第8話 自主制作映画の怪談
そして彼女は語り始める。
乃亜が実際に大学の同期から聞いた話だという。
都内出身の同期B――とする――の父親は大学時代、映画サークルで自主制作映画の撮影をしていたらしい。
Bの父親が撮っていたのは自分で監督、脚本、撮影、主演までこなすフェイクドキュメンタリーが主だったという。
普通は自分の子供に作品を観せるのは恥ずかしいものではないかとBは思ったものだが、彼はそういったことをあまり気にするようなタイプではなく、中学生になった頃から娘を一人の観客として扱い、その感想を楽しみにしていた。
Bは父親の撮った偽宗教団体への潜入取材や田舎のヤンキーへの突撃取材風映画をあまり面白いと思ったことはない。
だが、父親が喜ぶ顔を見たかったBはあまり興味がないにもかかわらず、しっかりと鑑賞して感想を伝えた。
そんなある日、Bは父親の自主制作ビデオの中にラベルが貼られておらず、観るように勧めてもこない一本があることに気づいた。
なんとなく、見てはいけないものだろうと彼女はそのテープを見て見ぬふりをしながら日々を過ごしてきたが、やはり一度それに気づいてしまうとどうしても気になる。
だんだん父親の映画コレクションの棚の黒いビデオテープから視線を感じるような気すらしてくる。
――観ろ。観ろ。観ろ。
ビデオがそう語りかけてくるような幻聴まで聞こえてくる。
そしてついに彼女は両親が留守の日、古いビデオデッキにあのラベルのないテープを差し込んでしまったのだった。
画面に映ったのはどこか見覚えがあるが正確には思い出せない少し古臭い街並み。
大学生の頃の父親の声でナレーションが入る。
足を踏み入れた人間が行方不明になるという廃屋に潜入するのだという。
この映画はどうやらホラーらしい。
ホラーは苦手だが、学生の自主制作映画なんて大したものではないだろうとBは高をくくっていた。
画面はわずかに上下に揺れながら、殆どシャッターが下りて営業しているのは小さなスーパーマーケットという閑散とした商店街を抜けていく。
人の気配はあるが、人通りはなく昼間からなんとなく薄暗い。そんなナレーションが入る。
これといって見るべきところもなく、最寄の駅は〝強いて言えば最寄〟という言い方しかできないような――東京であることが疑わしくなるような――都会であるとは到底言えないような――寂れた住宅街にその廃屋はあるという。
廃屋までの道のりもずっと独り言のような淡々とした父親のナレーションが続き、つまらないのに不気味で仕方がなかったと彼女は思った。
そして、廃屋に到着する。
薄暗い二階建ての一軒家の玄関の扉は板で打ち付けられていて、窓も埃で中が見えない。画面越しでもはっきり長く人が棲んでいないのがわかった。
Bはこの撮影がちゃんと家主に許可を得て行われているものなのか、それとも無断なのかということが気になったそうだが、それを父親に聞こうとは思えなかったそうだ。
カメラ――父は家の裏手に回ると割れた窓から手を差し入れ、鍵を開けて家に侵入した。
当然、家に明かりはなく、まるで夜のように真っ暗な廃屋をカメラの弱弱しいライトを便りに探索していく。
もはや行方不明者だとか、幽霊だとかよりも不法侵入やそれによる通報だったりが気にかかり、集中力も切れかけていたその時――窓ガラスの向こうにはっきりと少女のような人影が現れる。
それで映像は急に終わってしまう。
Bは何の脈絡もない幽霊の登場と、いきなり作品が終わってしまったことに呆気にとられてしまい、茫然としてしまった。
「何を観てるんだい?」
Bはぼんやりしていたところに、背後から父親に声をかけられ、声にならない声を上げてしまったそうだ。
その驚き様から〝あの〟ラベルのないビデオテープを観たのだとすぐに察した父親は逡巡してから、ゆっくりとビデオについて彼女に語った。
このホラー映画は他の自主制作映画と同様に大学時代に撮影したもので、この舞台である廃屋は昔幼なじみが住んでいた家なのだと。
その幼なじみがある日行方不明になり、一家は家を出てそのままになっていたのだという。
そこに忍び込んで撮影した映画で、当時は行方不明になった幼なじみのことなど半分忘れていて、撮影にちょうどいい空き家があるというくらいにしか認識していなかった。
実際にこの家に入った人間は行方不明になるという噂自体はあり、それを題材にした映画を撮ることにしたのだという。
しかし、いざ映画を編集していた際に気付いてしまった。
窓ガラスの向こうに立たせていた役者とは別の人影に――。
カメラを構えた自分の姿とその背後に立った幼なじみの姿がガラスに反射していたのだった。
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