六百九十一話 不在の状況
「悪いな。いきなり二人で話したいと言って」
「いや、別に構わない」
アラッドたちが戦う舞台へ向かう最後の休日、レイから誘われたアラッドは二人でアルコール度数が高くない赤ワインを呑んでいた。
「……フローレンスさんとは戦わなかったのだろうが、それでも……以前とどう変わっていたかは、解ったのだろ」
「そうだな。本人も語っていたが、どうやら精霊同化かは完成させたようだ」
「そうか」
今年のトーナメントで優勝したレイだが、達成感はさほどなかった。
去年のトーナメントでは同世代の鬼才、アラッドが優勝を掻っ攫い……そのトーナメントの準決勝で、フローレンスの実力を半分も引き出せずに負けた。
「とはいえ、おそらくスティームの赤雷と同じく、時間制限付きだ」
「まだ、アラッドの狂化には及ばないということか」
「時間は……そうかもしれないな」
「……少しは追い付けたと思えたのだがな」
トーナメントで優勝した。
普通はそれだけでも自身の成長を感じるものだが、レイの場合は……時代が悪かったと言えなくもない。
「学生なんだ。経験を積めない点は仕方ない。その代わりに、アレク先生たちや対人戦の達人は多い」
「解っている。学生には、学生の利点があると」
冒険者とは……基本的に素材の採集や、モンスター討伐のスペシャリスト。
盗賊というクソが人の形をした人間と戦うこともあるが、盗賊が対人戦のスペシャリストかと言えば……そうではない。
しかし、アラッドという侯爵家の令息は幼い頃から冒険者という職を目指していながらも、驚くほど対人戦が得意である。
そして同じく意識している、既に現役の騎士であるフローレンス・カルロストも、対人戦が得意であり、今は多くのモンスターと戦い、更に経験を積んでいる。
(…………ダメだな。どうしても、弱気になってしまう)
少し辛い赤ワインの刺激、更にネガティブな思考を増加させる。
「……私も、アラッドみたいに学園を辞めるか」
「っ!!!!???? そ、そいつは…………どうなん、だろうな」
一応、アラッドは特別扱いでたった数か月でパロスト学園を卒業したが……普通に考えて、たった数か月で卒業など、もはや自主退学に等しい。
その自覚があるアラッドとしては、下手に止めた方が良いと否定は出来ない。
(つっても、そうか……レイ嬢は今年のトーナメントで優勝した。シルフィーが高等部に上がる頃にはレイ嬢は卒業してるから……仮にこれからアッシュが戦闘に強い興味を持ったとしても…………他校に、いきなり現れた逸材とかいないのか?)
アラッドは特別条件を達成して卒業し、フローレンスは普通に学園を卒業。
本気のレイと戦り合える人物は……友人たちの中では、総合的な戦闘力であれば、優れた魔法の才を持つヴェーラがいる。
しかし接近戦タイプと遠距離タイプという相性上、どうしてもヴェーラの方が分が悪くなる。
(レイ嬢はその少々特別な肉体を抜きにしても、強い…………ライバルの不在、か)
学園には教師という、レイよりも優れた戦闘者が存在する。
加えて……優秀な生徒には、既に眼を付けている騎士団から訓練に参加しないかという誘いを受ける。
己よりも強い人物と戦う機会は不足していない。
ただ、それなら現時点でそういった世界に飛び込めばいいのではと、考えてしまうのも致し方ない。
「…………今更な質問かもしれないが、レイ嬢の目標はいったいどんなものなんだ」
「私の目標? それは……っ……………………」
アラッドと並びたい、フローレンスに借りを返したい……目的はあれど、それは改めて考えてみると最終目標ではなかった。
「俺が、レイ嬢に焦る必要はないと言っても、無駄というか……意味はないというか」
喧嘩を売ってるのかと思われる可能性すらあるだろう。
「ふふふ、ありがとう。アラッドが私に何を伝えたいのか解った…………正直なところ、それが解っても……どうせなら私もアラッドと同じ様にと、考える部分がある」
(まぁ、それが普通だろうな)
二年生でトーナメントで優勝した。だから来年も同じく優勝出来る、というのは慢心が過ぎる安直な考え。
だが、レイの場合は自分よりも先に行っている者たちにまず追いつくことが目的であるため、慢心する暇など一切ない。
「だが、今卒業すれば後悔するかもしれない。絶対と断言は出来ないが……改めて深く考えると、そう思う気持ちが大きくなった」
「…………俺としては、あまりレイ嬢の人生に口を出そうとは思えない」
これまで何度か頼まれたとはいえ、口を出してきた野郎が何を言ってるんだ……とツッコまれるかもしれないが、それでもアラッドは心の底からレイの人生にあれこれ言いたくはなかった。
何故なら……自身の言葉がどこかでレイを縛り、成長を止めてしまうかもしれない。
「ただ一つ言えるとしたら、後悔しないように生きてほしい」
「自分の人生の様に、かな?」
「ま、まぁそう言える……かもしれないな」
割と我儘に、貴族らしくない生活を送っており、確かに後悔という感情を感じたことは殆どない。
(……この赤ワインの様に、辛さを感じることは何度もあるだろう……でも、そこに美味さがある)
やはり勇気を出して誘って良かった思いつつ……一番気になっていたことは訊けなかった。
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