第14話 いざ取材旅行へ

 私と佐倉乃亜は、山城龍彦に指定された待ち合わせ場所――都内の某駅前ロータリーで鞄を抱えて立っていた。

 ようやく始発が動き始めたくらいの時刻にも関わらず、足元から弱火で炙られ、頭が煮え立つような錯覚を覚える。


「私、暑いの苦手です」

「僕もだ」


 私たちのここ数分の会話はだいたいこのやりとりが占めていた。

 熱が二人の頭を悪くしている。

 小中学生の頃は九月にここまでの苦痛を覚えることもなかったと記憶している。

 こんなに暑いのであれば、幽霊もまだ夏だと判定してもいいではないかと思う。


「僕が子供の頃と比べると季節が変わってきてる気がするよ。十月くらいまで夏でいいんじゃないかな、もう」

「そうですね、私もそう思います。というか、春は四月だけで、秋は十一月だけ。あとは夏と冬ですよね」

「あー、たしかにそんな感じだね」

「私、思うんですけど、みんながもっと夏が長いって認識するようになれば、怪談の投稿も増えるんじゃないですかね? なんとなく恐い話って七月、八月にするようなイメージだから、そのあたりで起こった出来事は投稿しようって思って、秋になると季節じゃないしってちょっとやそっとの怖いことも見て見ぬフリしちゃうというか」

「それはあるだろうね。雑誌の売り上げも八月が一番良いんだよ」

「これだけ暑かったら、そのうち沢山投稿来るようになりますよ」

「だといいんだけど。いや、そのうちって何年後かはって話でしょ。その頃までこの仕事やってないから」

「どうですかねぇ」


 そんなことを話しているうちに私たちの目の前に一台の車が止まった。

 バス停の手前に停まった黒いバンから、山城が降りてきて、私たちに乗るよう促す。


「お疲れ様です! さ、乗ってください」


 この時の私と乃亜は相当に嫌そうな顔をしていただろうが、山城はまったく気にするそぶりを見せなかった。


「私、新幹線で行くんだと思ってました」

「僕もだよ。なぁ、山城さ」

「はい、なんですか?」


 満面の笑みを浮かべる彼になかなか正直に伝えるのは気が引けたが、言っておかねばならなかった。


「僕はさ、お前の分の交通費も出すから往復の交通手段の手配してくれって言ったよな?」


 山城はボールや骨を拾ってきた犬のような顔で「はい!」と言った。


「えーっと、あー……気遣いができるいい後輩を持ったなぁと思ったんだけど……そうだなぁ……負担かけさせまいとレンタカー借りてきてくれたのは素晴らしいんだけど、先輩としてちょっとカッコつけたい、みたいな気持ちもあるし、そんなにケチるつもりもなかったから……今度からは新幹線でもいいんだよ。グリーン車はちょっと厳しいけど、のぞみの指定席でも全然構わないから」

