四百九十三話 こっちは使わせたい
(ようやく、体が……暖まってきた)
アラッドが風を纏った事でスピードアップしたが……それをものともせず捌き、自慢の双剣をブレることなく振るい続ける。
(っ! フェイントの要領で、斬撃刃を放つとか、表情通り……本当にクール、だな!!!!)
まだ危機迫る状況ではない。
狂化という奥の手が残っている。
加えて、そもそも現在使用している鋼鉄の剛剣・改は通常武器。
進化するロングソード、渦雷をまだ抜剣していない。
それらの手札を全て切れば、戦況は一気に変わるどころか、速攻で試合が終わってしまう。
狂化は使わない。
それどころか、エース的な武器である渦雷も使うつもりは一切ない。
それが今回の試合に科した縛り。
当然ながら、それを律儀に守る必要はない。
だが……その縛りを守り続けて戦うからこそ、スティームとの試合に最高の熱さを感じられる。
(はっはっは!!! やっぱり、本当に最高過ぎるぞ、スティームッ!!!!!!)
戦いを楽しむ笑みが……やや凶悪なものへと変わる。
それに対し、スティームの表情はまだ変わらない。
一切焦ることなく、淡々と攻めと回避、捌くといったサイクルを行いう。
可能であれば、生まれたほんの僅かな隙を付いて、今日一番の攻撃を叩きこみたい。
しかし、容易にそれを実行出来る相手ではないのは深過ぎるほど理解している。
だからこそ……その隙を生みだすために、自ら果敢に攻める。
まだ理性を解放し、闘争心の赴くままに動いてはならない。
冷静に冷静に……相手の変化に惑わされることなく、目的を実行する。
そして、他の選手たちが知れば「お前バカだろ」と言われる内容を果たす為、自身の皮や多少の肉が切れる程度のダメージは厭わず、一歩前に踏み出し攻める。
アラッドは狂化と渦雷を使わないという縛りを忠実に守ろうとしているが、逆にスティームはそれの切り札の内一つを……出来れば二つを使わせたい。
切り札を切らせた上で、最強で最狂のアラッドに勝ちたい。
(ここに来て、蹴りを混ぜて、来たか!! でも、どの蹴りも、隙が大きく生まれる蹴りじゃ、ない!!! やや変則的な動きが、多くなってきたにも、かかわらず! どの動きも……全てが最善手と言える、ものだ!!)
接近戦タイプの最善手と言えば、王道で正道な動きで間違いのない動きをするイメージを浮かべる者が多い。
しかし、それは常識という枠を越えられない者たちの限界。
大胆過ぎる動きこそ一連の動きに挟まないが、ここで!? というタイミングで嫌らしい蹴りを放ち、時には双剣からではなく脚から斬撃刃を放つ。
スティームが純粋にアラッドを倒すことだけに集中している影響で、どの攻撃にも平等に殺意が乗っている。
バカはそれはそれで駄目だろと的外れな発言をするが、全ての攻撃に殺意が乗っていた場合……どれがフェイントなのかが解らない。
これはこれで非常に厄介な戦闘技術であり……更にアラッドへ刺激を与えた。
(この一手一手、素早い選択を求められる感じ、たまらないな!!! この圧に速さ、正確さ! 全てを含めれば、ガルシアのレベルに、近いか!!??)
自分で考えていても驚きの内容ではあるが、体感レベルはほぼ同じ。
パワーや防御力、スタミナこそ劣るものの……戦闘力はBランクの域に踏み込んでいるのは間違いなかった。
(うわぁ~~~、なんじゃありゃ……あんな令息、俺らの代にいたか? いたら絶対に話題になってると思うんだが……あれか、大器晩成型? ってやつなのか??)
気ダルげなロングソード使いの青年は必至に記憶を掘り返し、思い出そうとするが……どれだけ頑張っても思いだせない。
それもその筈。
スティームはアルバース王国出身の令息ではない。
どれだけ必死に思い出そうとしても、思い出せる存在ではない。
(ッ!!!!!! ……もう、完全に私の戦闘力を越えてる。クソッ!!!!!)
マッスルファイターである女性はスティームの戦いっぷりをずっと観察し、その上で脳内の中で自分との戦闘をシミュレーションしていたが……遂に勝ち切れないという結果から、どう足掻いても勝てないという結果に変わった。
(歳が近い連中の中にアラッドの様な奴だけじゃなくて、あんな男もいるのか……まずは、お前を越えてやる!!!!)
とはいえ、やはりここで折れずに闘志を燃え上がらせるのがマッスル少女だった。
(これは…………いやはや、アラッド君の実力、余裕にも妬けるんだが……そこまで、スティーム君は彼に勝ちたいんだな……ダメだね、これは本格的に妬ける)
自分の全力を出し、渾身の一撃で倒そうとしたが……それでも敗れた。
自身との戦いで、スティームが全力を出していないようには思えなかった。
極限の中で、彼が一手上回っていた。
あれは自分の中で負けこそしたが、最高の戦いだったと言える。
なのに……その最高の戦いを描いた戦士は今、明らかに違う戦士に……自分の時には見せなかった集中力、勝利への純粋な闘志をぶつけていた。
その事実が……アバックの中でどうしようもない嫉妬を掻き立てていた。
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