三百十四話 何も変わらないと解っていても
レイは現在、最高にベストな状態。
それは自他共に認め……このまま攻めの姿勢を続けることが出来たら、勝てるかもしれない。
そんな希望の光が見える。
ただ……その最高な状態を、フローレンスは見破っていた。
レイからは試合開始直後から変わらず、濃密な戦意や殺気が放たれている。
であれば、次に来る攻撃が読みやすいのでは?
そう思う者が多いだろう。
戦闘者でもそう考える者はいるが、レイの場合はそんな単純な話ではない。
同世代の男子を大きく上回る身体能力を有し、技術を疎かにしないストイックさ。
ベストな状態でも、その技術力が失われることはない。
(ここっ!!!)
しかし、その状態では……周囲の状況を考えるよりも、相手にベストな攻撃を与える。
もしくは、ベストな防御を行う。
「くっ!?」
言ってしまえば、攻撃面では相手の隙に食いつきやすい。
レイを相手にそれを行うのは、一歩間違えれば大剣で真っ二つにされる可能性があるが……戦闘の経験数であれば、フローレンスも負けていない。
相手の実力を引き上げるだけ引き上げ、最後は自分が勝利する……といった戦闘を行えるぐらいには、修羅場を乗り越えている。
自ら生んだ隙を上手く利用出来るだけの力はあり、レイはまんまとその策にハマった。
ハマったと言っても、少し体勢を崩した程度。
しかし、二人のバトルにおいては、その小さな隙が命取りとなる。
フローレンスはレイの体勢を見事に崩し、その間に七連続の突きを繰り出した。
(不味い!!)
ベストな状態であるレイは即座に防御態勢を取ったが、防御できた刺突は三つのみ。
他四つの刺突は食らってしまい、更に体勢が崩れる。
幸いにも、全身に魔力を纏っていたので、著しく身体能力が落ちることはなかった。
だが、ここから一気に形勢が変わる。
(このままでは!?)
大きく形勢が崩れたとなると、勝負に影響し始めるのは……武器の相性。
どうしても細剣は大剣よりも手数が多くなる。
完全に後手になってしまうと、フローレンスの実力も実力なため、形勢をひっくり返すことが難しい。
距離を取ろうにも、絶妙な距離を維持する為、中々脅威の連撃から抜け出せない。
そして遂に……その時が訪れた。
「……参り、ました」
状況を打破するために振りかぶりながら距離を取ろうとしたレイだが、その動きをフローレンスは完全に読み、首元に剣先を突き付けた。
まだ体力的には戦えなくもない。
魔力だって限界を迎えてない。
だが、この状況では自身の負けを認めざるをえない。
これで認めなければ、ただの恥晒しになるだけ。
「勝者、フローレンス・カルロスト!!!!」
大激闘の末、勝利したのは連覇を狙う女王、フローレンス・カルロスト。
「本当に良い戦いが出来ました」
「こちらこそ、貴重な試合を体験出来ました」
試合後に握手を交わす二人に、観客たちは盛大な拍手と歓声を送る。
(……この悔しさを、一生忘れるな)
負けてしまったフローレンスに「次の試合も頑張ってください」や「アラッドは本当に強いですよ」などの言葉を口にすることはなかった。
アラッドと公式戦の場で戦えるのは、おそらく今回が最後のチャンスだった。
アラッドがフローレンスに負ければ、再度その機会が得られる?
その可能性がゼロとは言えないが、友人として……一人の戦闘者として、アラッドがフローレンスに負けるとは思わない。
絶対に勝つ……そう確信しているからこそ、余計に目から零れる涙が止まらなかった。
泣いたところで、試合の結果が変わる訳ではない。
いくら涙を流しても、実力が上がることはない。
そう……無駄な事だと解っていても、しばらくの間涙が止まらなかった。
何度も無意味だと思っても、自分の感情には嘘を付けない。
いきなり降ってきたチャンスに、レイはそれだけ気合を入れていた。
それだけに、相手が格上だと解っていても、負けた事実に悔しさを感じずにはいられなかった。
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