「光栄です!」


 ――伝わってねーな。


 畢竟、私は他人に厳しい言葉を浴びせることには向いていないのだ。

 ちょっとした皮肉を言うくらいで精一杯だ。

 先輩風を躊躇なく吹かせられるほど慣れている山城相手ですらこれだ。

 背中に乃亜の冷ややかな視線を受けながら、私は車に乗り込んだ。



 私と乃亜は後部座席に並んで座った。

 いざ乗ってみると思いのほか広々とした車で、なんとか長旅でも耐えられそうな気がした。

 乃亜もそうだったのだろう。安堵の表情を浮かべている。

 しかし、すぐに眉間を曇らせ、私を袖を引く。


「ん?」


 そして、私は助手席に見知らぬ女性が乗っていることに気づく。

 私が話しかけるより先に彼女の方から身を乗り出してきた。


「はじめまして。あたし、古川瑠華【こがわるか】っていいます。文学部の二年です」


 肩で切り揃えられている烏羽玉の黒髪がこの季節には辛そうに思えたが、顔立ちも表情も涼しげで、どれだけ暑くても平然としていそうな子だと思った。

 美人に類するとは思うが――小劇場演劇とかのレベルでは――彼女の少し気が強そうな風貌を苦手とする男は多いだろう。私もその一人だ。

 人間に対しては、物怖じせずに図々しく距離を詰めることができる山城が付き合うというのは合点がいく。

 山城が運転席に乗り込む。


「俺の彼女なんです。今回一緒に連れてくんで、お二人とも仲良くしてやってください。瑠華ちゃんも先輩たちに失礼がないようにね」


 そう言って、車を発進させた。

 車中は一瞬、全員が自分以外の出方をうかがい、種類が違う魚四匹を放った水槽のような沈黙が満ちた。

 私が意を決して口を開く。


「あのさ、山城」

「なんです?」

「古川さんは僕たちがお前の実家に一緒に行くこと知ってるの?」


 もし彼女が山城との将来を真剣に考えていて、両親に紹介されるということに何かしら期待を持っていたら、私たちの存在は極めて迷惑なものだろう。


「あ、それは大丈夫です。あたしが山城君に無理を言って、連れてきてもらったので。もともとは先輩たちの取材旅行だってことはわかってました。あたしたち付き合ってますけど、単純に田舎の風習とかに興味があるからで、実家に行くといっても結婚考えてるとかそういうのじゃないんで。すみません、ご心配おかけしました」

「察しがいい、聡明な彼女じゃないですか」乃亜が言った。


「俺、今なんかすごいショックで、危うく事故りかけましたよ」


 山城の地元に用があるのは私たちと似たような理由であり、私と乃亜の存在が二人の仲を妨げるようなものではないということがわかり、車内の息苦しさは緩和された。

 私は彼女と仲良くできるような気がしており、乃亜もそれは同様らしい。表情も和らいでいた。

 車は東京インターチェンジから高速道路へと入っていく――。



 私たちはそれぞれ自己紹介を済ませ、雑談からお互いの間合いをはかる段階まで駒を進めた。

 これからしばらくの間、共に行動するのだ。彼女がどのようなことに不快感を覚えるのかなどはそれとなく知っておきたい。

 逆もまた然り。彼女にもまっとうな私が山城と乃亜という変人二人の面倒を見ているという関係性は知っておいてもらいたい。

 仕事で鍛えたインタビュー能力によって、警戒させないようこちらの情報を出しつつ、彼女の情報を引き出していく。

 乃亜と過ごしたあの夜以降、私は少し自分が積極的になれたような気がしていた。

 私たちと同じ大学の二年生である古川はある日、講義で触れた柳田國男『遠野物語』に強く惹きつけられ、三年時の専攻選択では民俗学に進もうと思っているらしい。

 しかし、フィールドワークに出ようにもどこへ行けばいいのかわからない。

 そんな折、恋人である山城から今回の取材旅行のことを聞き、同行を願い出たということだった。

 私たちも大学でそれぞれ何を専攻しているか、そして所属する/していたサークルの話をする。

 山城が最近サークルに入ったこともはじめて聞いた。

 世間の夏休みが終わったこの時期は道路が混むこともなく、車は一定の速度で西へ西へと走り続ける。

 意外にも山城の運転は丁寧だった。助手席に彼女を乗せているからかもしれないが。



 会話が途切れ、気まずくもないが心地よくもない沈黙が訪れたとき、口を開いたのは古川だった。


「あの、米田先輩って怪談雑誌のライターなんですよね?」


 彼女はそう尋ねながら、後ろを振り返る。


「まぁ、そうだね。バイトだけどね」

「どうやって、そんなバイト見つけてきたんですか? ふつう、コンビニとかスーパーとか居酒屋じゃないですか、大学生のアルバイトの定番って」

「代々うちのサークルからバイトを雇う会社なんだよ。別にうちのサークルじゃなきゃ駄目ってわけじゃないんだけど、辞めるときに次の新人を連れてこないと辞められないってことになっててね。実際は辞められるんだろうけど、代々続く風習だしってことで、なんだかんだサークルの後輩の中から向いてそうなのを騙して生贄にするんだ。他にもサークル内に伝わるその手のバイト幾つかあるんだけど、キツいとかネガティブな噂が広まると次の生贄が捕まえにくくなるから、一子相伝的に指名された奴以外は実際にどんな仕事かよくわかってない……っていう」

「へぇ、なんだか、それ自体が怪談みたいですね」

「ははは、そうかもね。中には死体洗いとかやってる奴もいるかもしれない」


 僕のその発言に対しては誰も反応しなかった。


 ――あれ?


