三百十六話 諦めない意志は立派だが

(クソ、クソ、クソっ!!!! ふざけるな!!! 僕は、また決勝でフローレンスと戦い、今度こそ勝つんだ!!!!)


個人戦トーナメント、第二準決勝戦の終盤……ジャン・セイバーの表情には、明らかに焦りが生まれていた。


(こんなところで、躓いてる暇はない!!! 今度こそフローレンスに勝つんだ!!!!)


まだ試合は五分も経っていない。

しかし、ジャンの精神は磨り減り始め、魔力も大半を消費していた。


辛うじて残っているのはスタミナと気力。


ジャンはアラッドのことを嘗めてはいなかった。

決勝戦に進むために大きな仕事が残っている……そう認識していた。


ジャンの戦闘力を考えれば、間違った考えではない。


実際に戦っているアラッドも、本気のジャンとぶつかり合い、その評価を改めていた。


「はっ!!!!!」


「ふんっ!!!!」


それでも……自分の方が格下だと認識はしていなかった。

去年の個人戦トーナメントで準優勝した自分が、優秀であっても一年生に負けるわけがない。


嘗めてはいないが、自分より下だと考えていた。

今回の試合においては、それが大きな致命傷。


仮に……ジャンが自分はアラッドより下だと自覚し、一撃……もしくは確実に数撃で仕留めるような策を考えていれば、戦況は今と変わっていたかもしれない。


アラッドが慌てて糸を使用する、なんてことが起こったかもしれない。


だが、普通に戦ってはアラッドがジャンの動きを学習し、徐々に……自在に戦況を変えていくのは、当然の流れとなってしまう。


「おらっ!!!!」


「ぐぅああっ!?」


斬撃を囮にした回し蹴り食らい、リングサイドのギリギリまで吹き飛ばされる。


咄嗟に片腕でガードに成功したが、それは悪手。

中途半端なガードになってしまい、左腕の骨には罅が入ってしまった。


「……」


いつものアラッドなら、この辺りでギブアップを促すが……ジャンの目から、ドラングとは違うが、強い意志を感じ取った。


(これは、俺が何を言っても火に油を注ぐことになるな)


失神してもらうか、本当の意味で自主的にギブアップしてもらうしかない。


そう思い、残った片腕でロングソードを振るうジャンを更に追い詰める。

片腕が殆ど機能しなくなれば、斬撃の速度や力も落ちる為、対応しやすくなってしまう。


「がはっ!!!」


再度重い打撃を食らい、吹き飛ぶジャン・セイバー。


「ま、だだ」


(まだ立ち上がるのか)


魔力を体に纏っていることで、内臓は一応無事。


しかし、アラッドは確かにジャンの骨に罅が入ったと確信。

それでもジャンはアラッドに挑み……もう一度打撃を食らう。


今度はリングから転げ落ちてしまったが、直ぐにリングへと戻る。


普段は優しい笑みを浮かべており、戦っている時も余裕を崩さないジャン・セイバーが、必死の形相でアラッドに再度仕掛ける。


そのギャップに、会場の女性ファンたちはジャンへの声援を送り続ける。


「良いぞ、油断すんじゃねぇぞ!!!」


「そこだ! 良い蹴りだ!!!!」


「ナイス蹴り!!! もう一発かましてやれ!!!!」


アラッドの現状を可哀想と思い……元々アラッドを強く応援していたこともあり、野郎たちの声援も更に大きくなる。


(い、意図してた訳じゃないんだが……今俺、絶対にヒールだよな)


勿論レイたちは変わらずアラッドの事を応援しているが……状況を考えると、アラッドがヒールに思われてもおかしくなかった。


(はぁ~~。もう十分だし、審判に止めてもらうか)


アラッドは意図的にジャンのもう片腕と、両足に強烈な打撃をぶち込む。


折れこそしなかったものの、完全に罅が入り、魔力も残り僅かとなり、立っているのがやっとな状態になる。

それでも懸命にアラッドに勝とうとするジャンだが、ついに審判が止めに入る。


「僕はまだ、やれます!!!!」


「いや、しかしだな」


審判に止められようとも、まだ諦めないジャン。

そんなジャンの姿に、涙を流す女性ファンすらいた。


ただ……戦っている本人としては、さっさと沈んで欲しい。


「再開しましょう」


アラッドが自分の思いを汲んでくれたと感じ、ジャンは審判の制止を無理矢理躱して斬りかかるが……その刃が届く前に、ライトニングボールをぶち込まれた。


「あががががががが!!!!!」


普段なら気絶することなど無い……切断することも余裕で出来るジャンだが、今回ばかりは耐えられず、ノックアウトを喫した。

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