四百九十四話 引き出された本能
今日一番……二十歳以下という年齢を考えれば、歴史に残る名勝負と言っても過言ではない激闘。
それを今、人伝ではなく己の目で見ることが出来ているその事実に、多くの観客たちは……感謝するという考えはなく、ただただ湧き上がっていた。
(ッ……どちらも、怪物だな)
まずはスティームだが……既に決勝戦が始まってから約五分が経過。
通常の試合であれば特におかしい試合時間ではないが、スティームは戦闘が始まってからほぼ動きっぱなし。
軽く流しているのではなく、全力で動いていることに間違いはない。
本来であれば息切れを起こし、動きの精度が落ちていてもおかしくないのだが、行動の際に殆ど無駄な力みがないため、普段以上に無駄な消耗をすることなく動けている。
加えて……動きの練度に関しては試合が進むにつれて、緩やかではあるものの、確実に成長していた。
そして審判がアラッドも怪物だと称した理由は、探せば幾らでもある。
しかし、その中でも今回の試合に関して言えば……ずっと笑顔を、凶器的な笑みを浮かべて試合を楽しんでいるため。
本来であれば、二十を越えている騎士であっても、今のスティームの全身全霊の攻めやその他の動きは、集中して対処しなければ容易に万が一が起こりうる。
にも拘わらず……アラッドは決勝戦が始まってからずっと、スティームという最強の挑戦者と戦うという、王者の態度を崩さない。
徐々に、緩やかにではあるが、試合中に成長しているスティームの変化に驚きこそするが、特に動きを乱すことはなく、こちらも潰す気で行かなければという意志が湧き出ない。
ただ……子供の様に、無邪気にスティームとの攻防を純粋に楽しんでいる。
(まだ……まだだ。もっとだ。まだ、足りない)
アラッドという正真正銘の怪物を楽しませることが出来ている。
それはそれで及第点は取れていると言えるが……スティームの目的は、それではない。
この試合で……自分がアラッドの隣に立つ冒険者として、戦闘者として相応しいと示す。
まだ、その目的を果たせているとは思えない。
(足りない……足りない。今の俺じゃ、足りない)
冷静に、静かに闘志という炎が燃え滾る。
その蒼い闘志の炎を感じ取り、増々笑みが止まらなくなるアラッド。
だが、次の瞬間…………この試合で始めてアラッドの表情に、心の底から驚愕、あり得ない、全くの予想外といった感情が現れた。
「ぅおおおおオオァァアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
気付いたときには決勝戦の最中、初めて雄叫びを上げていた。
自身の身に何が起こったのか……全く把握出来ていない。
それでも……今しかない、ここが分水嶺だという危機感が湧き上がる。
(んの、最高過ぎるだろスティームゥゥウウウウウウウウウッ!!!!!!!!!!)
スティーム自身は気付いていないが、今現在……双剣に纏っている雷はただの雷ではなく、赤雷。
ギーラスの黒炎と同じく、強者の中でも一握りの強者にしか発現出来ない色を持つ魔力。
そしてスティームは得物に赤雷だけを纏うにとどまらず、全身に赤雷を纏い、全体的な速度を強化。
アラッドは咄嗟の判断で風を纏うという強化手段から、風の鎧を身に纏うという強化手段に変更。
それでも……赤雷を纏った斬撃刃はアラッドの皮を……肉を斬り裂いた。
「ゥォォォォアアアァアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
アバックと同じく予想外の速度によって八刀を食らうも、理性を拒否して本能が狂化を強制的に発動。
そのまま流れるように鋼鉄の剛剣・改を握る力を強め……即座に距離を取った瞬間、烈風を愛剣に纏った。
放たれるは一撃必殺。
尊敬する父の技、猛火双覇断をオマージュした烈風双覇断。
対してスティームは咄嗟に反動ありの強攻撃、双剣技……クロスブレイクを発動。
「「ッ!!!!????」」
二つの強攻撃がぶつかり、闘技場内に盛大な剣戟音が響き渡り、多くの観客たちは一斉に耳を塞いだ。
(後一つ上だったら、ヤバかったかもしれないな)
審判は観客たちを守るための結界にヒビが入っていないことにホッと一安心。
しかし……二人の攻撃がもう一段階上の威力であれば、確実に罅が入っていた。
そして肝心の結末は……ややスティームの方が圧されたものの、二人の得物が破壊されたことを考えれば、相打ちとと言っても過言ではない。
「「ッ!!!!」」
獲物が破壊された……その事実を確認するのに、一秒も要らない。
次の瞬間には両こぶしを握り締め、第二ラウンドがスタート。
まだ己の狂気に飲まれていないアラッドだからこそ、冷静に勝つ手段が頭に浮かぶ。
色を含む属性魔力は、普通の魔力を体の外に出すよりも膨大な魔力を消費する。
これまでの戦闘でも持続的に魔力を消費していたことを考えれば……あと十秒も経たずにスティームの魔力は限界を迎える。
(ッ、ふざけるなよ!!!!!!!!!!!)
試合において……戦闘において、冷静に自身の安全を考慮して勝てる手段を考えるのは決して悪い事ではなく、寧ろ至極当然の反応。
だが、この時……アラッドは一瞬でもその様な戦法を考えてしまった自分を恥じ、絶対にスティームが力尽きて倒れるよりも先に倒すと決めた。
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