「そうだ、せっかくだし、一人ずつ怪談とか怖い話していきません?」


 良いとも悪いとも誰も言わなかったが、なんとなく決定事項であるかのように思われた。

 高速道路を抜けるまではまだまだ時間がかかる。退屈してきたところではあった。


「じゃあ、最初はお手本として米田先輩からお願いします!」

「お手本って……僕は怪談を書くことはあるけど、話したことは殆どないよ」

「まぁまぁ、いいんですよ。こういうのはその場のノリですから」

「私も蒐集はしてますけど、盛り上がるように上手に話せるかとなると自信ないです」


 そう言って、乃亜が私の袖に手を伸ばすが、古川を気にして掴むことなく引っ込める。


「いいじゃないすか、やりましょうよ。このメンツの共通点ってオカルトじゃないですか?」


 運転手が言い、結局のところなんとなく怪談を話すような雰囲気になっていた。

 だが、一つだけ言いたいことがあった。実際に口には出さなかったが。


 ――僕らの共通点は同じ大学だろ。


「先輩たちは話すのが巧いかどうかは置いておいて、いいネタ持ってると思うんでトップバッターは俺がいきますよ」


 山城がそういうと、車内に聴こえるか聴こえないかくらいの音量でうっすらかけていたラジオを止めた。


「俺が前に住んでたマンションの話でもしようかな」

「え? 本当にあった話なの」


 古川が尋ねる。


「そうだよ。そこで起こったオカルト現象がきっかけで俺と先輩たちは知り合ったんだ。ですよね?」


 私と乃亜は首肯する。


「へぇ、そうなんだ。聞きたい聞きたい」



 そして山城は語りだした。

「上京してきたばかりの時、不動産屋に騙されて辺鄙なところに家借りちゃってさ――」


 山城が上京して間もなく、東京の端に部屋を借りてしまい、通学が苦痛だったこと。

 引っ越した先が三角形の奇妙な部屋だったこと。

 そのこと自体は納得していたが、窓の下に赤い服の女が現れ、赤ん坊の幽霊が現れたこと。

 つい最近のことだが、私にはとても懐かしく感じられた。


「で、コンビニで米田先輩が記事書いてる雑誌をふと手に取ってさ」

「恐怖体験のあとに怪談雑誌なんかよく手に取ったね」


 助手席の彼女が言う。

 たしかに一般的な感覚からすれば、恐怖体験の後に怪談雑誌を手に取るのは、泣きっ面に蜂のような行動に思うかもしれない。

 だが、オカルト関係の仕事をしているとそうではないことがわかる。

 理由を聞くと、それは似たような体験をした人間を探し、どう解決したのかを知るためであることが多い。

 病院に行って解決するものでもない。

 誰に聞けばわかるかがそもそも曖昧なのだ。

 特に「実話怪談」を謳っていることから、意外と霊能者や寺社仏閣よりも先にこちらにコンタクトを取ろうとする人間も一定数いる。


「で、喫茶店で先輩に会って、不気味な女の幽霊が窓の下からこっちを見てるのに気づいてから怖くて寝られないから助けてほしいって相談したんだよ」

「へぇ」


 今日は黒い服を着ている――赤い服の不気味な女の幽霊が私の隣で苦虫を噛み潰したような顔で相槌を打つ。

 運転席からは彼女の表情は見えないだろう。


「米田先輩はそれで山城君のそんな嘘くさい話を信じて、助けてあげたんですか?」


 古川に尋ねられ、私は曖昧に首肯する。


「あぁ、まぁ」

「そうなんだよ、先輩がさ『俺にまかせておけ! そんな悪霊なんて退治してやるぜ!』って家まで来てくれたんだよ」


 言った覚えはないが、面倒なので否定しないでおいた。

 そして、山城は語り続ける。


「深夜の墓地でこちらを睨んでいる女の悪霊を見つけた先輩が窓から外へと颯爽と飛び降りる!」


 ――三階にもかかわらずか。僕の脚はどうなってんだ。


「『悪霊退散!』先輩はポケットからお札を取出し、幽霊に向かって投げつけた!」


 私が霊能力者として覚醒し、悪霊との壮絶な戦いを繰り広げ始めた。

 私の隣にいる本人は熱く語る山城にすっかり引いてしまっていた。


「佐倉先輩はこの話のどこに出てくるの?」


 古川が純粋に疑問をぶつける。

