第528話 敵は聖女会にあり②

 ヴェロニカの支援のおかげで無事ゾーラの街から脱出した〈第四勢力フォースフォース〉のメンバーたちは、新たに確保した隠れ家で寛いでいた。

 メルダルツにもまだ捕捉し直された様子はない。久々の隕石抜きライフを謳歌する面々を見回すヴィクターだったが、ふと隅っこで膝を抱える長身が目に入った。


「……」


 スティングはゾーラを出てからずっと、なにかを考える様子で塞ぎ込んでいる。

 声を掛けようと思ったが、やけに鼻息の荒いちんちくりんの踊り子(占い師)に先を越された。


「なーに落ち込んでんのよ、もう、スティングったら! 聞いたわよー、リュージュ・ゼボヴィッチに惜敗したんだって? 同格相手に戦ったんなら、そりゃ負けることもあるって! 次頑張んなさいよ、次! ね! 元気出して!」


 鼻高々のしたり顔で、バシバシ背中を叩いて立ち去るエモリーリを、怪訝な表情で見送ったスティングは、ヴィクターの方を向いて口を開いた。


「……さっきからずっと彼女あの調子みたいだけど、どうかしたの? ハーブ的なものやっちゃった?」

「いや、違うんだ。エモちゃんてばついさっき固有魔術が発現したばかりでね。発現ハイっていうか、調子ぶっこ期なの。君も覚醒してすぐくらいはそうなってたでしょ、似たようなもんだと思って許してやってよ」

「聞こえてるわよヴィクター!? わたしはもうあんたと同じ弱々非戦闘員組は脱したわけよ、わかる!? あんま舐めた口訊いてるとあんたもこの能力ちからで捻るわよ!?」

「はいはーい、ごめんなちゃーい。ほら、あの調子だから。能力ちからとか言っちゃってるぜ、笑っちゃうよビェッ!?」


 早速一発ブチ込まれ、血溜まりの中から自己再生したヴィクターは、スティングに向かって肩を竦めてみせる。


「いーのいーの、これくらい挨拶だから。機嫌損ねた僕が悪いんだし」

「いや、それはその通りだけど……」

「しかもさ、エモちゃん、君の叔父さんに追い詰められたドピンチの中で発現して、いきなり神域到達だからね。そりゃ調子にも乗るさ……真面目な話、今回新しい仲間こそ入れられなかったけど、僕以外のみんながそれぞれ成長したみたいだから、結果オーライだね」


 にっこり笑ってヴィクターは、スティングの肩をポンと叩く。


「だからさ、ウォルコに逃げられ、グレアムに手も足も出ず、リュージュにボッコボコにされたからって、いつまでも自己否定に陥らないでよスティング」

「慰める気あるかはともかく……そうじゃないんだよ、聞いてくれるかい?」


 スティングの真剣な表情を見て、彼の傍らにある椅子を引くヴィクター。

 少し躊躇った後、スティングはゆっくり話し始めた。


「君には話したっけ……いや、違うな。メルダルツとデュロンに話したから、君の固有魔術に伝わってるよね。

 十年前に俺の故郷のラムダ村を襲い、俺の父ザビーニョを殺した謎の人物……おそらくいわゆる〈災禍〉と呼ぶべき、そいつが放つ独特な気配を、俺ははっきり覚えている。

 もう一度肌で感じれば、同定できる自信がある。ただ知っての通り、俺たち大鬼オーガは感知が弱くてね。通り一本隔てただけで、すぐに捕捉が外れてしまう」


 その内容と語り口から、ヴィクターはスティングの言わんとすることを悟った。


「もしかして、ゾーラでの滞在中……ひょっとして、ついさっき?」

「ああ。間違いない。奴のあの異様なオーラを感じた……と、思ったんだけど」


 スティングは困った顔をして、右手で右斜め前を、左手で左斜め後ろを指差す仕草をしてみせた。


「ちょうど君を助けに走ってたときのことなんだけど。通りのあっちとこっちに、同時に奴の気配を感じたんだ。これってどういうことだと思う?」


 それに関して、ヴィクターはなんとも答えようがなかった。

 なので代わりと言ってはなんだが、皆を集めて、枢機卿会議終了後に必ず明かすと約束した、教会の未来を本気で憂いる、さる団体について白状した。




 同じ頃、〈聖都〉ゾーラ某所。

 認識阻害の隠蔽結界内で、お茶会を続ける〈聖女会〉の面々は、ある話題で盛り上がっていた。


「いや、びっくりしたぜ。お前がすっぽんぽんに羽衣一枚で街中を徘徊してるのかと」

「しませんよ私そんなこと!? これでも〈鏡の聖女〉と呼ばれる身ですよ!? そんなことした暁には、異名が〈お前ほんとヤバいから鏡見ろの聖女〉に変わってしまいます!」


