第41話 エピローグ

「シオン! 待て! そんな身体で行くんじゃない!!」

「大丈夫大丈夫〜! ちょっと最近身体鈍ってきたから軽い運動がてら行くだけ。魔法も使わないから大丈夫〜」


 王城を出て城下町に出る道を進んでいると、焦った様子のヴィルに腕を掴まれる。


「グルーに聞いたぞ! 魔物の討伐に行くつもりだって。産気づいたらどうする!」

「ちっ、グルーったら余計なことを……」

「こらっ、胎教に悪いから悪態をつくんじゃない!」

「口煩いパパは嫌われるぞー」

「誰のせいだと……!」

「ほれほれ、その辺でしまいにせい。夫婦喧嘩はグリフォンも食わない言うじゃろ? とにかくワシとヴィルでその依頼受けてくるから、シオンは大人しく家で待っておれ」


 グルーの言葉に「えー」とブーイングするも、ヴィルは「シオンが大事だから言っているんだ」と抱きしめられて口づけられたらもう何も言えなかった。


「一緒に行っちゃダメ?」

「ダメだ。すぐに帰ってくるから大人しくしてろ」

「……わかった」

「じゃあ、行ってくる。すぐに戻ってくるから大人しくしておけよ」

「はーい。気をつけてね」


 いってらっしゃいのキスを済ませると、ヴィルはグルーに乗って行ってしまった。


「あーあ。また暇になっちゃった。せっかく久々に退屈しのぎになると思ったのに」


 あれから紆余曲折あったものの、おかげさまでヴィルと結婚し、第一子がお腹の中にいた。予定日はもうすぐなのでヴィルが心配するのも無理はないのだが、それでもあまりになんでもかんでも制限されるので退屈で仕方なかった。


「ヴィルったら、大丈夫かな。怪我とかしないといいけど」


 かつて村人Aより弱かったヴィルだが、鍛錬の甲斐あって今ではレベル九十ほどになっている。私にはまだ及ばないものの、目を見張るほどのスピード成長に、私だけでなく義父である王様も驚いていた。


 ちなみにグルーも負けじと頑張っていて、今では二人の共闘できるようになり、二人であればシュド=メルくらい討伐できるほど強くなっていた。


 まぁ、だから私の出番が減ってこうして暇を持て余しているのだが。


「もう服もたくさん作っちゃったし、おくるみとか抱っこ紐とかおむつとかめちゃくちゃ作っちゃったしなぁ」


 元カレに尽くしまくった名残りで大体のことはできてしまう。そのため、裁縫や刺繍などのスキルを活かして赤ちゃん用品は大体のものを作り終えてしまった。


 他にも時間を持て余してるからと食べたいものの希望に合わせて水龍釣りしに行こうとしたり火焔龍を狩りに行こうとしたりしたら、尽くしすぎ禁止令をヴィルにかけられてしまった。

 実際何かをしようとすると、すぐさま王城内の使用人達がわらわらやってきて、私を全力で止めようとするので何もできなかった。


「でも出産に備えて程々に運動しとけって言われたのになー」


 程々にというから、ちょっとばかり魔物討伐(物理)しておこうと思ったのに。


 妊娠中は魔力が暴発する可能性があるらしく、魔法禁止令が出てるため、最近は専ら近所の村や街で加護を授けるばかり。そのせいか、身体が鈍ってしまっている。

 とはいえ他にやることもないし、どうしたものか。


「暇すぎてつまらないよねー?」


 お腹にいる我が子に尋ねると、ぐいーっと中からお腹を蹴られる。私の言葉ちゃんと聞いて理解してるの、凄い! と生まれてもないのに親バカになりながらも、仕方ないので王城に戻ることにした。


「ヴィルは疲れて帰ってくるだろうから、料理作って待っておこうかな。あとお風呂も沸かしておかないと。グルーには特別にブラッシングしてあげて……それから」


 そんなものメイドに頼めばいいじゃないか、とヴィルに言われることを想像しつつも、これくらいなら尽くすうちに入らないし、メイドの手を煩わせるのもなぁと考えながら歩いていると不意に見覚えのある顔が目に入る。


