第15話 現地到着

 サービスエリアでこまめに休憩を取りながらではあったが、最後まで山城は一人で運転しきった。

 県庁所在地まででも十二時間以上かかっているのだが、さらにそこから山奥の山城の実家までは二時間を要した。

 乃亜と古川は寝息を立てている。


「着きましたよ」


 山城の声には疲れが滲んでいる。


「僕の実家もたいがい田舎だと思ってたけど、とんでもない田舎だな」

「真っ暗でしょ」

「帰りは僕も運転するよ。大変だったろ」


 流石に十四時間十五時間運転させたことは申し訳なく思った。

 あまり長距離を運転した経験はないが、交代で山城を休憩させるくらいはしてやりたい。

 後ろに乗っているだけでこれだけの疲労なのだ。山城の疲れは想像もつかない。


「いや、帰りは三人は新幹線で帰ってください。俺一人で車持って帰りますんで」

「アホか。そんなことさせられないだろ。女の子二人は新幹線で帰らせて、僕たちが交代しながらってのが現実的かもね」


 そうこうしているうちに山城の家に着いた。

 私たちを待っていたのか、山城の両親が外に出て待ってくれていた。



「いらっしゃい。よく来たね」

「こんなところまでわざわざ来てくれてありがとうね」


 なるほど、この親にして山城ありといった風体で、どことなく田舎の素朴さと都会的な上品さを兼ね備えた人物であった。

 だが、どこか無理をしているようでもあり、その点もまた山城に似ていた。

 私たち全員がこの家の子供であるかのような親切で温かい歓迎を受け、寝室に通された。

 山城は上京前からそのままにしてある自室、私は二階の客間で、女性陣は二人で一階の和室が割り当てられた。

 山城の実家は同じ県出身である私からしてもなかなかに広大でまるで旅館のようであった。

 この広さであれば、たしかに友達を三人連れてきても平気であろう。なにしろ、いつも全部使っているわけではないとはいえ、風呂とトイレが三つずつあるというのだ。

 この日は一階が女湯、二階が男湯として使われた。

 詳しい話は明日からということで、この日はそれぞれ部屋ですぐに寝ようということになり、山城も疲れてしまったのか私の部屋を訪れることはなかった。

 東京にいるとまったく聞くことのない、蛙や虫の鳴き声に懐かしさを感じた。


 ――乃亜には地元は静かだったって言ったけど、夏の夜はこんなに煩かったんだな、そういえば。


 そして、私も運転はせずとも疲れており、すぐに眠りについてしまった。



 どうやら私は他人の家ではいくら疲れていても熟睡できない性質らしい。

 布団や枕に違和感はなかったのだが、他人の家に染みつく匂いや些細なことが気になる。

 早朝、私はキジバトの鳴き声で目を覚ました。

 子供の頃はこの間抜けな鳥の鳴き声を間抜けな私はフクロウが鳴いているものだと思っていたものだ。

 スマートフォンを手に取り、時間を確認するとまだ五時になったばかりだ。

 長時間、車に乗っていたせいか、緊張のせいか首筋が凝り固まっている。

 目は覚めても、身体を起こす気にはなれず、活動を開始するまでにはそこから二時間を要した。

 着替えを済ませ、やはり三つある洗面所のうち、もっとも近い一つで顔を洗ってからダイニングへと降りる。

 和風の家ではあるがリフォームしたのか、新築のように設備が整っていた。

 外観からは古風な印象を受けるが、これだけ中身が真新しいと幽霊もどこに出ていいものか迷うだろう。

 ダイニングでは全員席についており、私を待っていたようだ。

 朝の挨拶を交わし、私は乃亜の隣の席につく。

 山城の両親は既に食事を済ませていたらしく、テーブルに並べられた料理は私たちの分だけだった。


「米田先輩ももうちょっと早く起きてきたら面白いもの見れたのに、勿体ないことしましたね」


 既にばっちり化粧まで済ませた古川が言った。

 目は覚ましていたが、あえては口にしない。


「なにがあったの?」

「山城君がお母さんに怒られてたんですよ」


 乃亜が声を殺して笑い、山城は虚けた面持ちで俯いている。

 ひとまずは冷める前に朝食を食べようということで、全員が箸を手に取る。