 からかい気味に言い出すテレザレラに対し、ユリアーナはわりと必死に弁明していた。

 けっしてオスティリタを露出狂の痴女呼ばわりするつもりは……いやまあ露出狂の痴女ではあるのだが、あまり悪くは言えない理由があるのだ。


「いいですか、私の家系図を遡っていくとですね、人間から水神精ナイアデスに転化したオリヴィア・ソルトリビュラという女性が、我が一族の『魔族としての』祖として挙げられるわけです」

「つまりそのオリヴィア様は、人間として生を受けられたわけだわさ」


 ピッピが入れてくれた相槌に、ユリアーナは思わずテーブルを叩きながら同意する。


「そうなんですよ! 聞いてください!」

「あまり興奮しないでほしいのよさ、誰もユリアーナが裸体を見せびらかして悦ぶ末期性癖の持ち主とは思ってないのよさ」

「その言い方はちょっと思ってません!?」


 強く否定するとドツボに落ちそうな気がしたので、真っ赤になった顔を手で仰ぎながら咳払いし、ユリアーナは努めて冷静に話を続ける。


「ゴホン。えーと、それでですね……人間だった頃のオリヴィア様には、妹がおられました」

「もちろん人間の妹ちゃんだよねぇ」


 へにゃぁ、と笑いながら念のために確認してくれるミマールサに、ユリアーナも同じ表情を返す。


「そうです。その妹さんの本名は伝わってないんですけど、オリヴィア様としてはその妹さんがある日行方不明になり、行き倒れて野垂れ死にしたという認識だったそうなんです」

「ところが実際その妹君は救世主ジュナス様に助けられ、彼の因子を得て彼の使い魔のような存在に転化した。それが今から約千六百年前、まだ現行のジュナス教暦もない頃のエピソードというわけか」


 冷静に補足を加えてくれるケリウルに、重々しく頷いてみせるユリアーナ。


「その通りです。そのオリヴィア様の妹君こそ、後の通称〈破壊天使〉オスティリタというわけなんです。私の遠い先祖の妹さんということですから、眼の色以外私にそっくりだというのも、なにもおかしなことではないというわけです」

「そのでっっかいおっっぱいもそっっくりだという目撃情報でしたよ……」

「その補足要ります!? ミマールサをからかうときとおっぱいの話するときだけめちゃくちゃハキハキ喋るのなんなんですか!? あと大きさ的にはあなたも同じくらいですけど!?」


 メラニーがミマールサ以外の相手に、茶々を入れるのは珍しい。

 不貞腐れ気味のユリアーナは、恨めしい眼で一同を見回す。


「もう……私、わかってるんですよ。皆さん、平静を装っていますけど、ほんとは結構浮き足立ってますよね? こういうときはほら、あれをやりましょう。きっと落ち着きますから」