 たしかに山城の話では乃亜はどういう扱いのだろうか。私自身も純粋に興味があった。


「それはこれから話そうと思ってたんだけどさ、実は墓地に立っていた女の人っていうのが悪霊に憑りつかれた佐倉先輩だったんだよ」


 ――そうだったのか。


「で、その後、ファミレスで先輩の解説タイムがあって、俺と佐倉先輩は二人とも米田先輩に心酔してしまったわけ」

「やっぱりお二人ってすごい方たちだったんですね!」


 助手席から小さな歓声が上がる。


 ――こいつは山城のホラ話を信じてるのか?


 古川の表情からは本気なのか冗談に乗っているのか判断がつかない。


「まぁ、大筋は合ってるかな。ちょっと大げさな気もしたけど」

「私、あんまりあの時のこと覚えてないから……」


 私たちは絞り出すような声でそう言った。

 運転手でなければ、満足気に頷く山城の頭を引っぱたきたい気分だった。


「『怪奇世界』にこの時のことが書いてあるから、東京に戻ったら瑠華ちゃんにも見せてあげるよ。まぁ、あくまで雑誌の記事だから、先輩の活躍の部分とかはかなり端折られてるんだけどね」



 続いて私と乃亜がそれぞれ手持ちの怪談の中から、一つずつ披露した。

 私は地元の中学に伝わる怪談を選ぶ。

かつて通っていた中学は、なぜか体育館横のトイレの入り口が板で封鎖されていて、それは幽霊が出るからだと噂されていた。

 教師に訊いたところ、それは不良が深夜に忍び込んで煙草を吸い、便器に流して詰まるから使えなくしたというもっともらしい理由だった。

 同じ中学に通っていた親や親戚にも話を聞いてみると、そのトイレは実際に不良の溜まり場になっており、目をつけられた気の弱い生徒が、煙草の火を押しつけられたりといったイジメを受けていたらしい。

 そして、それを苦にした生徒が自殺したという。

 しばらくは花などが供えられていたらしいが、彼の両親が町を出てからは誰も花を供えなくなって久しいという。

 今でも、時折そのトイレに悪戯で忍び込んだ不良が幽霊を見たり、気が付くと腕にタバコの火を押し付けられたような痣ができることがあるという。

 実話をそのまま話しただけなのだが、車の中にはなんともいえない陰気さが漂い始めた。


「その話ってそれで終わりっすか?」

「そうだよ。イジメっ子がどうなったかとかはわからない。ただ、封鎖されたトイレがあるってだけ」

「なるほど……」


 みんなの反応はイマイチだが、これでもかなり因果関係のこじつけがしやすいわかりやすい話を選んだつもりだったのだが。


「次は私の番ですね。まぁ、有名な話だから知ってるかもしれませんが――」


 乃亜の話は大学の近くにある公園――うちのアパートのすぐ近くでもある――が旧陸軍の医学校であり、自分たちが生まれる前の話だが、実際に地下から人骨が発掘されたという話だ。

 そして、人骨の数が名簿と合わないのだという。では、足りない人骨はどこに行ったのか? それは医学校の地下に邪神が封じられていて、人を食わされていたという。

 自分たちが通う大学のすぐ近くの話であり、さらに話のスケールが大きいことでファンタジーのように感じられ、前の二人も楽しんだようだった。


「佐倉先輩のお話は面白かったですね。旅行のときはこういう怖い話がいいですね」


 古川は悪気があるのかないのか、そんなことを言った。


「ってか、大学とかその公園の間にちょうど先輩のアパートありますよね」


 山城が前を向いたまま少しだけ声を張る。


「あぁ、そうだね」

「先輩の家の下にも人骨埋まってたりするんですかね。ってか、人骨とか邪神が埋まってるからあんなに薄暗くて寒いんじゃないですか?」

「んなわけあるか。寒いのは下がガレージになってるのと、すぐ隣のマンションの影になってるからだよ」

「でも、あの距離なら先輩の家の場所まで医学校あった可能性ありますよね」

「まぁ、それはあるね。でも、今のところは邪神に食われてないし、大丈夫だろ」

 私は若干車に酔ってきたようだったので、酔い止めを飲んで、窓の外を見た。



「じゃ、最後はあたしですね。あたしの話は山城君との馴れ初めです」


 ――怪談の話すんじゃないのか?


