六百三十七話 それで良いんじゃない?

「……えっと、多分アラッドはそちらにもこう……譲れない事情と言うのがあるのは理解してると思うよ」


本当か?

と疑いたくなるような対応であったが、とにかく……今のアマルたちには反論出来る気力などが一切なかった。


「でも、自分の手を伸ばして伸ばして……伸ばし続けた先にしか手に入らない物っていうのは、絶対にあると思うよ」


「私は……うん、貴族出身とかじゃないから偉そうなことは言えないけど、確かに何かに縋って自分の思い通りにしようとするより、自分の力だけで前に進む人の方がかっこいいと思うよ」


それだけ言い残し、二人も金貨数枚の金貨をテーブルに置いて酒場から出て行った。



「アラッド!!!」


「…………」


酒場を出た後、走って直ぐに追いついたスティームとガルーレ。


「……悪かったな」


「へっ?」


「何か話したいことがあるなら、とりあえず同じテーブルに座れって言ったのは俺だ。なのに……俺が食事の場を壊した」


「……あっはっは!!! なんだ、そんな事を気にしてたのかい?」


何故アラッドの表情がやや暗く、下向きなのかを理解したスティームは思わず笑ってしまった。


「そりゃ一応気にするだろ」


「ふっふっふ、確かに普通はそうだけど……まぁでも、僕もあの人たちの頼みに答えようとは、全く思ってなかったよ」


「私もね。さっきスティームが言ってた通り、貴族には貴族にしか解らない事情があるのかもしれないけど、それならまず面子を崩さないように動いたらどうなのって話じゃない? 冒険者にですら面子っていうのがあるのに」


パーティーメンバーの二人が全く気にしてない様子だったということもあり、アラッドの心はほんの少し楽になった。


「それでも、あそこまでアラッドが大胆に? 怒るのはちょっとびっくりしたけどね」


「私はもしかしたら言葉で上手く乗せて戦いに持っていって、訓練場かどこかでボコボコにするのかと思ってた」


「そうだな……ガルーレの言う通り、俺たちを思い通りに動かしたいなら、実際に戦って黙らせてみろ……みたいな感じで挑発すれば良かったかもな」


それはそれでありだな~~と、今更ながらに思うも……時が巻き戻ったとしても、その通りの行動が取れるとは思えない。


「…………何か、アラッドとしては強く思うところがあるみたいだね。」


「酒場でも本人達に向けて言ったが、あいつらは……それなりに強いだろ」


「うん、そうだね。それは間違いないと思うよ。冒険者で言えば……Bランクはあるだろうね」


「同意見だね。戦闘力だけでBランクに上がった連中と同じぐらいの戦闘力はあると思うよ」


二人から視ても、アマルたちはそこまで自分たちを警戒せずとも、ただ全力を尽くして剛柔を探すことに専念した方が良いのではと思える戦力を有していた。


「単純に、これは俺の価値観の問題なんだ。勿論、権力という力を利用しないと解決できない問題が世の中にあるのは解ってる……でも、今回の件はそういうのがなくても、解決出来る可能性はあるだろ」


「そう、だね。半ダンジョン化した場所……一応、ダンジョンという場所がどれだけ恐ろしいのか聞いたからこそ、腕利きの冒険者を雇って共に行動してるんだと思う」


「良い判断だよね。昔、そんなの関係ねぇ!!! 冒険者の力なんて借りなくても私たちだけで攻略出来る!!! って粋がってダンジョンに潜った連中は結局戻ってこなかったしね」


「そこまでは、まだ権力や金という力を使っても良いと思う……ただ、な……何と言うか、悲しさを感じたとでも言えば良いのかもな」


別の世界の魂を持つアラッドだから……工藤英二だからこそ思うのか、それともこの世界でも同じような考えを持つ者はいるのか…………それはひとまず置いておき、アラッドはアマルが自分の答えを聞いておきながら、最後の最後まで権力でどうこうしようとした態度に……怒り半分、悲しさ半分を感じた。


悲しさの部分は、間違いなく自分のエゴ、我儘であると解っている。


それでも……今回、そのエゴを抑えることは出来なかった。


「まぁ、あれだ。完全に俺の我儘だったよ。喧嘩売ってきたのは向こうだから謝ろうとは思わないが、それでも最後のあれこれは余計だった」


「ん~~~~…………アラッドが我儘っていうのは、割と変な事ではないんじゃないかな」


「そ、そう……か?」


「うん。だって、子供の頃とか殆ど社交界に出てなかったんでしょ。伯爵家出身の僕でもそれなりに出席してたから、侯爵家の出身であるアラッドはもっと出席していてもおかしくないんだよ。でも、アラッドは全然出席してなかったんでしょ」


「ま、まぁそうだな」


アラッドの場合はその性格、特異性などが考慮された結果ともいえるが……確かに、アラッドは両親になるべく社交界には出席したくないと宣言していた。


改めてじっくり……考えずとも、これは間違いなく我儘の部類に入る。


「でもさ、僕たちは冒険者だよ。それに、まだまだ子供も子供。丸くなって全部解った様な事を口にするには、まだ早いんじゃないかな」


「…………ふふ、そうかもな」


まだまだそのままで良いんだ。


そう言われたと感じたアラッドの表情から、やっと暗さが消えた。

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