四百七十一話 泣くのも無理はない

「……なんか、二人目の冒険者……へっぴり腰、か?」


「それ俺も思った。なんつーか、こう……とりあえず形だけ攻撃してるって感じ」


「それそれ! もしかして、今更アラッドにビビったってことか?」


「えぇ~~~。だとしたら……さすがにちょっとダサくねぇか? だって、アラッドに挑もうとしている連中が、確か本当にアラッドが強いのか否かに疑問を持ったから、今日のイベントができたんだろ」


「そりゃそうだけどよ、でも現に一人目の挑戦者と比べて、あんまり覇気がねぇっていうか、がっつり前に出ねぇじゃねぇか」


目が肥えてるだけあり、そこそこ離れた位置から観ている観客たちであっても、二人目の挑戦者が一人目と比べてしょぼい事に気が付き始めた。


こうなってしまうと、いくらアラッドが数分間だけは挑戦者たちとの戦闘に付き合っても……彼らの評価がダダ下がりするという事実が確定してしまう。


「ん? なんか……若干、変わったか?」


観客の内の一人がそう呟いた。

依然としてアラッドは汗を流さず挑戦者の攻撃を防ぎ、躱してカウンターを叩きこむといった動きを繰り返しており、素人目から観てもアラッドの有利が解る。


しかし、リングに近い席の観客たちは……アラッドの表情が変わったことに気付き、間接的に戦闘内容が変わったのだと気付いた。


(そうだ、そうだっ!!! お前たちにとって、俺はそういう存在なんだ!!!! 一切遠慮するなっ!!!!)


今回アラッドに挑んだ挑戦者たちは、本気でアラッドという冒険者は実力だけでランクを駆け上った訳ではないと思い込んでいた。


結果は……遥か上の存在。

試合ではなく、死合いとなれば挑戦者たちの有利になることなどなく、寧ろ瞬殺が確定する。


故に、基本的に殺意を持って戦い始めれば……審判は止めなければならない。


(あまりにも器が大きいのか……それとも、ただ戦うのが好きなのか……良く解らない若者だな)


それでも強いことは確かである。

二人目の挑戦者が途中から善戦し始めてから約二分後、アラッドは槍を蹴り飛ばし、胸骨の手前で正拳を止めた。


「っ……参った」


「そこまで!! 勝者、アラッド!!!!」


終わりよければすべて良し。

挑戦者のへっぴり腰に気付いていた観客たちも、終わった後は他途中で立て直したメンタルと勇気に賞賛を送った。


「……お前ら、本当に殺すつもりでいけ」


結果として手玉に取られた二人目の挑戦者は、先日絡んで来たメンバーたちに対し、忠告した。


内容としては「俺たちが本当に殺すつもりで戦わねぇと、掠り傷すら与えられねぇ」というもの。

当然ながら……その忠告は他の挑戦者たちの怒りを買う内容。


とはいえ、彼らも正真正銘、どん底に落ちてもう這い上がれない程の馬鹿ではない。

そもそも一人、二人目の挑戦者である歳が近い冒険者たちは、決して自分と大きな戦力差がある訳ではない。

故に、彼の忠告を無視すれば、彼が途中までやらかしてしまった失態を再表現することとなる。


「ったりめぇだ。ぶっ殺してやるに決まってんだろ!!!」


三人目の挑戦者が吼えながらリングへと向かう。


この男は約一分後、二人目の挑戦者から忠告を受けておいて良かったと思った。

彼は獣人族であり……人族よりも本能的に力の差を感じる力が強い。

掘脳が感じ取ってしまったが故に、嫌でもその差を感じ……獣人族の青年は、薄っすらと涙を流しながらアラッドを殺しにかかった。


そしてアラッドの想定通り、三人目と四人目の冒険者も数分ほどで試合終了。


『スゲぇ、スゲぇ、スゲぇえええ!!!! マジで凄過ぎるぜビックバンルーキーィイィィィィイイイイイッ!!!!! 現在終了した四戦……全て圧倒、圧勝、完勝!!! そう、四試合の内……アラッドは攻撃を一つも食らってねぇえええ!! ヤバ過ぎるぜええええええッ!!!!』


観客たちにつまらないという感想を持たせないために、挑戦者の攻撃を防ぐという選択肢は取っている。

しかし……それらの攻撃をわざわざ食らってやるほど、アラッドは甘くない。


実況もそのヤバさに気付いていた。


(おいおいおいおい、今まで何人もの若手を見てきたけどよぉ……あれでまだ十五? いくらなんでも詐欺過ぎるぜぇ。そりゃ戦闘中に涙を流しちまうのも仕方ねぇってもんよ)


実況も審判は当然として、観客たちの中にも……どれだけアラッドがイカれた存在なのか気付く者は増えていた。


そしてついに折り返し地点……五人目の挑戦者がアラッドに挑む。


(っ……へぇ~~~。なりふり構わずって感じだな)


挑戦者の状態を即座に察知したアラッドはニヤっと笑うだけで、何も口にしない。


(っ!!?? あの状態はっ!!!)


アラッドと同じく、直ぐに五人目の挑戦者の状態に気付いた審判は、即座に対戦者であるアラッドに視線を向ける。


それに気付いた全戦全勝中の猛者は、特に注意しなくて良いと……試合を止める必要はないと、軽く手を横に振って伝えた。


(本当に、良いんだな)


(えぇ、大丈夫ですよ)


(……分かった)


目での会話が終了し、試合は無事に続行されることが決定した。

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