早く決めたいセバストはそのまま重たい騎士団の剣を二本の短刀で受け止めながらも、その剣を押し出す様にしてカシュウに詰め寄った。今度はお互いに一歩も引けぬ力の勝負である。
しかし、血の気の失せたセバストの真っ青な顔には、もはや闘志と呼べるものは宿ってはいない。既にセバストにはカシュウとの力の勝負に耐えうるだけの体力は残ってはいなかった……。
勝負はあった。
力を込めたカシュウの剣が、セバストの体ごと降り積もった雪の上に押し倒す。
押し倒されてなお、刃をカシュウに向けるセバストだったが、彼が再び立ち上がることは無かった。
「まったく、お前にやられるなんて……ざまぁねぇな。早くとどめを刺せよ。カシュウお坊ちゃん……。」
死を目前にして、なおも憎まれ口を叩くセバスト。いつものカシュウならば激昂していたであろうその言葉が今はなぜだか不快なものに思えない。それどころかカシュウにはとても悲しいものに聞こえてならないのだ。
雪の上に倒れ込んだセバストの脇腹から赤い血が止めどなく白い雪の上に広がっていく。しかし……その裏切り者の哀れな姿を前にして、カシュウは何故か振り上げた剣を突き立てとどめを刺すことが出来ずにいた。
何故だ?
剣を頭上に持ち上げたままで立ち尽くすカシュウの周りを、欧陽を含む6人の邪教徒がそれぞれの獲物を手に取り囲んでいた。
しかしカシュウはそのことにすら全く気が付かない。そして金縛りのごとく言うことを聞かない身体。今まさに、彼の頭の中では様々な疑問が渦巻いていた。
――何故だ……つい昨日まで友と呼んでいたセバストを俺ははなぜ殺そうとしているのだ?何故だ……こいつが邪教の者だと分かったからか?いや……そもそも、なぜ邪教は悪なのだ――
溢れる疑問が、カシュウの身体を縛り付ける。
「くそっ。動けよ俺の身体。ただ剣を下に突き刺すだけじゃないか。」
しかしカシュウがいくら念じたところで、その身体はピクリともしなかった。
騎士団の規則に
カシュウはこの時、まだ気がついてはいない。自分の頭ではなく心がそれを拒否していることに。カシュウの心が、セバストの命を奪いたくないと叫んでいることに。
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