三百三十二話 今、その資格はない

(……今、言うべきではないな)


食事中、レイはアラッドたちと会話しながら、ある事を考えていた。


アラッドに……一度、自分と本気で戦って欲しいと頼むか否か。

答えを出すまでに、意外にも悩んでしまった。


傍から見れば、今の自分はアラッドに遠く及ばない存在。

自身に打ち勝ったフローレンスは、自分との勝負に全力を出していなかった。


しかし、アラッドは本気中の本気を出し……更に、試合中に新たなステージに踏み入ったフローレンスを倒した。


彼は偶々、運が良かっただけだと語るが、それも含めてアラッドの実力。

今まで積み重ねてきた土台、実戦で磨いてきたセンスがなければ、どちらにしろあの女傑には敵わない。


(次、戦える機会は……いつになる? 数年後か五年後か……それとも十年後か)


少なくとも、学園を卒業するまでは戦えない。

再び会うことも難しい。


卒業しても、そこからは騎士としての生活が待っている。

望む戦闘環境を得られたとしても、自由になる時間が殆どない。


ただ…………今の自分が戦ったところで、何を得られる?

アラッドが狂化を使ってしまえば、おそらく格段に自身が不利な状況に追い込まれる。

フローレンスほど糸を対処出来るか?

正直……そこまで上手く対処出来る自信はない。


(止めておこう)


今頼んでも、迷惑になるだけ。


これからどう強くなるか、アラッドが進むよりも速く前に進まなければ、戦いを挑む資格はない。

それがレイの判断だった。


そして翌日、予定通り……アラッドは学園長から特例として、卒業証書を授与された。


(ほんの数か月とはいえ、それなりに楽しかったな)


元々仲が良い友人たちがいたこともあり、学園生活はそれなりに楽しいと感じた。

しかし、だからといって三年間、通常の卒業時期まで在籍したいとは思わない。


「気を付けてな」


「ありがとうございました」


担任のアレクたちとも別れ、アラッドはクロと共に一旦実家へと戻った。


クロに乗って移動してしまえば、到着に一日も掛からない。

超速で屋敷に到着し、その日は一日のんびりと過ごした。


既にガルシアたちから聞いてはいたが、孤児院の子供たちに大会での試合について、話を求められた。


「運が悪ければ、俺の方が負けてたかもな」


「「「「「「えっ!?」」」」」」


子供たちは、アラッドの言葉に心底驚き、先日試合内容を話してくれたガルシアの方に目を向けた。


多数の視線を向けられたガルシアは、「だから言っただろ」といった表情を返す。


ガルシアとしても、アラッドが学生を相手に苦戦するなど、全く考えていなかった。

せいぜい、表情に笑みが浮かぶ楽しい試合が出来る、一般的な意味での天才がいる。


その程度の認識だったが、フローレンスだけはまさしく別格な存在だった。


「まさか精霊と契約してるとは思ってなかったな」


「やっぱり、強かったの?」


「強かったよ。クロがいなきゃ、本格的にヤバかった」


表情に嘘はない。

子供たちは直感ではあるが、話を盛り上げるためにアラッドが嘘をついている訳ではないと解った。


「俺が言うのもあれだけど、あの人はマジで化け物……って言い方は失礼だな。女傑って言い方の方が良いか」


話はまだ途中であり、フローレンスが試合中に新たな手札を手に入れた場面に移る。

そういった展開は、子供たちにとって大好物。


しかし、そこから形勢を逆転させず、咄嗟の判断力と技術を生かしたアラッドの機転に、子供たちは自然と拍手した。


「といった感じで、なんとか勝つことが出来た。正直、あそこから第四ラウンドは勘弁してほしいって思いが強かった」


人間的に好きではない相手だが、決して殺したいほど憎い相手ではない。

その為、自身の一撃がフローレンスを殺せる力を持ち、その攻撃を十分当てられる状況。


そこからの戦闘だけは絶対に避けたかった。


「……俺、特訓する!」


「俺も!!!」


「私もするっ!!」


「えっ? ちょ、お前ら」


まだ夕食の時間ではないが、今から動けば夕食時には、バテバテになっているのは間違いない。

だが……そんな熱いバトルを聞からされては、子供ながらに向上心が疼いてしまった。

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