第525話 まだ遅い時間帯じゃない

 ゾーラの街、北の一角。四方の路地から迫り来る四体の駆動木偶ゴーレムに、デュロン、ギデオン、アクエリカは追い詰められつつあった。

 相手はなんの変哲もない、ただ頑丈なだけの鉄の巨人である。だが三人はそれらを突破できないでいた。


 肉体活性も拡張活性も無限ではない。デュロンとギデオンはとうに再生限界に陥っており、それ以前の問題として単純に膂力が足りない。

 そしてカンタータの毒で失神していたアクエリカは、顔色が悪く息が荒い。魔術の精度は本調子とはいえず、さらに元々出力が足りない。


 別に蹴散らす必要はなく、議場まで逃げ切ればいいのだが、それができないでいる。

 午後の会議の開始時刻が刻一刻と迫る中で、救いの手は意外な形で差し伸べられた。


「やれやれ、酷い目に遭ったぜ」

「!?」


 ギデオンの運の揺り戻しとやらで道路に開きカンタータが落ちていった陥没穴から、黒いローブを纏いフードを目深に被った頭が現れた。声からしておそらく男だ。

 そいつが背後を振り仰ぐと、ちょうど鉄巨人の一体が足を振り上げた影が、男の顔に差すところだった。


 男はなすすべなく踏み潰された……かと思いきや、目にも止まらぬ速さで移動していたようで、鉄の巨人の背後を取り、足を掴んでブン投げる。

 重厚な金属の破砕音は、一つではなく四重に響いた。まったく同時に、他の三体がそれぞれ蹴り飛ばされ、捻り潰され、焼き尽くされたのだ。


 一人は紫色の長い髪で野性的な赤い眼をした上半身裸で筋骨隆々の大男。

 一人はライム色の髪に褐色の肌、尖った耳に白黒反転した印象的な眼、真っ白いフード付きチュニックを着た華奢な女。

 一人は煉瓦色の髪に黒い眼、痩せぎすの体に道化服を纏う、数日前に見覚えのある男。


 その勇名は聞き及び、記憶力の低いデュロンであっても、相手の正体に見当がついた。

 なぜ彼らがここに? という疑問を込めてサレウスの犬を振り向くが、使い魔はかぶりを振った。


『私が呼んだわけではない……彼らの真の主が彼らをここへ寄越したようだ』


 それが誰なのかは知らないが、命令されて来ているのは本当のようで……〈赤騎士〉〈白騎士〉〈黒騎士〉は一様に顔をしかめた。


「げぇっ、アクエリカだ……マジでいるよ」

「蛇さん、えんがちょ!」

「わかってはいたざんすけど、あの女助けんの気分悪いざんすね……」

御方おんかたの命令じゃなきゃ絶対やってねぇよな……」

「むしろ殺してるかもね! あはは!」

「残念ながらアタシはついさっき命令違反独断専行キメたばかりなんで、二回連続はちょっとマズいざんす。というわけで命拾いしたなアクエリカ! 感謝するがいいざんす!」


 まったくめげずにニコニコ手を振って応えるアクエリカを、デュロンとギデオンはなんとも言えない表情で見るしかない。


「姐さん、アンタ……〈四騎士〉にまで嫌われてんのかよ!?」

「お前はいったいゾーラでなにをしたんだ」

「あら〜、わたくしいつでも大人気〜。彼らも本当はわたくしのことが大好きで、照れ隠しでああ言っているのよ。かわいいわね〜」


 そのわりに本気の嫌悪感が漂ってきているのだが、気のせいなのだろうか。

 幸い四人ともに嫌われているわけではないようで、黒フードの男だけは普通にアクエリカと会話してくれている。


「無事でなによりだ、アクエリカ。次期教皇の筆頭候補に、こんなところで足を止められちゃたまらんからな」

「ありがとう〈青騎士〉さん、ごめんなさい。わたくし、不甲斐ないところを見せてしまったわね」

「結果的にリカバリーできたからいいだろう。そら、さっさと行きな」

「恩に着ます」


 新たに現れた駆動木偶ゴーレムたちから逃がすべく、対峙していく〈四騎士〉たち。

 その際に〈四騎士〉たちとすれ違うが、〈白騎士〉〈赤騎士〉〈黒騎士〉は視線も合わせず無反応だ。


 唯一〈青騎士〉だけが、デュロンとすれ違いざまに呟きを残す。

 人狼の聴覚が捉えたその言葉が、聞き間違いとは考えにくい。


「大きくなったな」


 思わず立ち止まり振り向いたデュロンに、黒フードの中で笑みを溢す男。

 なぜだか懐かしい感じがした。とうに亡くなり、記憶にもほとんど残っていないというのに。


「俺がこんなことを言えた義理じゃないのは、重々承知だが……お前の成長には期待してる。精進しろよ、デュロン・ハザーク」

