第520話 糸巻き巻き糸巻き巻き、千切ってやるからかかって来い!
ダーダリンの猛毒の副作用である
①あくまで音楽に合わせて踊り続けるという症状なので、ダーダリンが握っている弦楽器を破壊すると踊りも止まる
②解毒している最中に出続ける症状なので、寛解すると踊りも止まる
③踊り続ける体力がなくなると動けなくなり自然に止まる(その後そのまま死ぬが)
なので次に起こった展開もダーダリンの想定内のものだった。
互いに向き合って戦いのダンスを繰り返している二人のうち、
確かに振り付けの範囲に収まるアドリブではあるが、それは悪手だろう。
案の定、二人は同時に
先ほど人狼が赤帽妖精にやったことを、赤帽妖精が人狼にやり返したのだ。
赤帽妖精が人狼の生命力を拡張活性で吸い上げ、二人分の肉体活性を集めた赤帽妖精が、一気に勝負を決めるという算段なのだろう。
刹那の内に判断を終えたダーダリンは、そうはさせじと三本の毒足を赤帽妖精に殺到する。
胴部を貫き血を吐かせ、串刺し毒漬けで今度こそ完全に動きを止めた。
起死回生の一手のつもりだったのだろうが、所詮は魔族どもの浅知恵などこんなものだ。
もはや憐れみすら湛えて
「ウウ……」
うつ伏せに倒れたままで唸り、今際の苦しみゆえか、両手両足で地面を噛み締めている。
両手両足で拡張活性を使って、命を繋ごうとしている? いや、それもあるかもしれないが、なんだか様子が……。
「グウウア……!」
メキメキと不気味な音を立てて、人狼の背中から、肩甲骨らしきものが枝葉のように伸び広がっていくのがわかる。
飛べもしない空っぽの翼に意味はなく、ただその兆候が示すものをダーダリンは危惧する。
長いこと見ていなかったから失念していた。拡張活性は生体エネルギーの
赤帽妖精は人狼から力を吸ったのではなく、人狼に力を与えて動かすために蹴ったらしい。
自分の意思で拡張活性を使い、相手から
吸い過ぎて筋肉太りで動きにくくなることはあるが、それも正常の範囲内ではある。
しかし相手の拡張活性による
打ち込まれる起点となった部位が過剰活性を起こし、そこだけ異常に昂進・伸長または増殖するという特徴が見られる。今、人狼に起きているのがそれだ。
「オオオオオオラアアアアア!!」
絶好調を超えた絶好調となったクソ狼は吠え猛り、一瞬後にダーダリンが差し向けた蜘蛛の脚を軽く躱して、赤帽妖精を串刺しにしている三本の脚をまとめて踏み砕く。
再生能力で生え変わる範疇だが……まずい。これ以上こいつが増長する前に、さっさと仕留める必要がある!
ダーダリンは即座に、自分の力で底上げしたカンタータの錬成系魔術と生体物質生成能力を総動員し、かわいい子蜘蛛のぬいぐるみ(動く有毒のもの)を大量にバラ撒き、触れれば肉を裂く強靭な蜘蛛の糸(有毒)を張り巡らせる。
素のカンタータが持つ魔族の毒はともかく、ダーダリンの悪魔の毒はまだ効果があるはずだ……というのは残念ながら希望的観測に過ぎなかったようだ。
人狼の動作音がうるさく、聴き取りには苦労しないことだけが幸いである。再生する端から八本の脚を踏み砕かれ、子蜘蛛を蹴散らされ、糸を切り裂かれる。
踊らせる側のはずのダーダリンの方が、踊らされているのが屈辱だ!
