九百九十二話 予定変更
「っ……っ…………っ」
虎竜の子は……まだ、現実を受け入れられていなかった。
母が、何者かと戦っていた。
それは解る。
生まれながらにしてドラゴンである子は、自分たちはそういう生き物だと、本能的に理解していた。
だが……それでも、まだ子であることに変わりはなく、目の前で起きた状況を受け入れるには……月日が足りない。
加えて、何故最後……母親は自分の首を切り落としたのか。
観戦者であるアラッドはもしかしたらと、予想が付いた。
しかし、まだ虎竜の子には……理解出来る筈もなかった。
「…………ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」
次の瞬間、彼は…………ドラゴンとして、初めての雄叫びを上げた。
それはまだ体が出来上がっていない彼を、ドラゴンとたらしめる王者の雄叫び。
溢れんばかりの涙を零しながらも唸り声を上げ、牙をむき……母と戦い、追い詰めた人間へと駆け出す。
「っ!!!!????」
「…………」
だが、次の瞬間……体にいくつかの切傷を負い、骨にヒビが数か所入っているクロが間に入った。
傷を負っているのは明らかであるものの、激情に駆られていた虎竜の子から見れば……奇跡が十連続で起きなければ決定打を与えられないような怪物。
本能が動きを止めてしまうのも無理はなかった。
「ワフ、ワゥ……ワフ、ワゥ」
「っ!! ゥルアア! ガァアアアッ!!」
アラッドたちの会話から……少し前に対牛飢鬼との戦闘が終わっていた為、最後……何故虎竜がディーナに殺されるのではなく、自身の手で死ぬことを選んだのか……ある程度理解していた。
それを努めて冷静に伝える。
とはいえ、本当にまだ生まれて数日である虎竜の子に、クロが言いたい事が上手く伝わることはなかった。
「ワゥ……ガルァ?」
「ッ、っ…………」
しかし、途中で敵意こそ消えないものの、どう怒ればいいのか解らなくなった。
「クロは……何を話してるのかな」
「さぁな。詳しい内容は解らないが……ディーナさんが戦った虎竜に関して、何か伝えたんじゃないかな」
相棒であるアラッドも、百パーセントとクロの言葉を理解は出来ない。
それでも、長年一緒に行動してきた経験もあってか、会話内容はおおよそ合っていた。
『ファルさん、クロさん一人に任せちゃって良いんすか? 一応、俺ら従魔たち全員でこう……敵意を俺ら? に向ける予定だったじゃないっすか』
『予定を変更するしかないでしょう。結果として、クロは虎竜と戦たなかったのだから』
従魔は従魔たちで、クロの説得が上手くいくのかこそこそと話し合っていた。
『つっても……マジで、まだ生まれたばっかガキ……っすよね』
『おそらく、ここ十日……もしくは数日以内に生まれた可能性が高い。一応、言葉は理解出来ているようだが……果たして、どこまで理解出来るだろうか……』
ヴァジュラとファルがドキドキしながら見守る中、クロは冷静に……冷静に、事実を伝える。
『君のお母さんは最後、自分で死ぬことを選んだんだ』
『なんで、なんでそんな事を!!!!』
『さっき言った通り、彼女の両親は君の親に……虎竜に殺されたんだ。だから、彼女は君の親を殺そうとした。でも……そこに君が現れた。虎竜の子共である君が』
『そ、それがなんなのさ!!!!』
親の言いつけを破り、自分を守ってくれていたエルダートレントに頼み、戦場に来てしまったことに多少の罪悪感を感じ、若干声が震える。
『彼女は迷ってしまったんだ。親の仇が目の前にいる。もう少しその仇を倒せそうなのに……殺してしまえば、君を自分と同じ状況に……一人にしてしまう』
『一人に……』
『目の前に自分の親を殺した仇がいるのに、君を自分と同じ目に合わせたくない。そう思ってしまったからこそ、彼女は君の親を殺すことを躊躇ってしまった。そして……君の親は、虎竜はその状況を許せなかったからこそ……自分で自分を殺したんだ』
虎竜の子は、本当にまだ幼い。
多くの言葉を知らず、理解も出来ないが……幼いからこそ、一人という言葉に強い恐怖を感じてしまう。
『…………ねぇ。僕が…………僕が、僕がお母さんを、殺したの』
虎竜の子は、大粒の涙を零しながら、クロに尋ねた。
自分が母親を殺してしまったのかと。
虎竜からエルダートレントが作った結界から出ては駄目だと言いつけられていたにもかかわらず、出てきてしまった罪悪感が、ここにきて更に大きくなる。
虎竜の言いつけは正しく、先程までクロが激闘を楽しんでいた猛者、牛飢鬼は虎竜を倒した先に得られる勝利に飢えていた。
基本的に抱いている感情は憎悪であるため、虎竜の子を見つければ……ひとまず殺そうと動いていても全くおかしくなかった。
『違う。君のお母さんは、ディーナという名前の冒険者と正々堂々と戦って、負けてたんだ。断じて、君が殺した訳ではない』
『…………お母さんは、楽しかったの、かな』
虎竜の子は、先日の夜……母親がこれまで経験してきた激闘の一部を聞いた。
その話を語る母は……とても楽しげな笑みを浮かべていることを覚えている。
『そうだね。楽しんでいたと、思うよ』
牛飢鬼と戦っていたため、当然全ての戦闘光景は観ていない。
それでも牛飢鬼が現れるまでの間や、最後の表情などから楽しんでいた部分があったのは間違いない……そう、クロは思えた。
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