八百九話 そこがゴールではない

SIDE ルリナ


「ぐっ、参りました」


「ありがとうございました!」


「……モーナさん、また腕に磨きがかかりましたか?」


「いやぁ~~~、最近攻めばかりを意識し過ぎてたと思ってね。防御方面も頑張ろうと思って」


今現在、ルリナは基本的に王女たちを護衛する騎士団に入団していた。


王女たちを護衛するのが主な仕事とはいえ、常に護衛しなければならない訳ではなく……模擬戦を行って腕を磨き、モンスターが多く生息している地域やダンジョンに遠征しに行くこともある。


そしてルリナは休日中、先輩騎士であるモーナと模擬戦を行っていた。


「流石ですね……私も、モーナさんみたいに、いつまでも精進していきたいです」


モーナの年齢は既にがっつり二十代後半。

見た目的には幼さと低身長故に全くそう見えないが、良縁もあって現在は結婚している。


しかし、結婚したからといって騎士を辞めることはなく、寧ろ更に精力的に活動していた。


「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ。でもね……こう、調子に乗ってたとかそういう訳じゃないんだけど、世の中は広いって教えてくれたのは、ルリナちゃんの弟君なんだ」


「私の弟と言いますと…………アラッドの事、ですね」


完全に血が繋がっている弟となればアッシュではあるが、アラッドもルリナの弟であるのは間違いなかった。


「そうなんだよ~~。初めて会ったのは……あの子が七歳の時だったかな? 王都に来てた時、せっかくの機会だから模擬戦をしてみようってなったんだ」


「……その模擬戦で、アラッドが勝ったのですね」


「そうなんだよルリナちゃん!! もうこう……本当にびっくりし過ぎたよね!!!」


当時、モーナは騎士としての活動を始めたばかりではあるが、新米騎士の中では男性騎士を含めてもトップクラスの腕前を持っていた。


だが、アラッドは七歳時に……ハンデありの模擬戦とはいえ、モーナ相手に勝利を収めた。


「あれがあったから、私ももっともっと頑張らないとって思えたんだよ」


騎士になるまでの人生……決してモーナが頑張ってこなかった訳ではない。

剣技の才に胡坐をかくことはなく、幾重にも修練を重ねてきた。


ただ……事実として、アラッドにハンデありの模擬戦で負けた。


「モーナさんは、その……ショックでは、なかったのですか?」


「ん~~~…………勿論、悔しいって思いはあったよ。私なりに頑張って騎士になったからね。ただ……実際にアラッド君と戦ってみて、剣を合わせて思ったんだ。あの子は……私よりも、濃密な時間を過ごしてきたんだって」


濃密な時間を過ごしてきた。


その言葉を聞いて、アラッドの姉であるルリナは直ぐに納得した。


(確かに、モーナさんの言う通りあの子はこう……常に、何かしら頑張ってたわね)


しょっちゅう関わっていた訳ではないが、それでも弟の頑張りはある程度把握していた。


「だから、私ももっともっと頑張らないと…………騎士になったのがゴールじゃないんだって思えたんだ」


「……そう、ですね」


騎士になったのがゴールではない。

その言葉は、ややルリナの心に重く響いた。


フールの子供たちは、アッシュという超例外を除いて、全員父親である……Aランクドラゴンをソロで討伐したドラゴンスレイヤーであるフールに憧れの気持ちを抱いている。


当然、ルリナも同じ気持ちを抱いている。


しかし少し前になるが、長男であるギーラスがBランクのドラゴンをソロで討伐することに成功したという内容を耳にした。

フールと同様に、ギーラスに対しても敬意を抱いており、素直に「流石ギーラス兄さんね」と思った。


ただ……同時に、焦りの気持ちも湧き上がってきた。


騎士になることがゴールではないルリナにとって、兄や……そして弟の功績は、手放しで喜べることではない。


「ルリナちゃん、焦り過ぎて取り返しのつかないことはしちゃだめだよ」


「っ、モーナさん…………そうですね」


モーナは決して失敗してはいけない、とは言わなかった。


新人時代、何度も先輩たちに助けてもらったモーナとしては、そんな事恥ずかしくて絶対に言えないという事情もあり、寧ろモーナや他の後輩女性騎士たちが失敗して困っていたら、積極的に助けようと思っている。


「アラッド君には物凄い感謝してるよ。物凄い感謝してるけど……あの子と自分を比べるのはダメだよ!!!!」


ルリナの上司であるモーナ……の、更に上司である団長のディーネはアラッドの母、アリサの友人。

そのため、割と定期的に自分たちの近況を手紙で報告し合っている。


当然……その中には、アラッドがまだ十代前半であるにもかかわらず、クロが半殺しにされたことで怒りが爆発し……単身でトロール亜種に挑んだという事も書かれていた。


その内容を見た時、ディーネは思わず飲んでいた紅茶を盛大に吹き出した。


モーナたちもその話を聞いた時は半信半疑だったものの……トーナメントの決勝戦であの様な戦いぶりを魅せられては……信じるほかなかった。


「だから、ルリナちゃんのペースで経験を積んでいって、その時が来たら逃さず挑戦しよう!!!」


「……ありがとう、ございます」


本当に自分は先輩たちに恵まれている。


そう思いながら休日の自主訓練を終え、少し遅めのランチへ向かおうと思った時……一通の手紙がルリナの元に届いた。


(…………………………………………本当に、モーナさんの言う通りね)


届いた手紙には、おおよそギーラスやガルアと同じ様な内容が書かれていた。


しっかり手紙を読んだうえで……弟に非がないことは十分に理解した。

ただ……アラッドと比べて、自分もあれぐらいはっちゃけなければ!!! ……と思うことはなく、改めて自分は自分なりのペースで進もうと心に誓うルリナだった。

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