六百三十八話 言葉は、ズルい
「…………」
アマルは黙々と……自分たちが頼んだ料理を食べていた。
とても、とても和気藹々と話しながら夕食を食べる空気ではない。
それはアマルたちが座るテーブルだけではなく……他のテーブルに座る客たちも同じだった。
先程までの流れを考えれば、アマルの言動をバカにする様な発言がチラホラと出ても、致し方ない。
アマルは先程、アラッドに対して自ら恥を晒したのだ。
周囲からひそひそと小バカにされても、それはそれで仕方ないというもの。
従者に近い存在である騎士と魔法使いは睨みつけるかもしれないが、二人もアラッドたちに対して……それなりに理不尽な要求を主が行ったという認識はあった。
だが……結果として、そういったひそひそとした声すら零れなかった。
理由はいくつかあった。
まず、あのアラッドが彼等を強いと……実力者であると認めた。
元々アマルたちの強さはある程度冒険者たちに認識はされていたが、それでも……ここ一年、噂が絶えないあのアラッドが彼等は強いと認めたのだ。
面子が大事な冒険者。
小バカにしたが故に戦いに持ち込まれ、ボロクソに負けたとあっては面子もボロクソになってしまう。
加えてもう一つ。
明らかに……アマルの体から、怒りに近い空気が零れていた。
(縋るな、だと…………それはお前だから……クッ!!!!!)
認めてしまっている。
噂を聞いた時から……先程、初めて面と向かって出会ってしまい……認めてしまっていた。
戦わずとも解ってしまった。
目の前の自分よりも歳下の青年は……自分より強い存在だと、本能が負けを認めていた。
だからこそ、駆け引きに持ち込んだ。戦闘力以外の部分でなんとかしようとした。
エスペラーサ家の人間としてと考えれば、そのアマルの考えは間違っていない。
先程アラッドに伝えた通り、結果として外の連中たちがどう騒ぐか、噂するのか……それはアラッドやアマル、両家がコントロールできない部分。
認めてはいれど、アマルとしては恥を捨ててでもという、覚悟を持ってのやり取りだった。
それを……彼は一瞬で拒否した。
面食らったが、それでも諦めなかった。
そしたら…………何故か褒められた。
訳が解らなかった。
訳が解らなかったが、途中まで……そう、途中まで気分が良かった。
自分の本能が負けを認めてしまっている間に、お前は強いのだろと認められた。
そこから、急に落とされた。
強さを持っているなら、自分に関係無い力を縋るなよと。
それは……それは、お前だからこそ言えるセリフだろうが!!!!!!!!!
そう、言いたかった。
力があるなら、他の何かに頼る必要はない?
そんな事はない。
アマルにはアマルの事情があるからこそ、自分以外の力を頼った。
恥を捨てて頼ったのだ。
にもかかわらず、その心を……覚悟を踏みにじられた気がした。
それでもアマルは発狂することも、怒りを撒き散らすこともなかった。
(……言葉と言うのは、ズルいな)
理由は、単純だった。
自分の本能が負けを認めている存在が……自分を強者だと認めてくれたから。
負けを認めているだけで、アラッドの事を尊敬したり、敬意を持っている訳でもなければ、当然忠誠を誓っている訳でもない。
それでも……この強者が、あのアラッドが自分を強いと認めてくれた。
どうしようもなくむず痒い感覚が体の中を駆け巡り続ける。
(俺は……彼ほど、強くない。同じである存在に対し、あそこまで強く自分の考えをぶつけられない…………)
アラッドが途中で切り上げたように見えるが、あそこで完全にアマルのなんとしてもアラッドをこの件から遠ざけようという気持ちは折れていた。
完全に、アラッドが言い負かした状態だった。
「ふーーーーー………………そうだな。強くなるしか、ないか」
急に主人が言葉を零したことに、肩が震える騎士と魔法使い。
同行している冒険者二人は……雇い主の怒りが限界突破し、いきなりクビにならずに済んだことに、ホッと一安心。
「さて、戻ろうか」
恥を忍んで頼んだ…………その行動自体に、悔いはない……とは言えない。
それでも、あの時点でアマルが取れる最善の行動はそれしかなかった。
剛柔の存在に関しては、それなりに力を持つ貴族たちの中では、基本的に干渉しないというのが暗黙の了解だった。
しかし、基本的に社交界に参加しないアラッドの頭には入っていなかった。
当然、他国の貴族であるスティームは知らず、そもそも貴族出身の人物ではないガルーレが知る訳がない。
そんな暗黙の了解をいきなり破ってきたのが三人である。
故に……アマルは何度も自分に言い聞かせる。
恥を忍んで頼んだあの行動は……それ自体は間違っていない。
重用なのは今、これからどう行動するか。
もう、恥は晒してしまった。
帰ったら説教を食らうかもしれない。
しばらくの間、謹慎していろと言われるかもしれない。
構わない。
死刑、一生屋敷の中というのは困るが、それ以外の罰であれば基本的に構わない。
お前ら、強いだろ。
その言葉が、彼に取って見えない支えとなった。
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