第4話 無銘の碑

 王城の西門を出ると少し外れた場所に小さな森がある。人影など全くない寂しい森にしては、不釣り合いなほどよく整備された石畳。カシュウがその道を進んでいくと、少し開けた場所に出る。そしてその場所にはなにも文字の刻まれていない石碑が一つひっそりと立っていた。


「お早いですなぁ。カシュウお坊ちゃま。」


 朝靄あさもやの中、後から来た老いた男が石碑の前に佇むカシュウを見つけて声をかけた。


 欧陽は、カシュウとの昨晩の約束を忘れてはいなかった。昨日から身の回りで起こる出来事全てがギクシャクとして何を信じれば良いのかも分からなくなっているカシュウにとっては、欧陽が約束を守り、そして彼がいつも通りの穏やかな表情に戻っていた事がせめてもの救いであった。

 ただ、昨日セバストの下宿屋で出会った彼のいつもとは違った姿はいったい何だったのだろうか。思い出せばあの時の欧陽には何処か底のしれない凄みのような物があったようにカシュウには思えた。


 今朝は雪が積もったせいか冷え込みはさほどでもない。欧はカシュウの傍らによると、近くにある頃合いの良い石の雪を払い除け、カシュウと共にその石に腰を下ろした。

 石の質だろうか不思議に思ったよりも冷たくはないその石材は、王都でもよく建材として用いられている見慣れたものであった。


「ちょうど、あの辺りの場所で御座いましたな……。」


 二人が腰を下ろした場所の少し手前。瓦礫が小高く積み上げられた場所がある。欧陽はその場所を見つめながら、仕舞い込まれた記憶を辿たどりゆっくりと話し始めた。


「あなたの本当のお父様が亡くなられた場所で御座いますよ。」


 記憶を閉ざしていただけに今も鮮明に思い出す事が出来る。今こうして自分が成長したあの日の幼子にこの場所で起こった出来事を伝えることになるとは欧陽は思ってもみなかった。しかし、目の前の青年の心はまだ幼い。真実を受け止める事が出来るかどうか、それは賭けであった。


「やっぱり、オウさんもセバストと同じ事を言うんだね。」


「はい……。それが真実で御座いますから。」


「そうか……じゃぁやっぱり団長が俺の父親じゃ無いってのは、本当なんだ。」


 うつむいたままのカシュウは、腰を下ろしてからというもの全く欧陽と目を合わそうとはしなかった。


「カシュウ様よくお聞きください。この場所は十数年前まで騎士団の本部があった場所でございます。そして、貴方の本当のお父様が幼い貴方とお母様を守り亡くなった場所でもございます……。」


 そして欧陽は語り始める。十三年前、この場所で起きた悲劇の事を。



  ※



 聖典によれば、この国に生きる人間は二つの宗派に分けられている。一つは神話の時代より神を信仰していた聖教派。そしてもう一つが悪魔を信仰していたとされる邪教派である。

 

 聖と邪。神と悪魔。


 しかし、実際にこの世界はそのような対極にある二つの要素だけで成り立ってはいない。神話の時代がどうであったかは今では知る由もないが、現実は邪の中に聖あり、聖の中に邪が潜む。それはどこの世界に置いても変わることはない。



 十五年前、おおやけにはされていないが騎士団本部が邪教派じゃきょうはに襲撃されるという事件があった。


 当時、騎士団は、近隣の町が邪教派に襲撃されているといういつわりの情報に踊らされ、カシュウの父親が隊長を務める2番隊を除いて全ての部隊が本部を出払っていた。

 その為、本部は邪教派の襲撃を防ぎきることが出来ず、団長の無二の親友でもあったカシュウの父親を含む多くの隊員達が犠牲となった。


 そしてその日、たまたま母親と共に本部を訪れていた幼き日のカシュウも邪教の襲撃に巻き込まれ胸に瀕死の重傷を負ってしまっていた。

 本部襲撃の報を聞きつけた現団長が急いで本隊を引き返したこよによって事態は大きな犠牲を払いながらも終息を迎えたが、その時本部には泣き叫ぶ母親と、胸に致命傷を負った子供の二人だけしか生存者は残っていなかった。


 団長は無二の親友を失った悲しみに大いに打ちひしがれ、直ちに瀕死の子供を聖殿に抱えて行くと、子供の心臓の位置に宝玉ほうぎょくを押し当て聖痕を授けた。そしてその処置が功を奏し子供は一命を取り止める事となる。


 瀕死の人間に聖痕を与え回復力を高める方法は、聖教会のみが使用を許される秘技であり、王族のみに使用される施術とされている。

 正当な手続きを経ず聖痕の儀式を行った団長の行為は騎士団の規律に反するものであった。しかしながら、亡き親友に対する団長の行動は団員の中に新たな信頼を生み、団長の行為を批判する者は誰一人としていなかった。



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