番外編 怪談ライター見習い、最初の事件(第一話)

 俺――山城龍彦は今喫茶店にいる。

 怪談の取材のためだ。

 初めての取材はできればこの場所にしたいと思っていた。

 俺が依頼者として初めて米田先輩に相談をしたこの店に。


 ――俺、先輩みたいに上手くやれるかな。


「なぁ」

「あ、はい。なんすか?」

「遠くを見つめて、なんでちょっと泣きそうな顔してんの、お前?」


 米田先輩が訝し気に俺の顔を覗き込んでくる。


「先輩、ちゃんと俺のこと見守っててくれるかなって」

「ん? だから、見守るためにわざわざここ来てるんじゃん。なんかまるで僕が死んで、天から見守ってるみたいな感じ出すなよ、縁起でもない」

「へへへ」


 そう、操山出版全員の総意として俺ではとても上手くやれそうにない、依頼者に何か失礼があるかもしれないということで初めての取材は先輩のお守り付きになったのである。


「緊張しますねぇ」

「最初は誰でもそうだよ」

「米田さんもですか?」

「最初どころか結構長いこと緊張してたよ。緊張しなくなったのはつい最近……お前が来た時くらいからかな」

「へぇ、米田さんでも緊張するなら俺がしてても当然っすね」

「そうだね」


 俺は先輩のその言葉を聞いてかなり気が楽になった。

 自分でもあまり頭が良い方だとは思っていないが、それでも相手が激怒するような失礼はないだろうし、ちゃんと誠意を持って話を聞けばきっと大丈夫だろう。


「で、今日はどんな相談者が来るの?」


 俺はタブレットを鞄から取り出し、相談者のメールを見ながら説明する。


「今回うちにメールをくれたのは俺たちと同じ大学で法学部の一年生の女の子です。演劇サークルに所属しているそうですが、そのサークルで起こった怪奇現象について相談したいという話でした」

「ふぅん。しかし、よく『怪奇世界』の怪談投稿フォームまでたどり着いたね、その子」

「結構、学内では知る人ぞ知るって感じですからね、先輩って」

「僕?」


 米田先輩は眉間に皺を寄せ、目を細めて俺を睨む。


「怪談雑誌の編集部でバイトしながら、怪談蒐集してて、相談も受けてくれるって」

「お前が言いふらしてるんじゃないだろうな?」


 心当たりがないわけではなかった。


「…………」

「なんで黙るんだよ?」

「いや……俺が色んなところで話したのが広まった可能性も否定はできないんで」


 先輩は小さく嘆息する。


「やれやれ。そういう噂話が変な怪談に成長したりしなきゃいいんだけどな」

「どういう意味です?」


 先輩はスマートフォンを弄りながら珈琲を飲み、俺の質問には答えてくれなかった。


「そろそろ時間じゃないか?」


 俺はスマートフォンで時間を確認すると約束の時間まであと1分といったところだった。


「そうですね」


 と言うやいなや隣に座る女性に声をかけられる。


「すみません、山城さんですか?」

「え? あぁ、はい」

「今回ご相談のメールを差し上げた橘です」


 依頼人は俺たちの隣の席に座って、こちらの様子を窺っていたらしい。

 彼女は赤みがかった髪にパーカーとジーンズといったシンプルな服装で、顔立ちはやや派手め。大きな目が特徴的だ。


「すみません、声をかけるタイミングを計っていたんですが……」

「いえいえ、こちらこそ気づかず失礼しました」


 米田先輩が立ち上がり、橘さんの二人掛けのテーブルを引き寄せて俺たちのテーブルとくっつけた。

 そして先輩はそのまま通路側に移動し、ソファ席に橘さん、通路席に俺と先輩が並んで座ることになった。


「飲み物は同じものでいいですか?」先輩が彼女に尋ねる。

「えぇ、はい」


 俺には何も訊かず店員を呼び、先輩は橘さんの紅茶と俺たちの珈琲を新しいものに取り換えてもらえるよう注文する。

 彼女の飲み物が減っていることにも気づかなかったし、新しく淹れ直してもらうなんて発想がそもそもでなかった。

 特に恰好をつけるわけでもなくこの一連の動作を自然のものとしてできることが羨ましかったし、自分もこんな風にできたら瑠華ちゃんの気持ちも離れなかったのではないかとも思った。


「山城」


 先輩がほぼ口を動かさず、ギリギリ聞こえる程度の小声で俺を促す。

 俺も微かに首肯し、自分から口を開く。


「では、改めまして高島出版、怪奇世界編集部の山城です。本日は怪談の情報をいただけるということでわざわざご足労いただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします!」


 俺はシミュレーション通りに最初の台詞を発する。

 と、橘さんが小さく噴き出す。

 そして先輩がこう言った――。


「なんかバイトとか新卒採用面接の自己紹介みたいだなぁ」

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