「米田先輩、怪談じゃないじゃん! って思いましたね? ご安心を。ちゃんと怪談になってますから」

「う、うん。そうか」



 古川瑠華――彼女は横浜の生まれで、幼稚園から高校を卒業するまで地元から離れることなく、エスカレーター式に進学できる女子校に通っていたという。


「大学生になるまでわからなかったんですけど、結構なお嬢様学校って感じだったみたいです。自分ではずっとそれが普通だと思ってきたことが、大学生になって普通じゃないって徐々にわかってきて、なんか狭い世界で生きてきたんだなって」


 私にもなんとなくそれはわかる。

 彼女のように当たり前なことが実は世間からしたら贅沢だったり高尚だったりというわけではなく、田舎の常識が都会の非常識だった……というようなことだが。


「で、大学は実家から通える距離ではあるんですけど、一人暮らしをして見聞を広めようと思ったわけです。一年の夏休みに両親を説得して、都内のマンションを借りてもらいました」


 何度も頷く山城に対して――お前の一人暮らしの理由とは全然違うだろうが、と言ってやりたかったが、彼女の話に集中する。


「で、一人暮らしは新しいことばかりでとても楽しかったんですが、二年生に上がってしばらく経ったときから、背後に影を感じるというか夜にコンビニとか行くのが怖くなっちゃったんですよ」


 古川のマンションは高級住宅街と呼ばれる地域で極めて治安はいい。

 静かでありながらも暗くなり過ぎず、一年近く恐怖を感じた記憶はない。

 だが、ある日突然怖くなったらしい。


「あたし、ちょっと霊感ある方なんで、なんか嫌なものがついてきてるなってわかったんですよ。でもまったく心当たりがなくて」


 彼女はしばらく実家から大学に通うことにして、横浜に戻った。

 そこで、高校までの同級生が自殺していたことを知る。


「身内だけでお葬式したらしくて、あたしや同級生が知ったのはだいぶ後になってからでした」


 同級生が自殺した理由は遺書に詳しく書かれていた。

 古川は同級生の家に御線香をあげに行った際に読ませてもらったという。

 彼女は学生時代にずっと陰湿なイジメを受けており、それ自体は卒業までなんとか耐えたものの勉強に集中できず第一志望の大学には受からなかった。浪人したのだが、過去の記憶が頭にこびりついて勉強に手がつかない。一浪の末にも志望校には入れなかった。そして、心が折れて自ら命を絶つことにしたのだという。


「あたしはその死んじゃった子のこと、友達だと思って接してきたのに、イジメになんて全然気づかなかったんです。そのことがショックでした。遺書にはイジメてた数人の名前と罵詈雑言、そして友達への別れの言葉が書かれてました。あたしのことは親友だって書いてくれてました……でも、友達だとは思ってたけど、親友……とまでは言えないと今でも思ってます」


 薄情ですかね、といって彼女は力なく笑った。

 そして、実家ではなんとなく気配が薄らいだように感じた彼女は再び東京のマンションへ戻る。


「で、ここで山城君が登場するわけですよ」


 あまりの脈絡のなさに面食らったが、私は続きを促す。


「外を歩いていたときに、山城君にたまたま会ったんですよ。で、気づいたんです。山城君と一緒にいると変な気配感じないって」

「多分、米田先輩に除霊してもらったから、俺にもそういうパワーが備わったんじゃないですかね」


 そんなわけない。そもそも除霊もしていない。


「最初は気のせいかと思ってたんです。でも、それからも背後に気配を感じそうになると不思議と山城君と会ってですね。あたしから頼んでしばらく家まで送っていってもらうことにしたんです。で、山城君と付き合うことになったわけなんですけど」

「俺と付き合うようになったら、たぶん幽霊ももう瑠華ちゃんを見守らなくても大丈夫だって成仏したんじゃないですかね」


 私はこの話に対しては大いに言いたいことがあった。

 山城のストーキング行為が果てしなくポジティブに解釈され続けた結果ではないのかと。

 だが、それはまたの機会にしておこうと、口を噤んだ。

 ふと隣を見ると、乃亜も眉間に皺を寄せている。

 どうやら、私と同じ推理のようだった。

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