六百三十六話 縋るなよ
「言っておくが、他の冒険者たちより高い金額で買い取ろうとしても無駄だ。冒険者としてそれなりに稼げているが、あんたが侯爵家の人間なら、俺が何で稼いでいたかは知っているだろ」
「っ……キャバリオン、か」
「その通りだ……うん、知っててくれたようで良かったよ」
リバーシなどに関しては未だに生み出した人物は秘匿されている。
勘の良い者たちはもしやと気付いているが、主に販売している商会の主もフールも一切話さない、認めていないため、まだ完全には特定されていない。
だが、キャバリオンというマジックアイテムをアラッドが造ったという話は……それなりに知れ渡っている。
とはいえ……ここでアマルが知らなかったら、本当に恥ずかしい場面になり得た。
「解ったら、諦めろ。俺たちは俺たちで剛柔を探す。見つけたとしても、お前らに売るつもりはない」
「ッ!!! …………それが、貴族間の悪化に繋がってもか」
「っ…………」
本人達はそう思わないかもしれない。
エスペラーサ家の当主も、同じ侯爵家と争いたくはない。
それでも……外野がどう噂を立てるか、それは当人たちがコントロールできない部分である。
(悪いが、どうあっても譲れないラインなんだ)
アマル自身も、そういった手段を取りたくて取っている訳ではない。
ただ、そこら辺の空気を読んで他の貴族出身の冒険者たちも、あまり剛柔の件には関わらないようにしていた。
全くゼロではないが、関わろうとしている貴族出身の冒険者たちでは……今のところ、かなり望みが薄い。
しかし、アラッドという貴族界の中でもかなりの異端児が関わったとなれば、アマルとしては絶対に無視出来なかった。
「「「「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」」」」
イスが……テーブルが、皿が……コップが、酒場が僅かに揺れた。
それは皿に入った料理、コップに入った酒が零れない程調節された……しかし、酒場が全体が揺れたかと思わせる揺れだった。
「おい…………あまりイラつかせるなよ」
揺れを起こした原因は……アラッドの脚。
「お前……アマルだったか。それとそっちの従者二人……冒険者の方は、まぁ良いか。そいつの意見とは関係無いだろう」
この時、アラッドは口に出した通り、明確にイラついていた。
「お前ら、強いだろ」
「…………???」
何が言いたいのか解らない。
確かにアマルは同年代の中では頭一つ跳び抜けていると言っても過言ではない。
騎士と魔法使いも、エスペラーサ家に仕える者の中では、半ダンジョン化した鉱山を探索するのに相応しい実力を有している。
ついでに、現在共に活動している冒険者たちもちゃんと強い。
全員、ちゃんと強いのは確かであり、それは本人達もそれとなく解っている、自覚はある。
それでも……アラッドが何を言いたいのか解らない。
「ただセンスだけに、才能だけに頼って生きてきた訳じゃねぇ……そうだろ」
「あ、あぁ、そうだな」
褒められている? という疑問が浮かぶ。
そして増々、何故アラッドがここまで怒りを爆発させているのか解らなくなる。
それは、アマルたちだけではなく、現在パーティーメンバーのスティームとガルーレも同じだった。
(こ、これは……えっと、多分怒ってるん、だよね? じゃなきゃ強めに地面を踏んで揺らしたりしないし……でも、それなら何でこの人たちを褒めてるんだろ)
(ん~~~~、もしかして感情が超ぐちゃぐちゃになってる感じ? 解らなくもない感覚だけど、アラッドって割と冷静ないタイプだよね……けど、なんか今のところ褒めてるし……????)
ガルーレはこれ以上考えるとショートしそうになると思い、考えることを止めた。
ちなみに、この時従魔用のスペースで飯を食べていたファルはアラッドの怒りに気付き、クロに「どうする?」と声を掛けるが……クロはアラッドが怒りの化身と化した時に空気を僅かに覚えている為「気にする必要はないよ」と返して再び夕食を食べることに夢中になる。
「そういった強さをちゃんと持ってるんだろ……強いんだろ。だったら、それしか誇れることがないカスみたいな連中と同じ様に、権力に縋ろうとしてんじゃねぇよ」
「っ!!!!」
まだ……まだ、本当にアラッドという人間が、何に対してそこまで怒りを抱いているのか、完全には理解出来ない。
それでも、決して理不尽な怒りをぶつけられているのではないと感じ取ったアマル。
「今まで、耐えて積み重ねて、傷を負ってでも……折れずに進み続けてきたんだろうが」
「…………」
「剛柔は俺の元に、俺たちの元に帰るべきと本気で思ってるなら……英雄の子孫らしく、己の手で掴み取れよ」
「…………」
「今でも剛柔に拘るなら、それ以上英雄の名に泥を塗るな。これまでの自分を否定するな」
言い終わると、アラッドは物凄い勢いで……喉に詰まらないか? と心配になるほどの早さで自分が頼んだ料理と酒を食べて呑み終わる。
「誰かの手を借りるのが悪いとは言わねぇ。ただ、自分とは関係無い力に縋るなよ」
最後にそれだけ言い残し、アラッドは数枚の金貨をテーブルに置いて立ち上がり、店から出て行った。
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