六百九十二話 甘い

「っ……ね、ねぇアラッド。僕達も、馬車の中に居て良いのかな」


「良いんじゃないか? 既に陛下には俺たちは一応冒険者なんでと伝えたが、場所中でゆっくりしてて構わないと伝えられたからな」


今回、代表選は相手側のナルターク王国で行われる。

そのため、現在…………代表選手であるアラッドたちだけではなく、国王も一緒に移動している。


「でも、ソルさんとルーナさんは外で護衛の騎士や宮廷魔術師の方たちと一緒に護衛してる訳だし」


「スティームさん、大丈夫ですよ」


「ふ、フローレンスさん」


当然ながら、同じ馬車の中には弟のアッシュだけではなく、若手騎士代表のフローレンスもいる。


「彼女たちは先日、アラッドに模擬戦を受けてもらいましたし、その分はしっかりと働かないと」


(…………俺への好意うんたらかんたらは解らないが、どうやらあの後、あの二人に軽く説教したみたいだな)


フローレンスの目が笑ってない事に気付き、信者二人に心の中でご愁傷様と伝えた。


「良いじゃん良いじゃん、スティーム。あれだけ強い人達が護衛してくれてるんだから、私たちが参加したところで対して変わらないって」


「っ、そうだね……うん、それもそうか」


「護衛に関しては、クロの奴がいるからな。あいつだけで、基本的に大丈夫だからな。後ファルもいるし……………って考えるとあれだな。本人たちの前では言えないが、護衛の意味はあまりないかもな」


そういった単純な問題ではない。

それはアラッドも解っている……解ってはいるが、つい口に出てしまった。


「ストームファルコン、でしたね。何度か鳥系のモンスターとは戦ったことがありますが、あれほどの強さを持った個体とはまだ戦ったことがありません」


「ファルみたいな個体が何体もいたら騎士たちにとって最悪だろうな」


「そうですね……ですが、それは冒険者にとっても同じではないでしょうか」


「情報収集を欠かさない冒険者たちは、身の危険を感じて安全な地域に移動する筈だ。まぁ、Cランク以上の冒険者たちには強制的に依頼が出されるかもしれないがな」


「ふふ、それならアラッドたちは絶対に強制参加ですね」


「……あぁ、そうだな」


何故フローレンスが小さく笑ったのか解らない。


相変わらず何を考えてるのか解らないと思いながら、アッシュと対戦中のリバーシに手を伸ばす。


「相変わらず強いですね、アラッド兄さん」


「まぁな。ところでアッシュ、今回の代表選に参加した報酬ってもう決まってんだっけ?」


「参加するだけでBランクの素材をいくつも貰えます。勝てば……ふふ、Aランクモンスターの素材も貰えます」


「太っ腹だねぇ~~~~。まっ、それに金出す人たちは、もしアッシュの気が変わったらッて考えもあるんだろうけど」


「僕が戦闘方面に強い興味を持つ事ですか? ないですよ。そっちの方面はシルフィーに任せてるんで」


自分は錬金術に夢中だと断言し、空いている場所に石を置くアッシュ。


「ふふ、それで良い。うちに全員戦闘関連の職に進まなければならない、なんて決まりはないからな」


「…………それでは、アッシュ君の進路はアラッドと同じでしょうか」


「冒険者? 確かにモンスターの素材は自力で集められるってのは利点だと思うが……アッシュ、まだまだ先の話ではあるが、どうしようか考えてたりするのか」


「………………全く考えてなかったですね」


アッシュには……確かに錬金術の才がある。

戦闘センスに全て吸い取られている、なんていう事はなく、これからまだまだ上を目指せる。


だが………スポンサーを見つけられる程の腕は、現時点ではない。


「まっ、高等部を卒業してすぐに店を出すってなら、最初の資金ぐらいは俺が出すぞ?」


(…………アラッドって、やっぱり妹や弟に甘いんだね)


スティームはいつか聞いた、妹の旦那になるための条件を思い出し……アラッドにもこういう一面がるのだと思い、笑みが零れる。


「いや、それは大丈夫です。気持ちは嬉しいですけど、やっぱりこういうのは……最初の一歩こそ、自分の力でなんとかしないといけないと思うので」


「ったく、まだ十三? なのにしっかりと考えてるな、本当によ~~」


「それはアラッド兄さんも同じでは? 僕は、アラッド兄さんほど将来やその他の部分に関しても深く考えて独り立ちした人はまずいないと思ってます」


アッシュの言葉にスティームたちは迷いなく頷いた。


「あれだ、俺の事はどうでも良いんだよ。分かった、とりあえず俺の助けはいらないってことだな。でも、何か困ったことがあったら言えよ」


「はい、ありがとうございます。でも、そうですね……今現役で活動しているアラッド兄さんに聞きたいんですけど、冒険者として活動しながらも錬金術師として腕を磨けますか」


「無理ではないな。俺も折角磨いた腕を腐らせたくないから、ちょいちょい宿の中で造ってる。でも、お前ほどの戦闘センスがあったとしても、本当にそういったスタイルで冒険者として活動するなら、今以上に訓練に力を入れた方が良いぞ」


「大丈夫です。要は、しっかり相手を殺す技術を磨けば良いんですよね」


「ま、まぁ、そうだな。間違ってはいない」


弟の言葉はなにも間違ってはいない。


だが、ほんの一瞬……アッシュが持つ、修羅が瞳の奥に宿っていたのを兄は見逃さなかった。

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