 あれは、えっと……


「シオン! あぁ、よかった! やっと見つけた!」

「え、何でここにいるの?」


 そこにいたのはかつての彼氏。ヴィルとの冒険の前に彼方へ転移させた元カレがそこにいた。


「聞いてくれよ、シオン! あのあと命からがら戻ってきたというのに彼女、浮気してたんだよ! 信じられるか!? お腹の子もオレの子じゃなかったんだ!」

「へーそうだったの。浮気したあんたも人のこと言えないけどね」

「酷いと思わないか!? だから、シオンとやり直そうと思ってずっと探してたんだ」

「いや、私もう結婚したし」

「は!? 嘘だろ!? シオンなんかが結婚できるわけがないだろ」

「いや、普通に失礼すぎるし。てか、このお腹。どう見ても赤ちゃんいるのわかるでしょ」


 どーんと張り出したお腹を突き出す。すると、元カレはあわあわとしたあと「あぁ! そういうことか!」と言い出した。


「オレの子か! そうだろう!?」

「はい?」

「隠さなくてもいいぜ。そうか、オレが彼女のとこに行ったから一人で産もうとしてたのか。悪かったな」

「いや、違うから」

「ずっと結婚したがってたもんな。でももう大丈夫だ! オレがパパとしてシオンと一緒になる」

「だから話聞いてってば」


 思い込みでどんどんとあらぬ方向に話が進んでいく。しかも腕を掴まれて、逃げるに逃げられなかった。


「もう安心しろ。オレがついてる」

「いやいやいやいや。もうとっくに別れたでしょ。そもそも貴方の子じゃないってば!」

「ま、まさかシオン。浮気してたのか!?」

「だから何でそうなるの! 別れてからどんだけ経ってると思ってるの!? というか、先にそっちが浮気したくせに、言いがかりつけるのやめて!」

「オレだけが好きだって言ってたのは嘘だったのか!?」


 あーダメだ。話が通じない。


 あまりに話が通じなさすぎて、魔物と話している気分になる。いや、ここまでだと魔物のほうがまだ話が通じる気がする。


 もう一回転移させる? でも、魔法使っちゃダメって言われてるし。いっそ拘束の魔道具で拘束したいけど、さすがに聖女で王子の妻が一般市民を無意味に拘束したら世間的にイメージ良くないよね。


 魔法もダメ。物理もダメ。


 ヴィルと結婚できて妊娠して嬉しい反面、今までに比べて行動が制限されてしまって歯痒い。今までだったらどうにかできたことでも、身分や体調のせいで思うように行動できなくて、自分の無力さに打ちのめされる。


「とにかく、ここで話しても埒が明かないから家に来い!」

「やだっ! 離してってば!」


 元カレが私の腕を引っ張り無理矢理連れて行かれそうになる。必死に抵抗するも、お腹を庇っているため上手く逃げ出せなかった。


 恐い。恐い。恐い。恐い。


 今まで味わったことのない恐怖。最強だったからこそ、こんなにも一方的にされるがままなことがなくて、どうしたらいいのかわからなかった。


「いい加減にしろっ!」

「……やだっ、ヴィル……っ!」

「うわっ!? あっちぃ!!」


 ヴィルの名を呼ぶと突然元カレが私の腕を離し、慌てふためき始める。よく見るとお尻に火がついていた。訳がわからず混乱していると、何者かにギュッと抱きしめられる。


「オレの妻に何をする!」


 顔を上げるとそこには額に汗を滲ませつつも凛々しい顔をしたヴィルがいた。


「あち、あちちち! は? 妻!?」

「貴様! 彼女は我が国の聖女。そして我がマルデリア王国王子、ヴィデルハルトの妻と知っての狼藉か!?」

「せ、聖女で、王子の妻……!? いや、オレは、えっと、その、勘違いというか」

「不審者として貴様を拘束する! グルー!」

「……不届者ニハ相応ノ罰ヲ与エネバナ」

「ひぃ!」


 グルーが普段の大きさで魔物らしく凄むと、そのまま白目を剥いて意識を失う元カレ。それを「なんじゃ、情けないのう。ではちと近衛兵達のとこへ連れて行くとするか」と呆れつつもグルーは自らの背に元カレを乗せて飛んで行った。


「無事か、シオン」

「ヴィル。ありがとう助かった」


 ギュッとしがみつくと強く抱きしめられる。そこで初めて自分が震えていたことに気づいた。


「間に合ってよかった」

「ごめん、心配かけて」

「シオンが無事ならそれでいい」


 上向くとそのまま唇が重なる。何度か重ねるとだんだんと気持ちも落ち着いてきた。


「でも、あんな手荒な真似して大丈夫だったの? 一応国民なわけだし」

「ふんっ、シオンに手を出すやつは国民だろうがなんだろうが許すわけないだろ」

「そうなの?」

「そうだ。シオンはオレにとって大切な存在だからな」

「……ありがとう」


 微笑むと再び何度も口づけられる。ヴィルは思ったより執着が強いらしい。


「こら、ヴィル。しすぎ」

「好きなんだからいいだろ」

「そうだけどさー」

「シオン。愛してる」

「私も」


 愛されていると実感する。

 愛してくれたのは、結婚、子供、家族とずっとずっと欲しかったものをくれて、こんなダメダメな私を守って諭してくれる人。

 誰よりも私のことを大事にしてくれる人と結婚できて、私は最強に幸せな聖女だ。






 終

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ダメンズメーカー聖女〜結婚したくて尽くしまくってたら最強の聖女になっちゃいました!〜 鳥柄ささみ @sasami8816

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