三百五話 甘さを捨てた教育

「ちっ、ドラングの野郎……ここ数週間で、何があった」


実際に戦えば、自分がドラングか……どちらが勝つか分からない。

しかし、リオは今……目前で行われている試合の中で動くドラングの成長に、確かな脅威を感じていた。


「以前よりも力の強弱……いや、脱力からの全力への流れがスムーズになっている」


「前衛として戦う者にとっては、重要な動きだね」


その動きが大事というのは、ベルたちの頭にも刻まれている。


しかし、アラッドとの斬り合いで響く力強さ……その強さに、やや納得出来ない部分がある。


(身体能力なら、レイに及ばないまでも、ドラングよりは上だと思ってたが……どうなんだ)


鑑定のスキルを持っていないので、数値的な部分は解らない。

でも……抜かされたかもしれない、という焦燥感が襲い掛かる。


「……もしかしたら、感情を利用しているのかもしれない」


「感情? それって……怒りか?」


「ドラングがアラッドに向ける感情となれば、それが一番だろう」


中等部に入ることには、ドラングがアラッドを貶すことはなかった。

それでも、以前までの言動が同世代の記憶から消えることはない。


加えて、貶すことはなくなっても、アラッドの話題が上がると、露骨に内なる感情が表情に現れる。


「感情による強化……スキルではない、よね」


「……そういったスキルがあるかもしれないが、ドラングが持っているかは……分からない」


事実としては……そういった感情がトリガーとなり、身体能力が強化されるスキルを、ドラングは習得していない。


感情を上手く利用する純粋な技術。

それが、ドラングが新しく手に入れた技の一つ。


今のところ、そこまで戦力を増強させてはいないが、それでも有能な手札であることに変わりはない。


(本人のセンスか、それとも狂気が実を結んだが……今回は驚かされたね)


レイたちとは別の位置で、教え子の戦闘を観戦している者がいた。


「それでも……傑物を超えるには足りないか」


アラッドたちの担任教師である、アレク・ランディード。

目立たない場所から教え子たちの勝利を応援していたが……今回の勝負ばかりは、短期間とはいえ集中的に指導を行った生徒……ドラングを応援していた。


読み、脱力からふり幅、感情を利用した強化。

短い期間ではあったが、それらを重点的に教え、実戦形式で叩きこんだ。


本来であれば、好まない教育方法。

できればアレクも行いたくなかったが、ドラングを少しでもアラッドに勝てるようにするには、健全な教育に対する甘さを捨てるしかなかった。


結果、それは身を結んだ。

大きな武器になったわけではないが、それでも実を結んだのは間違いない。


それらの技術を手に入れる前であれば、三回戦まで勝ち上がるのは……不可能だった。

その不可能を見事覆した活躍を見て……もしかしたら、という気持ちが少し膨れ上がった


「……そのまま、顔に現れてるってところだね」


怒りの感情を利用していることもあり、ドラングの顔には怒りが滲み出ている。

それに対し、アラッドはドラングとの戦闘を心の底から楽しんでいる。


弟からの攻撃を一つ一つ噛みしめ、成長を楽しんでいるかのように……己のプライド、人生、努力をぶつける場で、一切そんなことを考えず……ただただ兄弟との戦闘を楽しんでいる。


(ドラング……不味いぞ)


改めてドラングの強さをリングの上で見て、勝つどころか一矢報いることすら難しい。

その現実をしみじみと思い知らされてしまう。


(く、そがッ!!!!)


怒りを上手く乗せ、アッドスラッシュをぶつけるが……アラッドもワンテンポ遅れて同じ技を放ち、相殺。


ドラングはその結果に肩を落とすことはなく、寧ろ囮にしていた。

私情による怒りに振り回されることなく……果敢に攻める。


攻めて攻めて攻め続ける。

先程の様に一旦攻撃を中断しても、勝機を見いだせない。


そう思いつつ……数分後、レベルが高い戦闘に陰りが現れ始めた。

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