四百七十二話 また今度な

「てめぇは、全力で叩き潰す」


「そうか……やってみろよ」


アラッドは敢えて事前に強化ポーションを飲んだ五人目の挑戦者……先日絡んで来た五人の内の一人であり、一番実力が高い挑戦者を軽く煽った。


(グレー行為を行ったとしても……いや、試合前に強化ポーションを飲むのは、普通にブラックでアウトなのか?)


基本的にアウトである。

五人目の挑戦者である赤髪ボサボサ青年も、そんな事は解っていた。


しかし、常識を上回るアラッドに対する怒りが……事前に用意していた強化ポーションを服用する要因となった。


「ッ……殺す!!!」


「はは! 全員思いっきり口にし過ぎだっつーの」


試合開始前に、そういった考えを持って行動してはならず、命を奪う攻撃を放った場合……反則負けになることも説明されている。


とはいえ、今回の特別イベントでの試合に限っては、一応説明されているだけであった。


「ったく…………すぅーーー、始めぇええええッ!!!!」


赤髪ボサボサ少年は大戦斧の重さに脚を取られることはなく、重戦士とは思えない速度で斬りかかる。


(良いね、強化ポーションを使っただけあって、悪くないスピードだ)


先程までの戦闘時よりもスピードを上げて対処。

それでも素手で防御し、攻撃するという戦闘スタイルは変わらない。


「ッ!!! いつまで素手だけで戦ってるつもりだっ!!!! さっさとてめぇの得物を抜きやがれ!!!!!」


一回戦目から四回戦目まで、アラッドは一度も素手以外の武器を使うことはなかった。


観客たちからすれば、このまま素手で戦い続けると思う。

実況も……審判も、アラッドは十連戦の間に得物を抜くことはないと思っていた。


それは挑戦者たちも薄々気付いていたが……一人の戦闘者として、ぶち殺したいほどの怒りを持つ標的が、得物を抜かずに自分を倒そうとしている。

この状況に対して……更なる怒りを抱くなと言う方が無理な話。


「……あんまり、こういうことを言う、キャラじゃないんだが……敢えて言おうか。抜かせてみろよ」


「上等だぁぁァアアアアアアアアッ!!!!!」


大戦斧に旋風が纏われ、余波で頑丈なリングが少々削られる。


強化ポーションを飲んだことで、魔力の質も僅かに向上している。


(そこそこ怒りに捉われてはいるが、技術的な部分が完全に消えた訳じゃない。寧ろ、自身の身体能力がどれだけ向上したのか完全に把握し、解ったうえで少し無茶な動きをしてそうだな……はっはっは! 本当に俺を殺す気満々だったってことだな)


その意志は現在進行中で燃え滾っている。


何が何でも自慢の大戦斧で標的を真っ二つにする。

大き過ぎる殺意に……審判は僅かに本能が反応した。


もう止めるべきだと、審判としての本能が叫ぶ。


しかし、既に目の前の現状を理解している理性が本能を抑えた。

現実として……アウト行為であるポーションによる強化を行った状態でリングに上がった赤髪ボサボサ青年を、アラッドは今まで通り……全て素手で対応している。


(おそらく強化系のスキルは使っているだろう。魔力も纏っている……だが、だからといってここまで完封するか……)


これまでの試合を……これからの試合を間近で観れたことに、審判の男性は大半の運を使い果たしてしまったと思った。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「息が上がってるな。ブーストは切れてきたか?」


「だま、れ……まだ、こっからに、決まってんだろっ!!!!!」


「そうか。でも、それはまた今度な」


「なっ、ッ!!??」


大戦斧が振り下ろされるよりも速く懐に潜り、左手で持ち手を掴んで強制急ブレーキ。


次の瞬間、赤髪ボサボサ青年が反応するよりも先に……アラッドの指が顎を撫でた。

顎の骨などは折れていないが、頭が意思とは無関係の方向に動かされ、脳が激しく揺れた。


(んだよ、これ)


知っている。

赤髪ボサボサ青年はこの感覚を知っていた。

視界が過ごし揺れるが、それでも見えない事はない。


しかし……次に繰り出されるアラッドの攻撃を防ごうにも……体が言うことを聞かない。


「っと、これで終わりだな」


これまでと同じく、寸止めの正拳が突き出され、その風圧によって後方に倒れ……背中が地面に付く。


(ざっけんな!!! ふざ、けんなよおおおお!!! まだこれからだって、つってんだろ!!!!)


心の中で激しく吼えるものの、まだ脳が激しく揺れた影響は消えておらず、体が思った通りに動かない。


「そこまで!! 勝者、アラッド!!!!」


「ッ!!!!」


ふざけんなと、審判に対して叫ぼうとした。

だが……目の前に突き出されたのは、先程まで手にしていた筈の大戦斧。


「ほら、返すぞ」


「~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!! クソ、が」


試合後の握手もなく、赤髪ボサボサ青年は最後の最後まで恨みに近い殺意を持ち続けた。

そのことに関して……アラッドは最後まで言及することはなく、涼しい顔で受け流した。


そして五試合目が終わり、十連戦も折り返し地点に到着。

一応アラッドが望めば休憩タイムに入るのだが……全く疲れていないため、休憩を挟むことなく六戦目を開始。


当然の様に勝利し、七戦目に八戦目、九戦目も結局得物を抜かずに勝利を収めた。

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