五百二十四話 そこは変えなくて良い

「なんとか出来る力が足りなかったから、か……そうだな。単純で根本的な問題だな」


「正直なところ、英雄は英雄になろうとした時点でなれないと思いますが」


「だっはっは!!! 痛いところにクリティカルヒットだな。エレムがそれを聞けばボロボロに泣き崩れるかもな」


英雄は英雄になろうとした時点で、もう道は閉ざされている。


アラッドと同じ様に考える者はそれなりにいるが、そんな子供じみた目標を笑う連中に対して、エレムはこれまで実力で黙らせてきた。


しかし……今回の一戦で、エレムは自分の夢を笑う者たちを黙らせる功績を取り損ねた。


「英雄になろうとした時点で、そもそも英雄にはなれないか。俺もあいつのことが可愛かったから眼を背けてきたけど、やっぱり本物の英雄から見ればエレムの奴は道化に近いのか?」


「そんな事は思ってませんよ。というか、その呼び方は止めてください。物凄くむず痒いんで」


第三者視点から見てもアラッド、スティームはイスバーダンの住民にとって英雄と呼んでもおかしくない存在である。


とはいえ、アラッドだけではなくスティームもその呼ばれ方は遠慮したかった。


「あそこまでの力を手に入れるには、並大抵の鍛錬と冒険では足りません。そこまで上り詰めたのは素直に凄いと思いますよ。ただ、俺はそこまで英雄譚とか読まないんですけど、大体物語の主人公たちって気付いたら英雄って呼ばれるようになってるじゃないですか」


「……つまり、あいつは自分の夢を諦めて……いや、別に諦める必要はねぇのか」


「諦めるというか、クソイケメン優男先輩が持ってる正義感はそのままで良いと思いますよ。ただ、無理に物語を読んで得たのか、実際にその背中を見たのかは知りませんけど、その陰に捉われずに……そうだな~」


グラスが空になったため、ソルティドッグを注文。


「Aランク冒険者を目指す。それが一番良い目標じゃないですか? 現実的に無理な目標ではなく、目指そうと思えば思うほど遠ざかることもない。Aランク冒険者になれば、それなりの権力が手に入ります。世の中にはそういった

権力を行使しなければ助けられない人たちもいるでしょう」


「確かに、あいつらが持つ権力は中々のもんだからな。ぶっちゃけ、下手な準男爵や男爵よりも上の力を持ってるからな」


冒険者たちの中のほぼ頂点と言えるAランク。


貴族出身であろうと平民出身であろうと、その域にまで上り詰めれば多くのファンができる。

そのファンの中には豪商、貴族の当主なども含まれるため、中途半端な権力しか持っていない者が楯突こうものなら、逆に消されてしまう可能性がある。


「そこまで辿り着けた時、自然と周りがクソイケメン優男先輩のことを英雄って呼び始めるんじゃないですか?」


「……わざわざ色々と答えを求めた側の俺がこんなことを言うのは失礼だと解ってるんだけど、アラッド君って本当に十五歳?」


「だいたいそのくらいですね。確実に二十は越えてませんよ」


「はっはっは、すげぇな。多分、全大人が君の考えに驚くぜ」


「そんな事はないと思いますけど……あ、後クソイケメン優男先輩が俺の言葉を素直に受け入れてAランクを目指すのはどうでも良いんですけど、その際にちゃんと周りを見れるようになっとかないと駄目っすよね」


「…………アラッド君は、あれか。仙人の生まれ変わりとか?」


「貴族の令息ってだけですよ」


異世界の魂が転生した存在ではあるが、前世では歳相応のガキであった。


「英雄を目指してる訳じゃないっすけど、俺の身内でこう……うちの侯爵家は、全員強くて当たり前なんだ! って考えを持ってる奴がいたんですよ。今はもう落ち着いてるんですけどね」


アラッドからちょいちょい身内の話を聞いていたスティームは、直ぐに誰のことだか分かった。


「そいつが他の身内とぶつかったことがあったんですよ。まっ、その時にあんまり強さに興味がない奴に負けたんですけどね」


「ほぅ~~、それは随分手痛い負けだな。それでも、今は前を向けてるんだろ……偉いもんだな」


「まだ幼かったんで、素直に俺や他のもっと歳上の者たちの意見を聞き入れられたんですよ」


「素直さ、か……それなりに成長して、一丁前に自分の考えを持っちまってる俺やエレムからすれば耳が痛い言葉だな」


「そうですか? 俺だって、学園に入ってた時期とか考えとかが合わず、同級生とぶつかり合うことがありましたし、身内とも思いっきりぶつかってますよ」


侯爵家の恥部……と思われるかもしれない内容を、大っぴらではないものの、遠慮なく話し続ける様子に若干不安を覚えるスティーム。


「……あれっすね。クソイケメン優男先輩に、心の底から全力でぶつかり合えるような相手がいれば、沈んでる今の状況を変えられるかもしれませんね」


「ライバルってやつか……それまた厳しいアイデアだな」


「でしょうね。まっ、そういうのは互いに互いをそういう存在だと認めない限りは、得られる存在じゃないですからね……俺がアドバイス出来るのは、これぐらいですね」


「十分だ。色々と我に返れたというか、初心に帰ることも……あいつに伝えるべき言葉も浮かんだよ」


「お役に立ててなによりです」


当然だが、そこで会話はが終わる訳がなく、ドミトルが満足するまで二人は呑み続け……スティームはあえなく撃沈。

アラッドも宿屋に戻ってから速攻でぶっ倒れたが、朝になってもとても良い酔いだったことだけは覚えていた。

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