六百二十二話 お前は使わせれることが出来るか?

カウンターの蹴りが決まった。


内臓は……破壊されてはない。

多少傷付いているかもしれないが、命に関わるようなダメージはない。

ただ、完全に脚に当たった部分の骨は砕けた。


粉砕骨折とまではいかないが、それなりに血反吐を吐いてしまうダメージであるのは間違いない。


「スティーム、こいつを使ってやってくれ」


「分かったよ」


アラッドから受け取ったランク四のポーションを受け取り、おそらく直ぐには立ち上がれないであろうガルーレに渡そうと近づくと……アマゾネスの戦士は腹に痣を残しながらも、立ち上がっていた。


「悪いね、アラッド…………最初に決めてたルール、破らせてもらうよ」


「チッ……あんまりワクワクさせるなよ」


褐色の肌に赤みが加わり、蒸気のような湯気が体から溢れ出るガルーレ。


瀕死……とはいかずとも、確実に負けに繋がる強攻撃を食らってしまったガルーレの本能が、勝手にスキルを発動してしまった。


明らかに、先程までの状態とは訳が違う。

そして堂々と、最初に決めて納得したルールを破る宣言……普通なら、ふざけんなとツッコまれてもおかしくない。


ただ、アラッドは非常に……非常に嬉々とした笑みを零していた。

その笑みは、子供が夜中に見たら絶対に漏らして泣き叫ぶであろう凶悪さが含まれているが……ガルーレからすれば、それは自分の頼みを了承してくれた証。


「ハァァァアアアアア゛ア゛ア゛!!!!!」


「ウォォオオオオオ゛オ゛オ゛!!!!!!」


当然、アラッドも強化系のスキルを使用して対抗。

結果……二人の拳や蹴りがぶつかる度に、訓練場に大きな衝撃音が響き渡り……その音はギルドのロビー方まで届いていた。


(あちゃ~~~。二人とも、模擬戦……試合ってこと、忘れてきてるかな)


今回の試合に審判はいない。

だが、二人とも試合の範囲内での戦いと理解している。


しかしガルーレの本能が所有スキル、ペイズ・サーベルスを発動。

使用者が一定以上の攻撃を食らった場合に発動が可能。


一定時間の間痛覚を麻痺させ、身体能力を大きく向上。

加えて、発動時には精神系の攻撃が効かなくなる。


デメリットとしては……効果が終了した後、大きな疲労が襲い掛かってくることと、発動時は絶対にテンションが上がってしまうため、慣れていないと……その上がったテンションに振り回されてしまう可能性がある。

おおよそアラッドの狂化と同じだが、狂化の様に暴走して敵味方関係無しに傷付けることはない。


「すいませ~~~ん! 観戦するなら、もう少し離れてください。余波で怪我するかもしれません」


スティームはとりあえず先程まで観戦していた同業者たちに、このまま観戦を続けるならもう少し離れてくれと呼びかける。


二人ともまだ理性はそれなりに残っている為、訓練場というフィールドを広く使って戦いはしない。


なるべく離れず、近距離の打撃戦を続けるが……今の二人の拳や蹴りが空を切った場合、それによって発生する拳圧や脚圧で観戦している同業者がうっかりダメージを負ってしまうかもしれない。


ある程度離れていれば対処は出来ても、距離が近いと反応する前に食らってしまう。


「おいおい、やべぇなあの二人。ちょっとガチ過ぎねぇか?」


「だな。まぁ、俺らとしてはタダであんな試合を観れるのは得でしかねぇけど……片方で、あのアラッドじゃねぇか?」


「そういえばそう、だな……えっ、じゃあバチバチに戦ってる女は誰なんだ? アラッドってAランクのモンスターをソロで倒すぐらいやべぇ奴だろ」


「色々と噂はあっけど…………どちらにしろ、まだ本気ではないんじゃねぇか? ほら、アラッドの切り札って狂化って言われてるだろ。でも、多分今のアラッドは……ちっとこえぇ顔してるけど、狂化を使って感じの顔ではねぇだろ」


「そりゃそう、か。けどよ、それでも他の強化系のスキルは使ってるだろ。なのに全然付いて行ってるあのアマゾネスの姉ちゃん……なにもんだ?」


アラッドはまだ冒険者歴一年ちょいのペーペーだが、侯爵家の三男で……冒険者になる前に貴族の学園に入学し、トーナメントで優勝を掻っ攫ったなど、異例の経歴を積んでいる。


ガルーレも冒険者として優秀であり、知ってる人物であれば知っているが、それでも経歴と話題性はアラッドの方が上であり、知らない冒険者がいてもおかしくはない。


ただ……だからこそ、本気状態ではないとはいえ、嬉々とした笑みを浮かべるアラッドとバチバチに戦うアマゾネスは誰なのかと注目が集まる。


「どうしたの!! 狂化は、使いなさいよ!!!!」


「バカを、言うな! 使えば、訓練場が壊れるかも、しれないだろ!!!」


ガルーレもエイリンからアラッドの情報を聞いており、アラッドが狂化という自身のペイズ・サーベルスに似たスキルを有していると知っている。


だからこそ……以前、トーナメントの決勝戦でスティームが考えていた内容と同じ、アラッドに狂化を使わせたいという想いが爆発していた。


「そんなに、使って欲しかったら、追い込んでみろ!! 俺の友人は、そうしたぞ!!!!」


「ッ!!! それも、そうね!!!!!」


ガルーレのテンションは限界がないのか、更に高まり続け……激しさが増す激闘を観た魔法職の者たちが、そろそろ結界を張った方が良いのでは話し始めた。

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