いや、もうそういうことを気にしていられる段階ではない。脚や子蜘蛛、壁を上手く足場に使われ、障壁を突破し肉薄する人狼。
さすがにまだおやつにされるまではいかないようだが、バカ二人分の生命力を一人に集めた効果は凄まじく、皮膚が紫色に変化したままでさらに動き続けてくる。
楽器を弾いている余裕はない。それどころか散り散りになった防衛戦の最終ラインとして、弦楽器で思い切りブン殴る羽目になった。
同時に眼前の空中まで至った人狼の右足が伸び、相打ちの形で顔面に蹴りを食らわせてくる。
「「……ッ!!」
どちらも深くは入らなかった。カンタータの細腕が振り回した弦楽器は人狼の硬い頭蓋骨に阻まれて砕け散ったし、人狼の前蹴りはカンタータの閉じた左瞼を目隠しの上から軽く踏みつける程度に留まり、眼球破裂にすら至らない。
糸に絡まり子蜘蛛に集られ、なにもできずに呆気なく落ちていく人狼の姿を見送り、安堵を得たダーダリンは冷静な思考を取り戻していった。
今のは結構危なかったかもしれない。人狼の狙いが蹴りでダメージを与えることではなく、目隠しを外すことだったとしたら……そう、今実際にそうなっているように、拡張活性による
……今実際にそうなっているように?? ちょっと待て。目隠しは外れていない、依代としているカンタータの視界は封じたままだ。なのになぜダーダリンの視野が開いている!? なぜ赤帽妖精の姿を映してしまっている!?
「見たな」
いやいやいや、見ていない、見ていない……はずなのだが……違った。囮だ。考えてみればたかが蹴り一発で決着がつくわけがないというのをデュロン・ハザーク……悪魔憑きとの戦闘経験豊富なあの男がわかっていないわけがないのだ。
拡張活性による
つまり、さっき馬鹿伸びした人狼の肩甲骨のように、人狼が目隠し越しに蹴ってきた足の裏から、赤帽妖精が人狼に寄越した分の残りを含めて、拡張活性による
無理矢理生成させられて開かされた「カンタータの眼」と赤帽妖精の視線が合い、空間踏破能力の発動条件が成立。
一瞬で距離を詰められたという経緯を、加速する思考の中、一瞬で理解したダーダリンだったが、それでももう遅かった。
「かはっ」
一秒後には彼女の意識は地に落ちて、依代としているカンタータの、首なしの体を見上げる羽目になった。
策は成った。思惑通りにギデオンが高速移動能力で距離を詰め、ダーダリン/カンタータの素っ首掻いて落とした場面を、デュロンははっきりと見た。
だが当のギデオンは、着地するなり斧の返り血も拭わず、血走った眼で警告を飛ばす。
「油断するな。まだ終わっていないぞ」
彼の言う通り、カンタータの体からは、まだダーダリンが残っている
それどころか、落ちた頭部へ胴体側の首断面から無数の糸が伸び、止める間もなく繋ぎ合わせてしまった。
魔力だけではなく体力も要る作業のようで、拡張活性で体長四メートルほどにデカくなっていたカンタータの肉体は、元のサイズに戻っていく。
しかし下半身を蜘蛛の脚とする、変貌形態は解けていない。戦意を失っていないのだ。
拡張活性によるエネルギーの外付けの副産物である、デュロンの背中から伸びた骨の翼も、カンタータの左眼の周辺から伸びた複眼ならぬ副眼群も、通常再生能力によってすでに正常化している。
ギデオンの空間踏破対策の目隠しを外さぬまま、カンタータはカンタータの口調で喋る。
「やるわね、あなたたち。私の中で悪魔が悪態吐いて悔しがっているわよ」
「あんたこそやるじゃねーか。その隙に肉体の主導権を奪い返したんだろ」
「どうということはないわね。結局はこの悪魔より、私の方が私の力を理解していただけ……あなたを倒せる方法に心当たりがあるだけ」
ギデオンは拡張活性でギリギリ立ってはいるが、強がっているだけでほぼ死にかけ状態と言っていい。
カンタータが真っ直ぐデュロンに意識を向けてきていることを、さほど不思議には思わなかった。
「毒だの糸だの、魔力の糸で操る人形だのと、小賢しい小細工はやめにするわ。つまるところ一番効率が良いのは、一番単純な戦法だと、今ようやく理解したところよ」
そう言いつつ、カンタータはやはり糸を紡ぎ始める。しかし先ほどまでダーダリンがやっていたような搦め手とは毛色が異なる。
真っ黒い強靭な糸が巻き上げられ、高速回転しながら真ん丸い繭状に編み上げられていく。カンタータ自身の錬成系魔術を、ダーダリンの魔力だけ借りて威力を爆増していると見える。
デュロンが思い出したのは、エヴロシニヤが使った〈
だがカンタータのものはエーニャが発射したようなエネルギーの塊とは異なり、質量のある実在の糸なので、減衰消滅まで耐え切るという対応は望めない。
頑丈さ任せで回転の中心に両腕を突っ込んで押し広げ弾け散らして潜り抜ける? それとも、腕か脚で噛み止めて自切でもして回避?
