九百九十一話 汚させない
「キュアアァ……」
「っ!!!???」
「ッ!! ……なっ!!??」
激しい戦場に似つかわしくない声の正体に、視線を奪われる虎竜とディーナ。
越えの主は……虎竜の、子供であった。
「ッ…………やはり、いたのか」
離れた場所で虎竜とディーナの戦いを観戦していたアラッドも、予想はしていた……今回の戦いを観ている最中に、虎竜が全力を出せていないように感じたことと繋がってくも……それでも、目の前の現実に驚きを隠せなかった。
「アラッド……あの虎竜のこ、子供? の後ろに」
「あぁ、分かってる。多分……あれが守ってたんだろうな」
戦場に突如として現れた虎竜の子供の後ろには、エルダートレントがいた。
トレント、エルダートレントといった木のモンスターには虫系のモンスターと同じく、表情と言える表情がない。
だが……何故か、アラッドたちにはエルダートレントが非常におろおろしているように思えた。
(あのエルダートレントは……虎竜に恩がある。だからこそ、今まで虎竜の子を守っていたが、子に無茶を言われて仕方なく母親が戦っている現場に来た……といったところか)
アラッドの予想は、まさにドンピシャであった。
つまり……虎竜にとっても、子がここにくるのは非常に予想外の出来事。
残っている力を振り絞り……子を連れて逃げるのか、それとも自分に復讐しようとしている人間を仕留めるべきか……どうすべきか、目の前の人間に視線を戻す。
「っ…………」
すると、先程まで戦意を、殺意、激情を爆発させていた人間とは思えない程……狼狽えていた。
(あれは……虎竜の、子? …………い、いや……関係、ない……関係無い。あいつは……あのドラゴンは、私の、両親を、殺した…………でも、それじゃあ……私は)
ディーナにとって、虎竜は間違いなく、復讐の相手。
街の外の……野性の世界で、ディーナの両親は虎竜と戦い、命を落とした。
命のやり取りが当たり前の世界で、それは何も珍しくない出来事である。
だが、残されたディーナには……当然、復讐心を燃やす権利がある。
殺し殺されの世界では、自身に恨みを持った相手に襲いかかられる……それは、虎竜も理解している。
「っ!!! はぁ、はぁ……」
体は、まだ動く。
倒れる前にマジックポーションを飲んだお陰で、まだ戦える。
だが……今のディーナには、ここで虎竜を殺せば……虎竜の子は親を失う。
つまり、自分は虎竜と同じことをしてしまい、親を失う悲しみを……目の前の子に追わせることになる。
そのどうすれば良いのか分からないジレンマに襲われていた。
「………………」
今のディーナであれば、虎竜が力を振り絞れば、殺すのは難しくない。
仮にスティームが赤雷を纏って移動したとしても……ギリギリ虎竜の爪撃が間に合う。
しかし……動かない。
虎竜は、ディーナを殺そうと動かなかった。
それどころか、表情からディーナに対する戦意が徐々に薄れていった。
そして、ほんの一瞬……我が子の方を振り返り、母としての微笑を見せた。
直後、直ぐに顔をディーナの方に戻し……魔力を爪を放出し、一振りの刃と化し……自身の首を刎ねた。
「…………なっ!!!!????」
「「「っ!!!!!?????」」」
まさかの行動に、ディーナだけではなくアラッドたちも驚きを隠せなかった。
モンスターが……敵に殺されるのではなく、自死を選んだ。
そんな光景を目の前にし……驚くなというのは無理がある。
(自分から……自分で、首を……切断しやがった…………明らかに、ディーナさんに対する戦意が薄れたが……どうして……………………っ!!!!!! そういう、事……なのか? いや、でも……そんな事が…………)
アラッドは、自分が辿り着いた答えに対し……あり得ないと思った。
自分が感じ、辿り着いた答えに対して己があり得ないと思うなど、圧倒的に矛盾しているとしか思えない。
だが……そんな事はアラッドも解っているが、それでも……辿り着いた答えが、真実とは思えなかった。
「私の、見間違いじゃなかったら、さ……最後、虎竜……自分で、自分の首を、斬り落としたよね」
「うん……そうだね。見間違いでは、ないよ」
なくなりかけていた魔力をマジックポーションで回復した分、確かにディーナの方が有利になったが、それでもまだあのまま戦いを続行すれば……結果は解らなかった。
というのがスティームたちの見解だが、虎竜は修羅金剛を使用したディーナの一撃を食らった時点で、殆ど自分が負けたと感じていた。
そこに……運悪く、子が来てしまった。
そしてその子を見た人間の表情を見て……感じ取った。
この人間は、子がいるからこそ、自分を殺すことを躊躇ってしまっていると。
結果として……自分は、目の前の人間との熱く激しい戦いに、水を差してしまった。
あなたの勝ちだ。
だからこそ、あなたが何を感じ、背負う必要はない。
ただ……あなたは私と戦い、勝利したのだ。
決して、自身を討ち倒した人間の勝利を汚すことを許さない。
虎竜は……最後に息子にすまないと思いながら、自身の命を絶ったのだった。
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