第11話 怪談ライターの夏休み

 九月になると怪談の投稿が減る。

 やはり幽霊が出るのは夏なのだろうか。

 まだ気温は三〇度を超える日が続いているのだから、幽霊ももう少し粘ってほしいところである。


 ――商売あがったりだ。


 なんてことを思ってみたりする。



「おい、米田」


 今月の新刊パブ見本の梱包作業をしていたところ、編集長からお呼びがかかる。

 私は作業の手を止め、編集長のデスクに向かう。


「なんです?」

「今月の記事読んだよ、これお前的には何点? 一〇〇点満点で」

 私は胃の奥に沈む澱のようなものがふわりと舞うような心持がした。

「嫌な聞き方しますね」


 ――素直に面白くないと言えばいいのに。


「前の職場でも部下によく言われたな、それ。で、何点?」

「七〇……いや、六五……とか」

「五〇点だな、こりゃあ。どっかで聞いたことあるような話ばっかりだ。オカルトスポットも擦りに擦られた平将門関係だしな」

「すみません」


 とはいえ、投稿に良い怪談がなかったのだ。

 あるものでなんとかしなければならない。

 それが仕事だ。

 ライターとはいえ、基本的にはアルバイト契約なのだ。

 つまらないといわれても困ってしまう。


「このご時勢に固定電話が鳴ったり、助手席から幽霊の道案内の声が聞こえたりってのはリアリティがないというか古いよな、やっぱ。今時、スマホとカーナビだかんなぁ。中高生の間で噂になってるSiriに言ってはいけない言葉特集なんかはすごく良くできてたと思うんだが……」

「そうですか」

「書き換えようと思わなかったのか?」

「思いませんでした」


 私ははっきりそう答えた。

 実話怪談を実際に取材したり、現場の写真も一緒に掲載することで、他のオカルト雑誌と一線を画すリアルな記事にしようというコンセプトのページなのだ。多少の脚色はするが、書き換えるほどのことはしない。

 むしろ、そんなことをしたら編集長が怒るではないか。


「自分で怪談を創作しようとは?」

「それも実話怪談ではないですからね。それだったら古典の特集とかやりますよ。玉藻前の殺生石の話とか。図書館で文献探してきて、それを引用して、実地に行って写真撮ってとかで」

「ふむ……お前は作家やライターよりも編集者向きだな」

「そうなんですか?」

「俺は元々ラノベレーベルの編集長だったからな。わかるんだよ。お前はいい編集者になるよ」

「ありがとうございます」

「話が逸れたな。今月の記事がつまらんって話だ。だが、お前は演出で劇的に記事を面白くできるタイプじゃない。となると……」

「どうしましょう?」

「実際に体験したことなら面白く書けるんじゃないのか?」


 確かにそうかもしれない。


「ただ、僕あんまり書けるような心霊体験とかしたことないですけどね」


 まったくないこともないが、取材中に奇妙なものを見た話はもう記事にしてしまっている。


「別に実際に幽霊見なきゃ記事書けないわけじゃないだろ。奇妙な建築物とか奇祭とか取材に行って面白い体験してくりゃいい」


 ――良い怪談やオカルトネタが送られてこないのであれば、自分から怪談を迎えに行け、と言っているわけだ。


「してくりゃいいって簡単に言ってくれますけど、取材費出してくれるんですか?」

「ん? そんなもんはないぞ」

「じゃあ、関東近郊ですか……」


 私はネットやオカルト系書籍でまだあまり取り上げられていない場所を探す手間を考え、少し憂鬱な気分になった。


 ――八王子あたりでも行くか。


「いや、地方のスポットもいけるだろ。取材費はやらんが、別のものをやる」

「なんですか?」


 この時点で私はもう完全に予想がついていたが、訊かないわけにはいかないので嫌々尋ねる。


「夏休みをやる」

「……なるほどね。まぁ、そうでしょうね」

「大学生の夏休みって九月いっぱいまでだろ?」

「そうですね」

「親に金もらって帰省するか、ここで稼いだバイト代使って友達や彼女と旅行にでも行ってこい」


 ――そうなるよな。


「わかりました」頭を下げた。「ありがとうございます」

「雑用のことは気にすんな」


 営業の東さんと経理の杉本さんが編集長に見えない角度で不愉快そうに顔を顰めた。

 編集長しか得をしない提案だが、それしかないのも事実だった。

 誰もが不快感を露わにはしながら、反論はしない。

 ただ、私は一つだけ気になっていることがあった。


「一つだけいいですか?」

「なんだ?」

「あのツチノコと河童とUFOのローテーションでやってる探索記事はどうするんですか?」


 そう、私の記事の出来はあまり良くなかったかもしれない。

 だが、一年通して『○○県の奥地でツチノコ発見か!?』のツチノコの部分を差し替えるだけで毎回同じ内容で掲載しているあのゴミ記事はどうだというのか。


「あぁ、あれか? あれもいつまでも同じことばっかりやってても読者が飽きちまうからな。今回はニホンオオカミでいく」


 ――納得いかねぇな。


「わかりました。では、来週一週間お休みいただきます」

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