 メニューはそれこそ旅館の豪華な朝食のようで、女性陣が食べ切れるか心配なくらいだった。


「で、なんで山城は叱られたんだ? 僕ら連れて帰ること言ってなかったとか、女の子がいたからとか?」

「違いますよ、ここまで車で十五時間もかけてくるなんてアホなの? って感じでした。飛行機なり新幹線なりで来て、迎えを呼べば車出したのにって。ね? たっちゃん?」

「たっちゃんて、言うなよ……」


 山城はすっかり憔悴してしまっている。

 聞くに、山城は彼女と先輩カップルを連れて帰郷するとだけ両親に告げており、両親は私と同じようにここまでの田舎にまさか東京から車で帰ってくるとは夢にも思っていなかった。

 そして、女性二人に長旅を強いたことに対して、非常に怒りを覚えたのだという。

 だが、せっかく連れてきた未来の嫁候補や、東京で困ったときに助けてくれた先輩たちを不快にするのは避けたいということで、場の空気を悪くすることなく山城に罰を与えることにしたらしい。


「なるほど……山城、それは災難だったね。レンタカーで来たときに、こいつアホだなと思ったのは確かだが、カッコつけたい彼女の前で『たっちゃん』とか呼ばれて叱られるのはなぁ」

「先輩、顔にやけてますよ」

「あ、ほんとに? ちょっと気づかなかった」


 どうやら私は慰めているつもりでも、深層心理では嘲笑する気持ちもあったようだ。

 だが、ふと隣にいる乃亜のことを考えると笑えなくなった。

 恋人の前で恥をかかされたとしても親がいるというのは彼女からしたら羨ましいのではないだろうか。

 そろりと彼女の横顔を覗き見ると、莞爾とした微笑みを湛えていた。

 私は安堵に肩を降ろした。


「先輩先輩、聞いてくださいよ。山城君って小学生のときにですね――」

「瑠奈ちゃん、勘弁してよ」


 山城が古川に泣きつき、彼の過去の恥にまつわるエピソードを聞くことはあたわなかったが、食事は穏やかに進んだ。



 食後、山城の自室に私たちは集まり、今後の話をすることにした。

 山城の自室は東京の私の部屋の倍ほどの広さがあった。


 ――十二畳くらいはあるか?


 彼が上京してからも手はつけられていないらしく、ベッドに学習机、本棚には半端な巻数で止まっている漫画や参考書、辞書が入っていた。

 その中に入っていた卒業アルバムを目ざとく見つけた古川が取出し、乃亜もそれを覗き込んでいる。

 山城は恥ずかしがるかと思ったが、ぐったりとうなだれて古川に好きにさせていた。

 もう恥ずかしがることなど何もないということか。


 ――いったい、こいつの両親はどんなイジり方したんだよ。息子しょんぼりじゃないか。


 ちなみに私はエレキギターやベース、サッカーボールが飾られているのを見て、やはり私や乃亜のようななるべく家から出ないようにしている文化系の人種とはちょっと相容れない部分があると感じた。


「山城君って高校生の頃は髪黒かったんだね」


 私も気になり、卒業アルバムの写真を覗き込む。


「確かに髪は黒いけど、なんか不自然に眉は細いし、イキってる感は出てますね」


 乃亜がぽつりと言う。

 私もまったく同じ感想だ。


「山城君の高校の時の彼女ってどの子?」


 古川の問いはなかなか勇気があると感じた。

 私は彼女の昔の恋人のことなど知りたいとは思わないが、古川はあまり嫉妬などしないのだろうか。


「瑠華ちゃんがはじめての彼女だよ。高校時代は全然モテなかった」

「あ、そうなんだ」


 何か訊いてはいけないことを訊いてしまったと思ったのか、私たちは話題を逸らし、どの子が可愛いと思うかについての議論を交わす。

 私が選んだ子に対して「米田先輩って、佐倉先輩に似た感じの人選びますよね」と古川に指摘され、惚けたものの気恥ずかしくなり、体温が上昇するのを感じた。



 一通りの探索が終了し、部屋の中央のローテーブルと囲むと、いつの間にか元気を取り戻していた山城が口を開いた。


「昨日の晩に、祭りの話はある程度親に聞いておきました。その情報を元に今後どうするか決めましょう。実は色々と面倒くさそうな感じでは……あるんすよねぇ。いやー、こっち来る前にもっと色々情報集めてからくればよかったっすわ」


