三百九話 胡散臭い誘惑

「初めまして、ドラングさん」


目の前に現れた男は、どう見ても胡散臭い顔をした男。


「…………」


ドラングはその男を無視し、素通りしようとした。


「おっとっと、話ぐらいは聞いてくださいよ」


「っ……」


素通りした筈が、瞬時に目の前に現れた。


駆け足で追ってきた、という訳ではない。

目の前の胡散臭い男が一般人ではないと感じ取り、警戒心を高める。


「そんな警戒しないでください。私は……ドラングさんの目標を手助けするだけですから」


「どういう意味だ」


男の意図が解らない。

即刻拘束した方が良いのかと思いつつも、怪我は治っているが、魔力やスタミナまでは回復していない。


得体が知れない以上、自分から手を出すのは得策ではないと判断。


「言葉通りですよ、ドラングさん。私はあなたの目標を手助けするために、これを差し上げようと思いまして」


胡散臭い野郎が差し出した物は、一つの錠剤型の薬。


「こちらを服用すれば、あなたは目障りな兄を一蹴出来るようになるでしょう」


「……ふざけるな。詐欺をしたいなら、もう少しまともな嘘を付け」


再度立ち去ろうとするドラングに、再度言葉を掛ける胡散臭い男。


「あれは正真正銘の化け物ですね。稀代の天才、鬼才、傑物。どんな言葉も彼の実力には相応しくないでしょう。まさに、言葉では言い表せない強者」


ドラングはアラッドより下。

要はそう言いたいのだと瞬時に理解し、怒りのボルテージが急激に上昇。


「何が言いたい」


後ろを振り返るドラングに、男はニヤッと笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「あなたのポテンシャル、ステータスは決して低くない。この薬を飲めば、足りない部分を埋めることが出来る。あの男を捻じ伏せることが出来るのです」


男が持つ錠剤は、以前学園でアラッドを襲った生徒が服用していた薬を、更に強化したバージョン。


服用すれば、飛躍的に身体能力を向上させることが出来る。

他に効果があり、まさに限界を超えた状態になる。


「潰したいでしょう。あの憎い憎い兄を」


「……」


男は裏の人間を使い、ドラングの情報は既に収集済。

ドラングが兄であるアラッドに対して、強い負の感情を持っていると知っている。


「この薬を使用すれば、必ず潰せます。邪魔な存在を、この世から消し去れます」


「…………」


男の言葉に、ドラングの思考が揺らぐ。


「薬は卑怯? そんなことはありません。強くなる為に、手段は選ばない。それは立派な戦略です。本気で勝ちたいなら、潰したい相手がいるなら、どんな手でも使う。それが本当の努力です」


それらしい言葉を並べるが……どれも不正を言い訳する内容でしかない。


しかし、ドラングの思考が……心が乱れる。

胡散臭い男は精神に作用するマジックアイテムを使用しており、ドラングの意志を揺らしていた。


相手の意志を完全にコントロール出来るほど高性能ではないが、相手が元々負の感情を持っていれば、そちらに揺らして着火させることは難しくない。


「何も恥じることはありませんよ。無理に感情を抑え込んだところで、良いことなどありません。今抱えている問題を解決してから、ようやくドラングさんの人生が始まります。この薬は、その始まりへ踏み出す第一歩です」


「…………」


目の前には、自分に強大な力を与えるらしい、薬がある。


男の言葉に、ドラングは大きく揺れ……だんだんと薬に意識が向き始めた。


(あの薬を飲めば、俺はアラッドに勝てる)


だんだんと男の言葉が頭を埋め尽くし、残った考えがアラッドに勝つ事だけになっていく。


アラッドに対する今までの感情が溢れ、目の前の薬に手が動こうとした。


「……ふざけるな」


しかし、ドラングは動こうとした手をギュッと握りしめ、男の誘惑から逃れた。


「俺はフール・パーシバルの息子だ」


アラッドと同様、ドラングはそこに強い想いを持っている。

男は、ドラングの感情を理解している気になっていただけで、心の奥底は理解出来ていなかった。

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