第524話 天を崩すは我にあり
少し時間を遡る。
「お前らと飲む酒は美味かったんだがよ」
〈聖都〉ゾーラの地下酒場にたむろする悪党どもは、最低でも
しかしそんな彼らですら、今は自発的に席を立ち、直立不動の無表情、冷や汗を流しながら行儀良く並んで出迎える格好となっている。
これほどこの俺の臨戦態勢とは恐ろしいものなのだ、と〈青騎士〉は自覚が及んでいた。
その中で覇気を失わず、睨み返してくる度胸のある〈
「悪いな……俺と聖下がお前らやアクエリカを贔屓しているのが、他の有力枢機卿たちにバレちまったらしい。旗幟鮮明にすることを求められた聖下の、直々の命令ってわけなんで、お前たちには縛に就いてもらう。もちろん処刑するって意味だが」
ウォルコ、ファシム、メルダルツの実力は、相当甘く見積もっても、せいぜいが新米聖騎士レベルだ。
どれだけ連携を詰めていようと、教会最強の一角を担う、〈青騎士〉に対して勝機を見出すには至らない。
一切の希望を捨てるべき地獄の門を、すでに潜った後だというのを、ウォルコとファシムは早々に理解したようだ。
「やれやれ、もう忘れたのかな」
だがメルダルツだけは違った。相も変わらず茶を嗜み、いまだ席を立つ様子すらない。
「圧倒的な実力差のある相手から逃げ果せる術なら、昨日身をもって教えたはずだけどね」
いったい、なにを言っている? こいつの頭がおかしいというのは知っている。一方で同時に昨日、ウォルコとファシムが〈赤騎士〉と交戦する羽目になり、メルダルツの助力によりなんとか逃げ果せたという事実は、〈青騎士〉の耳にも入っている。
だがここは地下だ。隕石一発がここまで貫通してくるほど、ゾーラの地盤も柔なわけではない。やはりトチ狂っているだけかと判断したのは……残念ながら〈青騎士〉だけだった。
「なるほど……試してみる価値はあるね」
「ウム……」
即座に心得た様子で、ウォルコが獣のように四つ足で、その後ろにファシムが両手を掲げるポーズで立ち、〈青騎士〉相手に正面から対峙してくる。
ウォルコの頭部周辺からは〈
全弾当たれど、どうということはない。それより無謀と勇気は違うということを、こいつらほどの男たちが知らなかったのが残念だ。
失望露わに〈青騎士〉は、〈
「!?」
直前でウォルコが弾かれたように後ろに跳ね上がり、〈
自殺行為と思われたが、〈青騎士〉の一撃はウォルコの胸板に至らず、その手前で半透明な謎物質に減り込んだ。
メルダルツの
なるほど道理で、
ただこれが秘策なら、依然意味がない。どのみち
巨霊化体に入る三人をまとめて吹っ飛ばしたところで……〈青騎士〉は周囲の異変に気づいた。
うまくいったね、とメルダルツはウォルコとファシムに降り重なられ潰される格好となりつつも、思わず笑顔になっていた。
メルダルツ自身が落とす隕石の余波にも耐えられる彼の巨霊化体が、四騎士級の攻撃も一発くらいなら凌げるというのが、わかったことも収穫ではある。
「いたた……ちょっと君たち、早く私の上からどいてくれたまえよ」
「す、すまん……この中、意外と狭いな」
「縦だけじゃなく横や奥行きもデカくしといてくれよ、メルダルツさん」
「まったく、文句の多い若造たちだ。私の巨霊化体は君たちのコテージじゃないのだが」
おっさん三人でわちゃわちゃやっていられるのも、すでに事態の趨勢が決まったからだ。
さすがの〈青騎士〉も判断力が鈍る様子で、崩壊しつつある地下酒場の真ん中で立ち竦んでいる。
そう、詰んだ状況を打開するには足場崩しも悪くはないが、地よりも天を崩すべき。
隕石落としが叶わない屋内なら、天井を落としてその隙に逃げよう。
