第6話 Invade 【Idol】


 202X/4/15 金曜日 早朝


『依頼だ。一人目の標的ターゲットは【f《フォルテ》】、アイドルグループ【Code. 1059《ヘブン》】のメンバーの一人だ。』


 スマホを開くと、Aからの連絡が来てた。


…人気アイドルグループ【Code. 1059《ヘブン》】のセンター【f《フォルテ》】。

 歌唱力、小粋なトーク力、そして圧倒的なルックスを武器に、人気急上昇中のアイドルだ。

 ただ、彼女には黒い噂も多い。悪い噂を流して同業者を蹴落とす。仕事を貰うためなら媚びでも援交でもなんでもする。有名ビッグになるためには何でもする悪女だとか。


…今回の依頼もこの噂などが関係しているものなのかもしれないな。


「…それで、どうやって彼女の精神世界に乗り込むの?」


 Aの作ったコードを見れば自分の精神世界に入れることはわかった。だが、他人の精神世界に入り込むだなんてどうやって…


『まず始めに、現実世界で回送電車に乗らないとなんだよ。

 今、時刻表を送ったんだけど、何時の電車なら乗れそう?』


…回送電車に乗る?精神世界に入る過程で何故?

…まぁ、既に意味わからない現象だらけだし、今更深く考えても無駄か…そう思い、私は渡された電車の時刻表を見た。


「7:26に『品川駅』を出るやつなら、学校の帰りに乗れると思う。」

『んじゃ、その時間に駅のホームに来て。

 そこからの手順は通話しながら説明するから。』




 202X/4/15 金曜日 夜


 駅に着いたので、とりあえず私はスマホを手に取り、Aに連絡を入れた。


『OK、了解。それとできるだけ、目立たないようにしてね。起動するから』


 Aから返信が来た…起動?何を?


 戸惑っていると途端に、周りの景色が変化した。駅の中を歩いていた人はバグったデータのような見た目になり、駅の建物の配色が緑や白に変化した。

 ここも精神世界の一種…なのか?


『ここは民衆の精神世界。世界中の人の思想が反映された場所で、どんな人とも繋がっている特殊な空間。

 ここを【ターミナル】として、個人の持つ精神世界に侵入するって作戦さ。』


 ここが民衆の精神世界…

 掴みどころのないふわふわとした空間だ。あの荒野では感じられた嫌悪感はないが、はたして安全…なのか?私のことを探して襲ってくるような奴等は見当たらないが…


『民衆の精神世界は現実の空間―ここなら駅―に対する認識が元になっているから、野蛮な奴は滅多に現れないよ。

 ただ、個人の持つ精神世界はここみたいに安全なわけではない。誰だって、自分の心の中で好き勝手して欲しくもないだろうしね。』


 私の挙動から思考を読んだのか、Aが捕捉を入れてきた。

 つまり、ここから先は危険地帯と。これから乗り込むってときに、指揮が下がるようなこと言わないで欲しいのだが。


『ホームに電車ガ参りまス。黄色い線ノ内側にてお待ちくだサい。』


 異質に変容した駅のホームに、無機質な機械音声でのアナウンスが響く。

 そして、翡翠色に怪しく輝く、十両編成の電車が私の前で停まった。


『この電車に乗ったら、f《フォルテ》の精神世界に乗り込める。

 つまり、ここから先では君の安全は保証出来ない。覚悟は、出来てるか?』


 Aからの忠告、ここから先に進んだ場合は引き返せない。たとえ何があろうと。

 電車の戸が開き、私を迎え入れる。

 私は覚悟を決めて、電車に乗り込んだ。




 電車に揺られること数分、目的地に着いた。私は電車から出て、辺りを見渡す。


 辺り一面に咲き誇る色とりどりの花や木々。余多の色が、香りが入り混じった、まるで混沌カオスな園。

 ただ、秋桜コスモスを象った巨大かなオブジェが、花園の中央部で他の追随を許すまじと佇んでいた。

 芸能界の中で、自分だけが世界の中央センター

 これが彼女―f《フォルテ》の本質なのだろう。


『ここから先は危険地帯、いつ敵が来るかもわからない。唐突な襲撃に対処出来るように【電車武装ホロアーツ】を転送しておくよ。そのままじゃ持ち運びづらいだろうし、何か適当なものに変形させときな。』


 転送された【電子武装ホロアーツ】が二つ、空から落っこちて来た。

 私はそれを手に取り、漆黒の立方体から白銀の腕時計に変化させ、腕に巻く。


「それで、もう一つのは何に使うため?」

『まぁ見てなよ。面白いことが起きるからさ。』


 途端、【電子武装ホロアーツ】から、四肢と思わしき部位が生え、頭部が出現し、色も漆黒から白銀へと変化していく。

 瞬く間に、漆黒の立方体が、人の姿を模した存在にに変形した。


「こうやってウチが使うためさ!」


 白銀の人形から、聞きなれた電子音声―Aの声―が聞こえた。

 整った顔と細く締まった体を持つそれが、Aの声を用いて話し、動作確認のため屈伸運動をする様子は実にシュールだが。


「ところで、気付いてる?あの怪奇なオブジェが放つ気配みたいなの…」

「ああ、彼処から強い反応を感じる。多分、世界を構成するのに重要な物があるんだろうね。」


 あの異様な雰囲気。私の脳が、危険を告げている。しかし、彼処に向かってみないと行けないということも、直感的に理解した。


「取り敢えず、行ってみよう。ここでウダウダ悩んでもどうしようもならないし。」

 



 聳え立つ、秋桜コスモスのオブジェ。近くで見ると、その巨大さ、そして異様さがより際立つ。

 そして、この世界の象徴の上で、傲岸不遜な態度で私達を見下ろす姫―


「彼女が―f《フォルテ》―?」

「―の、【精神体アバター】だな。」


 まさか、御本人様―精神体だが―が現れるとは。しかし、この距離じゃ戦闘どころか交渉すらも出来ない。どうするべきか―


「我が民に告げる!」


 途端、fの声が、この世界全土に響いた。何処からともなく、この世界の住民が現れ、彼女への忠誠を示す構えを取る。


「この園に、妾の命を狙う輩がいる!妾への忠誠

を捧ぐ者は、その者の首を捧げよ!」


 fの命に、住民達は敬礼をして答える。

 そして、姫の命を狙う賊―私達の首を取ろうと武器を構えた。


「これ、不味くないか?」

「戦うしか、無さそうだね。」


 私達も、この状況を打破するために戦闘態勢を取る。

 敵は、全長30cm程の妖精みたいな奴が数十人か―人数不利だが、やるしかないな。


 私は、構えた銃の引き金を引いた。

 Aは妖精に向かって駆け寄り、奴等を殴る。

 妖精は一匹、二匹と数を減らしていった。


「姫様に仇なす者よ、死になさい。」

「次は私が相手です。」


 しかし、一匹、二匹と妖精が現れ、私達の行く先を塞ぐ。Aが拳を振りかぶった隙に、私が弾を銃に詰め込んだ隙に、攻撃をしてくる。


 疲れが蓄積し、傷痕も増え、私は遂に倒れたしまった―

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贖罪ノ天使 ゆずれもん @Natu-Mikan126

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