地元に帰るまでが枢機卿会議です

第526話 宝石屋ニパル登場

「行ったか……」


 教皇庁の方角へ去るデュロン・ハザークたちを、〈青騎士〉は複雑な感情で見送った。

 ヴィクターたちが逃げ切ったことで、この街での役目を終えたのだろう、駆動木偶ゴーレムたちは一斉に機能停止し、ただのバカデカいオブジェと化した。


 巨大ゴミの処理は一般の祓魔官エクソシストたちに任せるとして、〈四騎士〉はここで現地解散だ。

〈青騎士〉は出てきた陥没穴に戻っていき、轟音を立てて地下通路に着地する。


 しばらく進むと、先ほどファシムが崩落させやがった地下酒場跡があるが、すでに瓦礫は片付けられ、たむろしていた悪党どもの姿もなかった。

 ずいぶん天井が高くはなったが、地上までは突き抜けていない地下空間の真ん中に、一人の男が背を向けて立っている。


「仕事が早いな」

「あぁ、〈青騎士〉の旦那ぁ……」


 辛うじて無事だった酒を盗み飲んでいたようで、男は不気味な笑いの貼り付いた口元を拭いながら、この〈青騎士〉を恐れる様子もなく、気楽に振り返る。

 体型は中肉中背、身長は〈青騎士〉と同じく百七十センチ程度。フラットトップのピンクの髪に、ギョロ目をひん剥き歯を出して笑ういつもの表情、品のない派手な背広を着崩し、両手の指には様々な宝石をあしらった指輪がジャラジャラ……典型的な成金の小悪党といった風体である。


「見ての通り、生きてねぇゴミは綺麗に掃除しましたぜ、旦那ぁ〜。そして生きてるゴミは、全員ウチで引き取った。契約通りだな?」

「構わんが、あの飲んだくれどもを全員雇ってどうするつもりだ? 暴れる以外に能のない連中だぜ、帳簿を付けるにゃ時間がかかる。まずはやり方を覚えさせるのにって意味だが」


 厄介な奴が居合わせたものだと、フードの下で顔をしかめる〈青騎士〉。

 このギョロ目ピンクの名はニパル・アンコラッド。ミレイン教区に属する商業都市ルルーノに拠点を構える、表向きは宝石商として財産を築いている一族の長だ。


 このいかにも小物な外見と物腰、しかも種族は穴掘りが取り柄の人土竜ワーモウルということもあって、裏の連中の中にもこの男を侮る者は少なくない。

 この男が取り仕切る暗黒産業を別にしても、この男が獲得した固有魔術の性能が表す精神性からして、気楽に関わっていい相手ではない。


「なら逆に訊くがよ、〈青騎士〉の旦那ぁ〜。オメェんとこの教皇聖下が、お膝元にそういう連中のたむろを許してらっしゃったのは、いったいなにが狙いだったんだ?」


 理性のなさそうな顔をしているくせに、いちいち鋭いところを突いてくる。取引相手としてなら我慢するが、間違っても友達や仲間にはしたくないタイプだ。

 ため息を吐いた〈青騎士〉は、本当のことを話してみた。


「……一年後の教皇選挙で悪しき者が当確した場合、反乱を起こさせ教皇庁を占拠させるって仕込みの一つだったそうだが……どの道、そういうのはやめにするところだった。不良在庫を引き取ってくれてありがとよ」

「クキキ……感謝いただけて光栄ですぜぇ〜、〈青騎士〉の旦那ぁ〜。実は俺っち、あんたのファンでして、ちょっと握手なんかしてもらうことってのは……」

「やめとけ、下手な芝居を打ちやがって。発動条件は把握してる、この俺を簡単に出し抜けると思うなよ」


〈青騎士〉に警戒して距離を取られたニパルは、差し出していた手を引っ込め、悪びれもせず肩を竦めた。


「ちぇ〜、つれねぇなぁ〜、〈青騎士〉の旦那よぉ〜。本気で嵌めようとしたわけじゃねぇしよぉ〜、あんたを買ってるってのはほんとなんだぜ? クキキ……今、ちょうど魔石関連の新規事業を始めようと思ってるとこでしてねぇ〜。そのために荒事の得意な員数を確保しなくちゃならねぇところだったんだ。良ければあんたも噛まねぇか? 結構稼げる算段があるんだが」

「断る。金にさしたる興味はない」

「ご高潔なこって。しかしそれはあんた自身がそうなのかい? それともがそうだったってことかい?」


 努めて反応すまいとする〈青騎士〉だったが、ニパルの笑みは関係なく深まる。


「……カマかけるにしても、当てずっぽうじゃどうにもなるまい。どうしてそこまで知ってるのかねえ、ニパルくん」

「クキキ……金貸しほどじゃねぇが、石屋にも石屋の情報網ってのがあってね。一つ提案なんだが、もしあんたが俺に……」


 どうせろくでもない話に違いないが、遮られるのもそれはそれで不快ではある。

 どこからかこの地下道に侵入した新たなチンピラたちが、呑気にゾロゾロ現れたのだ。


「おっ、なんか開けたとこに出ちまったなあ。おっさん二人がたむろしてるしよ」

「地下が崩落したって聞いたが、全然そういう感じじゃないよな。瓦礫一つない、めちゃ綺麗じゃん」

「さすがに肝試しには時間が早すぎたかもね。なんもないんじゃ、夜になるまで雰囲気出ないもん」


 男五人に女一人、地元で災害が起きたらとりあえず野次馬になってみるタイプのカスのグループのようだ。

 青騎士の「頼む、余計な絡みとかせずにスッと通り過ぎて行ってくれ!」という願いは見事無視され、リーダー格と思しき男が、よりにもよってニパルに後ろから馴れ馴れしく肩を組みながら話しかけた。


