三百八十一話 憧れのあの人の前では

マジリストンに到着してから二日目。

目的は墓荒しの黒幕を捕まえることだが、冒険者という職業上……長期間の間、依頼を受けないのはよろしくない。


という訳で、アラッドは朝食を食べ終えてから直ぐに冒険者ギルドへ向かい、適当な依頼を探した。


(ダッシュボアの肉の納品依頼……これにするか)


比較的簡単に達成出来そうな依頼書を手にし、受付嬢の元へ向かおうとする。


「なぁ、それってダッシュボアを倒さなきゃダメな依頼だろ。一人で受けるんだったら、俺たちと一緒に受けないか? 一人で受けるより、断然安全だと思うぜ」


「…………」


いきなり、知らない人物から話しかけられた。

それは冒険者をしていれば珍しくないが、だとしても……アラッドからすれば、話しかけてきたそう歳が変わらない男が、自分に掛けた言葉の内容について、直ぐに理解出来なかった。


(なんでだ? なんでこいつは、自分たちと受けることが、俺のメリットになると思ってるんだ?)


アラッドからすれば、話しかけてきた男やその男のメンバーたちと一緒に依頼を受けることに対し、メリットは一ミリも感じられなかった。


確かにDランクモンスターをソロで倒すのは、ルーキーには重い仕事ではある。

しかし、アラッドは普通ではない。


仮にDランクモンスター百体と遭遇したところで、危険な場面に遭遇することはまずない。

それがアラッドを深く知っている人物からの評価であり、自己評価でもある。


(あのマジット姐さんが声を掛けた野郎……いったいどれほどの実力があるのか、確かめておきてぇ)


当然、声を掛けてきた男の目的は、アラッドが一人でDランクモンスターを倒す必要がある依頼を受けようとすることに対しての心配ではなく、マジットという自分たちの姉御に気に掛けられている野郎の調査だった。


マジットは基本的に誰にでも公平に接する。

一定のラインを超えなければ、酔っ払い冒険者も軽くあしらって終わらせる。


ルーキーたちと顔を合わせれば、自分たちを心配するように最近の様子を尋ね、アドバイスをしてくれる。

そんなルーキーたちは男女問わず、マジットに惚れることが多い。


そんなマジットとアラッドは二人で飯を食べた、という情報をゲットしている。

いったいどんな理由があって、あのマジットと二人っきりで飯を食べたのか……無理矢理理由を付け、その辺りを探ろうとした。


「いや、遠慮しておく。昨日戦ったモンスターよりも弱い個体だからな」


「っ! そ、そうか……気を付けろよ」


「あぁ、死角には気を付けるよ」


あっさりと自分の提案を丁寧に最もな理由を付けて断られた。

その対応に怒りを感じずにはいられなかったが、現在勤務中のマジットが働いている。


今問題を起こせば、マジットが仲裁にやって来ることは間違いない。

自分たちが無理矢理アラッドに関わろうとしている自覚はあるため、男は意外にもあっさりと引き下がった。


(……随分とあっさり引き下がるな)


死角には気を付けるという言葉を返したため、下手に街の外で襲い掛かってくることはない……と思いたいところ。


「受注、お願いします」


「かしこまりました」


アラッドが先日、DランクからCランクモンスターの素材を一度に買取カウンターに出した話が広まっており、受付嬢はアラッドが一人で依頼を受けようとするのを止めなかった。


(とりあえず、ささっとダッシュボアを倒して解体して、今日も昨日の続きだな)


街を出た後、アラッドは一時間も経たずに依頼の対象であるダッシュボアを発見し、即討伐。

素材を無駄にすることなく糸で倒し終えた、解体。


そこからは先日と同じく、クロのスタミナと脚力、嗅覚を頼って怪しい場所がないか捜索を進めるが、中々足跡となる何かは見つからない。


「ワゥ!!!」


「っ! 何か見つけたか」


許可を出し、クロが異変を感じた場所へ向かう。


(こいつはオーガだな。にしては、ちょっと力が強い気がするが……ん?)


先客の邪魔をしない様にモンスターを観察していると、アラッドはクロが感じたかもしれない異変に気付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る