ウォルコとファシムが正面戦闘っぽい態勢を取ったのは、〈青騎士〉にそう思わせる、無謀だとアピールするためのブラフに過ぎない。
実際、ウォルコはなにもしなくて良かった。鍵となるのはファシムの〈
ゾーラの街へ工作員として来ているということを、幸い忘れてはいなかったようだ。ここの建物の構造も何度か見て把握し、どこを壊せばもっとも効率よく崩せるか、誰に言われずとも分析していたようで、おそらくファシム自身、彼の固有魔術の骨頂を理解しているのだろう。
ファシムの〈
簡単な話だ。〈青騎士〉に肉薄され、メルダルツとウォルコに庇われながら、ファシムは計四発の魔力爆弾を、接触起爆対象を「柱」に設定して放った。
椅子もテーブルも飲んだくれどもも、天井も壁も全部すり抜け、無駄な威力の減衰をゼロに抑えて、この地下空間を支える要だけを圧し折る。
あとはメルダルツの
展開した巨霊化幽体の中で、ウォルコとファシムに両脇を抱えられたメルダルツは、防壁の展開に専念しながら、全速力での離脱ができている。これは楽でいい、次からこうやって運ばせて移動しよう。
一度も背後を顧みず、一心不乱に駆ける抜ける二人は、
すでに崩落の危険域からは抜けており、〈青騎士〉が追ってくる様子もない。
三人揃って一息吐いた……次の瞬間、通路の天井に穴が開き、いきなり誰かが落ちてきた。
「どわっ!?」
咄嗟にウォルコが受け止めると、それはオリーブ色のドレスに黒のストール、くっきりめなアイシャドウが似合う整った顔立ちの、ただしそれらが傷や汚れでボロボロになった女だ。
真っ黒いザンバラ髪、細身の体型、気絶して眼は閉じている。ゾーラに長く住んでいただけあり、ファシムはこの状態でも誰だかわかったようだった。
「〈調の聖女〉カンタータ・レシタティーボ? なぜ彼女がここに?」
「良かったね、ウォルコくん。おそらく天から落ちてくる系のヒロインだよ」
「なるほど! ……とはならないよ!? なに言ってんの!?」
「よくわからんが、ここもまだ安全とは言えんだろう。ひとまず市外まで逃げ切るぞ」
「この人は抱えたままでいい!?」
「受け止めてしまったものは仕方なかろう」
「だ、だよね! だけど俺のヒロインはヒメキアだから! 揺るがず世界一の天使だから!」
「子を持つ父だった身として忠告しよう。ウォルコくん、少女がパパのヒロインであり続けてくれるのは、どれだけ長く見積もっても、精々二十歳くらいが限界だよ。というかそれ以上は健全とは言いがたい」
「やめろよォ! 急に世知辛い現実を突きつけてくるのは! 仮にヒメキアが結婚しても俺の方は一方的にあの子をヒロインだと思い続けるから別にいいんだけど! いいんですけど!!」
「気持ち悪いな」
「気持ち悪いね」
「あんたたちになにを言われようとうちの子は超性格いいから絶対俺のことを気持ち悪いとか言わないんですぅー! だからノーダメージ!」
「ウォルコ、お前本当に拗らせる前に一回結婚しろ」
「私もそれがいいと思う。相手なら探してやるから」
「それ言ったらファシムもでしょ!?」
「生憎俺はジュナス様が恋人なのでな」
「仕事が恋人みたいな言い方してるけど普通に気持ち悪いよ!? それが許されるのって敬虔な修道女とかだけだからね!?」
ゴチャゴチャ言い合いつつ、どこからか発生する地鳴りの続く地下通路を駆け抜ける三人(とまだ目を覚まさないどこからか落ちてきた系聖女)。
ヴィクターたちじゃあるまいし、ずいぶんと情けない悪党ぶりが板についてきてしまったが……それを不快に感じないことを、不思議に思うメルダルツだった。
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