「あれか……」

「やっぱ一度はやんないとだよね」

「こういう機会でもなければ、一生体験しないままかもしれないのは事実だわさ」

「でも……少し縁起が悪い気が……」

「だからといってやらぬのもな……禊の一種とでも思って、済ませておこうか」


 全員の同意を得たので、席の並びの都合で、ケリウル、テレザレラ、ピッピが台詞を発していく。


「カンタータがやられたようだな……」

「フフフ……奴は聖女会の中でも最弱……」

「〈罪の子〉ごときに負けるとは聖女の面汚しよ……」


 ピッピに顔を向けられたミマールサが、ユリアーナを見て訊いてくる。


「その後ってなんて言えばいいの?」

「さあ……適当でいいんじゃないですか? 私もこの定型に詳しくないので」

「わかったよぉ」


 童顔に精一杯の悪そうな表情を浮かべ、ミマールサは悪の幹部会議っぽい流れを続ける。


「ククク……日頃の鍛錬を怠るから負けるんだよぉ……おバカちゃんだねぇ……」

「お、それっぽいじゃねえか」

「ミマールサの一見温厚で実はめちゃくちゃにヤバい幹部感すごいだわさ」

「人間を生きたままかわいいぬいぐるみとかに変身させたやつを、部屋に五千体くらい置いて定期的に虐めてそう」

「なんか言ったかなぁメラニーちゃぁん!!? あたしそんな陰湿サイコじゃないけどぉ!?」

「というか実際最弱なのはミマールサかピッピなんですけどね」

「身も蓋もないことを言うと、戦闘能力的にはな。次、メラニー」

「あ、私、ですか……」


 そのまま悪の幹部として通用しそうな喪服女は、陰気にボソボソ呟いた。


「えーと……ククク……その……クククク……ごめんなさい、なにも思いつかないです……」

「いや大丈夫ですよ、なにも言わないのもヤバ幹部感ありますから」

「人間を生きたまま壺とかに入れたのがお家に一万個くらい置いてそうだねぇ」

「ミマールサ……死……ね……」

「あぁーっ、こいつまた死ねって言ったぁ!! ピッピちゃん、こいつ殺してよ!!」

「殺せとか言うのもダメだわさ……」

「というかミマールサはピッピがミマールサの十個年下なのをいつも忘れているよな……」

「最後ユリアーナ、なんか〆てくれよ」


 ユリアーナは再び咳払いをしてから、真剣な口調と低音で見解を述べた。


「ククク……アクエリカへの恨みに任せ単独で襲撃するなどという愚行に出た時点で、カンタータの敗北は決まっていたんですよ……」

「この定型ってそういう反省会的なやつだったのよさ?」

「まあ四天王の最初の一人がやられたから他はそうならないようにという注意喚起の場であるはずだろうからな、知らんが」

「もっと仲間を頼ろうっていうのは悪の幹部会っぽくねえ気もするけどな」

「思惑バラバラで内部に裏切り者とかいる方が悪の組織っぽいからねぇ」

「でも、実際……カンタータさんに『やってみたら?』と言ったわけですし、我々……」


 そう。カンタータがアクエリカ一行へ攻撃を始めたタイミングは、カンタータがまだこの結界内にいるときだった。

 いくら見えない魔力の糸で土人形たちを操っているとはいえ、並み居る他の聖女たちにバレずに遂行できるなどということがあるはずがないのだ。


 つまり今ここにいる聖女たちは、全員グル。カンタータの背中を押しこそすれ、止めた者は一人もいない。

 アクエリカのことが嫌いだからではない。いや、カンタータは別だが、他の六人はアクエリカに死んでほしいと思っているわけではないのだ。


 本当の友達とは、本当に困ったときに助けてくれる友達。そして、道を誤ったときに正してくれる友達のことだろう。

 アクエリカが教会のトップに立てば、間違いなく世界の秩序が乱れに乱れるだろう。彼女の一種異様な資質を一番近くで見てきた聖女たちは、その栄達を素直に喜べない。


「大義のためなら、我々は進んで悪となりましょう。彼女が描いた幼き日の純粋な夢を、鬼と成り果て潰しましょう。これより〈聖女会〉はアクエリカ・グランギニョルの次期教皇選挙の落選を目指し動きます。よろしいですね」


 改めて持ちかけた意思統一に、全員が一様に頷いてみせる。

 ただ一方で、ユリアーナの頭の隅には、もう一つ別の考えがあった。


 アクエリカの主要な部下の一人であるデュロンの精神的不調を寛解させたのは、アクエリカに「いつものユリアーナ」を印象付ける意味もあったが……長期的視座に立った場合、むしろその方がいいという計算によるものでもある。

 最後のセーフティラインとして、彼がアクエリカを止めてくれるかも……というのは期待のしすぎだろうか? とにかく今は、趨勢を見守る段階なのは間違いない。


 最後にユリアーナはこの場の聖女たちではなく、使い魔越しの協働相手へ呼びかけた。


「そういうわけですので、ヴィクターくん……あなたたちは今回の一件を経て、本格的に指名手配されてしまいました。しばらくは主要都市には立ち入らず、潜伏するのが吉でしょう。また小まめに連絡しますね。では、幸運を」

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