 山城が金色の蓬髪を掻きむしる。

 私たちは何がどう面倒なのかそれぞれ各自の頭に巡らせつつ、首を傾げる。


「今年は祭りがないとかですか?」


 乃亜が言う。


「いや、ちゃんとありますよ。明日の夜です。ただ、まぁなんつーかですね……色々っすね。これから順を追って話しますけど」


 ――毎年、この集落では九月十三日になると集落の大人たちによる儀式が行われる。

 『ウシイド祭り』と呼ばれるそれは出店が出るわけでも、騒ぐわけでもない。

 提灯を持った大人たちが集落の家や倉庫など扉がついている建物を周り、一軒一軒鍵がかかっているか確認し――といっても昨今ではすべての住居ではなく参加者の家や無人の施設らしいが――扉に鍵がかかっていることを確認した後、神社で夜が明けるまで酒を飲んだりしながら待つというものらしい。

 その由来については山城の両親も知らず、祭り/儀式の時間に外に出たり、玄関の扉の鍵を締め忘れると、お化けにさらわれると言われており、深くは考えたことがないとのことだった。

 心の底から信じているわけではないが、過去に祭りの後に行方不明になった者が出たことがあり、なんとなくしきたりとして守ってきているそうだ。

 集落自体の人間が減りつつある中、息子が祭りに興味を持って、参加を考えていると知り、どことなく嬉しそうな素振りであったと山城は語った。


「で、ここからが面倒なんですけど、この地域の人間しか参加はできないらしいんですよ。なので、俺が参加して後で詳しくは説明するのがいいのかなぁと。取材とかは別にいいって話なんで、後で神社行きましょう。宮司さんが時間とってくれるそうです」

「なるほど」


 ――どうしたものかな。


 私は思案する。

 しかし、私の考えがまとまるよりも先に山城がこのようなことを言う。


「ひとまず今日は宮司さんとこに話し聞きに行って、夜になったら一旦まで帰ってくると。で、タイミングを見て先輩には勝手口から出て、儀式の様子をこっそり見てもらえばいいかなって」


 たしかに実際に見ておきたいという気持ちはある。


「私たちは?」


 乃亜がもっともな疑問を口にする。


「このあたりがどれだけ暗くなるかは昨晩見て知ってますよね? 別に山道ってわけじゃないですけど、東京とは全然違うんでマジで危ないっすから。ここで俺らの報告待っててください」

「うーん、仕方ないかぁ」


 意外にも古川は食い下がらず、山城の言うことを受け入れた。

 昨晩、車のライトと月以外の光源なしに、この山に囲まれた集落までやってきたことを思い出したのかもしれない。

 一方で乃亜が不服そうな顔をする。


「佐倉先輩が墓地に一人で行けるのも、米田先輩のオカルトスポット取材に同行してるのもわかってますけど、お化け云々じゃなくて剥き出しの用水路とかあって危険なんですよ、このへん。地元のお婆ちゃんとかも落ちて亡くなったりしてるんで。もし祭りの間に佐倉先輩が怪我したりしたら、俺が叱られるだけじゃ済まない可能性もあるんで。今回はとりあえず俺と米田先輩にまかせてください」


 女性陣二人は駄目だが、私は良いのだという。

 山城の私に対しての強い信頼にやや面食らう。

 乃亜も古川も納得はしていないようだったが、珍しく神妙な面持ちの山城に気圧されたのか、実際にあの山道をライトもなしに歩くことに恐怖を感じたのか、曖昧に頷く。


「じゃ、そういうことで」


 そして、毒にも薬にもならないよしなしごとで笑いあった私たちは昼食をご馳走になり、神社へと向かうことに。

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