第52話 ハックルベリーにさよならを

 ぼくの家で待ち合わせた後、ぼくとレディ・ジャックはゆっくりと歩き出した。

 外に出た、ということである。

 別に言わなくても分かってくれる――とは思っているけれど、案外分かってくれない人も居るので、きちんと説明してあげた方が良いと思う。


「……で、何処に向かっているんだ? あちーよ、あちー。アイスクリームが食いてーな」

「アイスクリームぐらい後で食わせてやるから、少しぐらい我慢してくれよ……」

「クーリッシュか雪見だいふくが良いねえ。或いは、ピノでも良いぜ」


 未だアイスクリームを買う方向には行っていないはずだが……。


「あ、着いた」


 到着した――ぼくが今日向かうべき目的地へ。

 そこは、お寺だった。


「……寺? あたしは辛気くさいのは嫌いなんだよ。だから、ここでお別れだな」

「まあまあ、そう言わないでついてきてくれよ」


 付いてきてくれないと、話にならない。

 ぼくが歩いて行くと、ぶつくさ文句を言いながらもレディ・ジャックは付いてきてくれた。もしかしたらこのままお別れをするものとばかり思っていたから、有難い話なのだけれど。

 お寺の境内を通過して、墓地に辿り着く。そこから少し歩くと、一つのお墓に辿り着いた。


「……ここは?」

「ここは、瑞希の墓だよ」


 正確には、彼女の一家の墓だ。未だ両親は健在だから、祖父母より上の人間、ってことになるのかな。まさかこんな若いうちに墓に入るだなんて思いもしなかっただろうけれど。


「……瑞希って、確か」

「うん。ぼくの幼馴染。そして――偽物に殺されちゃった、被害者」


 ほんとうに、ほんとうに、救いようのないラストではあるのだけれど、こればっかりは現実を受け入れるしかないのだろう――概ね、理解していたはずだけれど、こうやって現実に直面するとそれはまた悲しいような感じだ。


「……来たよ」


 ぼくは、そっと手を合わせる。

 それだけしか出来ないけれど――ぼくは。

 気付けば、レディ・ジャックも手を合わせていた。

 そんなことは、出来るんだな。


「……あたしが居なかったら、こいつは死ななかったんだろ。だったら、あたしにだって少しは悪いと思うことだってある。……まあ、拝んだところで帰ってはこねーけれど。それは残念だと思ってくれるしかないわな」

「……うん、それは分かっているよ」


 でも、レディ・ジャック――きみを一度連れてきたかったんだよ。

 それだけは、分かって欲しいかな。

 お寺から出ると、レディ・ジャックは両手を頭の後ろに組みながら、


「それじゃあ、あたしはもうこれで。……きっと、もう会うことはねーからな。今生の別れ、ってやつさな」

「そうか」


 分かっていたけれどね。

 しかし、こうも訪れると、呆気ない感じがする。


「……そもそも、裏世界の人間は表の人間と交わることはしねーんだ。今回は特例ってやつだ。何故か分かるか? ここは澱だからだよ。どんなものでも沈殿する物体があるだろ? 例えばグラスの底をかき混ぜると、無理矢理液体に溶けようとする物体があるはずだ。それのことを言うんだけどよ、それが裏世界だ。裏世界の人間は、二度と表の人間に会うことはない。いや、二度という話どころか一度もありえねー。これが、あたし達にとってのヤマアラシのジレンマ、ってやつだ」


 つまり、一回も会わないぐらいの距離が丁度良く、それより近づいてしまうと――傷ついてしまう、と。


「傷つくのは一方的だがね。つまりは、表の人間が一方的にダメージを受けちまうって話だ。あんたは未だ傷が浅い。そりゃ、情報屋とか出会ったかもしれねーけれど、あたしが居たから出会えたに過ぎねーってことだけは、肝に銘じておいてもらいたいものだね」


 そうして。

 レディ・ジャックは手を振って、去って行く。

 まるで、また明日会うような――軽い感覚で。

 ともあれ、これがもう最後の別れであるようなことは――ぼくにだって分かっていた。

 だから、ぼくは言う。


「……ありがとう、レディ・ジャック」

「あたしは褒められたことはしてねーよ。したことと言えば――そう、人を殺しただけだ。いつも通り、ね」


 そうして。

 ぼくらは、別れた。

 きっと二度と会うこともないだろうし、会ったところで厄介ごとに巻き込まれるだけだ――そう思いながら、ぼくは視線をレディ・ジャックから逸らすのだった。

 

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ヤマアラシのジレンマ 巫夏希 @natsuki_miko

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