番外編 怪談ライター見習い、最初の事件(第二話)
取材に応じてくれている彼女――橘明日香さんと少しだけ大学についての雑談を交わした後、話の切れ間に今回の相談内容を話してもらえるように促す。
「実はですね――」
彼女が所属する演劇サークル"言葉【ことのは】"は学内に乱立する演劇サークルの中では大手の部類に入る。
たった一人で劇団を名乗る輩が多数いる中で、"言葉"は各学年二十人近くを抱えており、全体で百人近くの集団になるらしい。
一学年二十人なら一年から四年で八十人ではないかと少し前の俺なら疑問に思っていたかもしれないが、残りの二十人は米田先輩のように留年しているのにサークルに籍を置いたままの人間がいるということなのだろうことは容易に想像できた。
怪奇現象が起こったのはサークルの本公演のゲネプロ――演劇の最終リハーサルをそう呼ぶらしい――で起こったという。
大学のすぐ近くの劇場を借りており、本番と同じ環境で最初から最後までノンストップで通していたところ、役者の一人が急に悲鳴を上げて倒れてしまう。
頭を打ったりはしておらず、すぐに意識を取り戻したのだが彼女は芝居はできないと震えながら言った。
彼女は何を見たのか――?
なんでも芝居中、舞台上の人数が一人合わないことに気付いたのだという。
しかし、明らかに人数が多いのだがそれが誰なのかがわからない。
舞台上に上がる人数がさほど多い芝居というわけではないが、一対一というわけではなく街中のシーンで行き交う人々が上手【かみて】から下手【しもて】、下手から上手へと忙しなく移動はする。
――絶対に一人多い。
もはやこの動く間違い探しと自分の芝居との並行作業で脳は疲弊し始めていた。
演出家がゲネ段階で勝手に舞台上の人数を増やしたのか、それとも出番がない役者の悪ふざけなのかわからない。
もう雑踏のシーンも終わりに差し掛かり、彼女はいったいどういうことなのかゲネが終わってから劇団員と演出家を問い質すことにして芝居に集中する。
なんとか最後の台詞を絞り出し、やっと暗転すると安堵し、袖にはけようと振り返った瞬間――肩口から自分の顔を覗き込んでいた女と目が合ってしまったのだった。
その後は無意識に悲鳴を上げて、失神してしまったのは先の通りである。
「というわけです。私は照明だったのでブースからステージ上を見ていたんですが、もちろんそんな女の人は見えませんでした、と言いたいところなんですが……なんとなく見えたような気もしてですね……うっかりそんなことを言ったら女優陣に恐怖が伝播したとしか言いようがない感じで代役を全員拒否してしまって……」
「それでどうなったんです?」
「公演は中止になりました」
橘さんはこともなげに言った。
演劇サークルにとっての公演中止というのは些細なことなのだろうか? 俺にはよくわからない。
「それでどうして『怪奇世界』に投稿を?」
米田先輩が尋ねる。
「それは私も公演中止のきっかけを作ってしまった責任を感じたというのが一つ。あと米田さんという方が怪談雑誌の記者をやっていて、こういった怪奇現象に詳しいという話を聞きまして」
「あぁ」
先輩はアスファルトの上で日差しに焼かれて死んだ蛙のような干乾びた笑いを上げた。
「つまり……僕らはこのまま怪談提供ありがとうございましたってことで粗品渡して帰るってわけには……」
先輩がそこまで言った時、俺は思わず遮った。
「いくわけないでしょう。俺たちでできるだけの協力をしましょう!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」そして橘さんが間髪容れずに礼を言って頭を下げる。
先輩は小さく「やれやれ」と言ったが、俺は知っている。
俺がこんなことを言わなくても先輩はきっと彼女を助けようとしたはずだ。
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