「お、おう……?」


 よくわからないまま返事をするデュロンに、男は軽く手を挙げて踵を返し、次の駆動木偶ゴーレムを突きの一発で破壊する。

 アクエリカはなにかを知っているふうだったが、なにも言及せずに二人を促した。


「さあ、早く行きますよ、デュロン、ギデオン。今、使い魔の一匹で本庁の時計を見ているのだけど、正確にはあと十七分で午後二時よ。ダッシュでギリギリというところです。このわたくしとしたことが、ここまで時間に追い詰められるとは……ここは一発、気合い入れていくわよ。一緒に叫んでね。せーのっ……いっけな〜い、遅刻遅刻〜☆」

「なんでこの状況で平常心でいられるんだ!? ぜってー遅れちゃいけねー会議の直前に庁舎のてっぺんがギリ見える距離なんだぞ!?」

「デュロン、もうこの女の心臓の強度について四の五の言っても始まらん。こういうものだと割り切れ」

「もう、二人ともノリが悪いわね〜。ヒメキアなら絶対一緒に言ってくれるのに〜。ところでわたくし小腹が空いたわ、お茶会でのお菓子は美味しかったけど、あれだけではちょっと足りないのよね〜。パンとか咥えて行ったら、怒られるかしら? どう思う?」

「余裕ってレベルじゃねーなアンタ!?」

「口より足を動かせ蛇め。歩くのが苦手なら、そら、こうしてやる」

「きゃあ!? ギデオン乱暴〜!」


 二人でアクエリカを担いで運ぶと、なかなかスピードが出た。このペースなら間に合いそうだ。




『ずいぶん過保護なことだね』


 アクエリカは午後の会議の開始五分前には、涼しい顔で席に就いていた。

 両脇の二人……デュロンとギデオンは汗だく息切れ状態だったが、護衛を替えてはならないというルールもない。


 いちおう予定通りに〈護教派〉に関する回勅を、サレウス聖下に発していただき、続いて三枢機卿が意思表明を行なったが……ヴァイオレインが口を開く前に、一瞬で狙いを見抜いたアクエリカが得意の口八丁をフル稼働し、見事分裂を防いでみせた。それがつい数分前のことだ。

 なのでジョヴァンニにできることはもはや、使い魔越しにジュナスへ皮肉を垂れることくらいのものだった。


「お気に入りのガキどもに助けを寄越すのが、そんなにおかしなことか? てめぇも仮にも聖職者だろ、奉仕と慈善の喜びに目覚めやがれ」


 結局宣言通り、ジュナスはほとんど魔力を使わず生身の肉弾戦のみで、準四騎士級聖騎士三人の猛攻を凌ぎ切った。

 アクエリカが議場に到達し会議再開が迫るに際し、ベニトラ、グレアム、ゴルディアンも、トビアス、ジョヴァンニ、レオポルトの元へ、それぞれ呼び戻された次第である。


「残念だったな、ジョヴァンニくん。一年後の教皇選挙に、正攻法で勝てるよう備えりゃいいんじゃねぇの、これに懲りたらよ」

『それが確実性に欠けるから、こうして今回、アクエリカくんとヴァイオレインくんだけでも排除しようと仕掛けたんだがね……君の立てた候補は、今回もずいぶん上手く立ち回ったようだね。どうやらこの魔族社会においても、神の加護というのは健在だったらしい』

「負け惜しみに聞こえるな」

『わかった、正直に言おう。どうやら君らは、こうなることがわかっていたようだね。僕とて他の三人と同じく、まんまと出し抜かれ踊らされていたに過ぎない。完敗だよ。

 だが次はこうはいかないし、次も正々堂々というわけにはいかないかもしれない。救世主とその第一使徒に対する恫喝としては、あまりにチープなものだけど……せいぜい夜道と背後に気をつけることだね』

「あいにく〈昼〉も〈夜〉も、神の守護者は皆味方でね。てめぇこそ、せめて引退の仕方だけでも選べるように、今からでも徳を積んでおくこったな」


 悠々と立ち去るジュナスの後ろ姿を見つめるアルマジロの口から、静かな声が発せられる。


『……〈災禍〉が誰だの、世界の行く末がどうこう……そんなの僕にとってはどうでもいい。だけど……』


 遊戯と賭博が大好きな、教会きっての悪徳枢機卿を自負するジョヴァンニ・ステヴィゴロの胸にあるのは、屈辱ではなく歓喜だった。


『原初にして最強の祓魔官エクソシスト、救世主ジュナス。戦い争う相手としては、確かにこの上ないと認識したよ』


 決着が伸びたのは、楽しみが増えたということでもある。

 逃げ切りを図るには、まだけっして遅い時間帯というわけでもない。

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