「よう、あんた、イカした格好してんね? ここらででけえツラしてえなら、まずこのカミィ・ドゴォに挨拶してもらうってのが決まりでね」


 確かこいつらは昨日だか一昨日だかに地上の軽食屋オステリアでジェドル・イグナクスとスティング・ラムチャプに絡んでボコボコにされた地元の不良グループだったはずだ(ちなみに関係ない話だが、ジュナスと四騎士たちはオステリアと聞くたびにオスティリタを思い出して軽くビクってなる)。

 格上相手にも臆さない勇敢さだけは評価するが、勝てる勝てない以前の問題として、挑んではいけない相手というのが存在する。


「……」


 その代表格が他ならぬニパル・アンコラッドだ。ニパルはしばし無表情で無反応にボーッとしていたが、やがて満面の笑みを浮かべたかと思うと、ドゴォを振り払うどころか、不良たちと順番に肩を組んだりハイタッチした。

 ひとしきりウェイウェイ騒いだ後、ふと我に返った様子で、ドゴォがニパルに言った。


「ニイさんよ、ここらじゃ見かけねえ顔だな。名前を聞いてもいいかい?」

「俺? あぁ、挨拶かぁ。緊張するなぁ、話すの得意じゃねぇんだよなぁ〜」


 ニパルがまったく一ミリたりとも心にもないことを言っている間に、チンピラたちに異変が起き始めた。

 男五人の体がなんの前触れもなく宙に浮き始め、高くなった天井に頭が当たるまで、ゆっくりと上昇したのだ。


「お? お?」「なんだこれ?」「すげえ、どうなってんだ?」「俺らやばくね?」「これニイさんの能力か?」


 糸の切れた風船のように滞留する男たちを見上げながら、ニパルは唯一浮かばなかった女の肩を組み、反対の手で酒を喇叭飲みする。

 脳味噌が小ぶりな男たちと違い、察しのいいらしい女の子は、ニパルの腕を振り払うことなく、真顔で眼を見開いている。


「おぅ、そうとも。俺の名はニパル・アンコラッド、固有魔術は〈片道飛行ワンウェイフライ〉。俺の体に触れた相手に、そうやって緩やかな揚力を与えるって能力なんだが、どうも俺のは呪いに近い性質の代物らしくてね」


 次いで男五人も真顔になった。女に至っては顔が青ざめ、俯いて震えるしかできなくなっている。かわいそうに、もしこの場に天井がなかったらどうなっていたかに、考えが及んでしまったのだろう。


「俺の浮遊能力はオンオフの切り替えしかできねぇ。強度の調整もできねぇし、浮かすだけで浮かしたものを動かすこともできねぇ。強度も見ての通り、天井一つ破れねぇ弱さだ」


 浮かべられている男たちは笑いもしなければ能力を解除してくれとも言わない。もうそんな段階ではなく、自分たちが取り返しのつかない望まぬ非日常に巻き込まれつつあることを悟りつつあるのだ。


「その代わり一度触れた相手に対しては、いつでもオンオフの切り替えができる。永遠にだ。そうさな、感染させた『浮遊菌』みたいなのを潜伏させ、いつでも発症させられる……とでも言えばわかるか? ちなみに対象は生物・無生物問わねぇから、菌って比喩は不適切だがな」


 ニパルはこの能力で瓦礫をどけて飲んだくれどもを救出したのだが、命の恩を着せただけで従うほど、〈青騎士〉の地下酒場にたむろしていた犯罪者どもは柔ではない。

 そこで固有魔術〈片道飛行ワンウェイフライ〉だ。ニパルは人土竜ワーモウル、種族能力である穴掘りに固有魔術を併用したので、救出過程で飲んだくれども全員の体に一回以上触れている。


「真の恐怖ってのはよぉ、理解できない事象にこそ宿るんだ。わかるか?」


 心底楽しそうに、カッパァァ、と口を開いて笑うニパルに、若者たちはなにも言えない。


「途中で俺が能力を切って、お空への旅が中止され、地に落ち潰れて死ぬ奴は幸いだ。想像の可能な範囲内の恐怖と苦痛を受けるだけなんだからな。だが俺は切らない。能力はオンのままだとすると……どうなる?

 俺ら魔族の耐久力と再生力は、かつて栄えた人間どもの比じゃねぇ。どんだけ高く飛べるかなぁ? どんだけ生きてられるかなぁ? どんだけ熱くどんだけ寒く、どんだけ痛く、どんだけ苦しいのかなぁ? 天の上にはなにがある? もしかしたら死なねぇのかもしれねぇが、恐怖について考えるのをやめることはできねぇぞ。嫌だなぁ〜、俺なら絶対そんな目に遭いたくねぇなぁ〜」

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