どちらも現実的とは思えない。猫が戯れつく毛糸玉とは違うのだ、純正殺意の球形斬撃塊を相手に、生身の打撃などなお通じまい。
なら斬撃には斬撃で対抗してはどうか? とも思ったが……一撃必殺だろうと連続攻撃だろうと、圧力の厚みが違う。
繭玉の表面を構成する斬糸の十数本を切ったあたりで動きが止まってしまい、お返しにデュロンが滅多斬りにされて終わるだけだ。
ギデオンは立っているのがやっとのフラフラ状態、これ以上無理に動かせると死ぬ。
アクエリカはまだ気絶中らしく、蓋の開いた棺の中で安らかな寝顔を見せている。
デュロンの思考が極限の緊張でどれだけ加速しようと、時間が無限に伸びるわけではない。攻撃準備が整ったようで、カンタータの五指が繭玉を発射した。
凄まじい気勢の先触れである風圧を浴びただけで、デュロンは惨死を無理矢理覚悟させられる。織り上げられた繭玉の直径は二メートルくらい、気合いでどうにかなるレベルを遥かに超えている。
だがデュロンの体はすでに答えを見つけていた。その場で大股開きに立ち、右手の人差し指と小指を立てて構え、左手で右腕を支える。傍目には単なる命を懸けた侮辱のポーズにしか見えないだろう。
デュロンは最適調整で精度を上げた肉体活性により、右手に些細な変貌を与える。人差し指だけを獣化して、鉤爪を針のように長めに伸ばした。小指は人貌で丸みを帯びたまま。間にある中指と薬指の基節骨を研ぎ上げ、糸一本を断てる程度の刃状に仕上げる。これで完成だ。
「ぐっ……!」
そのまま突っ込んでくる繭玉を、右手で正面から受け止める。無数の糸鋸で切り刻まれ削られる振動が骨に直接伝わり、神経が目の眩むほどの激痛を奏でる。だが退くわけにいかない、満身の力を込めてその姿勢を維持する。
即席の生体ステッチリッパーは、一度に糸を一本か二本しか切れない。しかし鋏と違って動きを必要とせず、構えて受け止めるだけで糸の方から切れに来てくれる。
「ぐぬアアアア」
いかに巨大な繭玉といえど、糸の一本一本で構成されていることに変わりはない。かつ巨大であるがゆえ、すべての糸が同時にデュロンを切り刻むことができるわけではない。
要はこの右手の指が引き裂かれ、砕け散り、消し飛ぶより早く、再生力を結集して維持する必要がある。
「オオオオオオオオオオ!!!」
視界に散るのが血液なのか火花なのかももうわからない、気力を保つため絶叫し続けるデュロン。
カンタータも必死で糸車を回し続けているのだろう、二人の咆哮が重奏した。
「「ゴオオオオオオガアアアアアア!!」」
ブチブチブチブチ、と連続する断裂音とともに、手応えこそ感じているものの、それが自分の手指が千切れる音でないという確信を、デュロンは持てなくなっていた。
やがて、ズバチッ! と凄まじい音がしたが、繭玉は形を失って散らばり、余波で切り刻まれるのはデュロンの代わりに地面で済んだ。
「なっ……!?」
まだギデオン対策の目隠しを着けているので表情はよくわからないが、カンタータの声音と体臭は明らかな動揺を示している。
デュロンは……酷使した右腕の感覚がない。左腕も拡張活性を用いて、自分で自分に左腕から右腕に再生力を送り込んでいたため、すでに動かなくなっている。
脚は万全だが姿勢の不安定な蹴りに頼るよりも、このまままっすぐ突っ込めばいい。
デュロンは両腕を垂れ下げながら一気に距離を詰め、カンタータの広い額へ向かって、思い切り頭頂部をブチ当てた。
「……!」
声もなく吹っ飛んだカンタータは、廃教会の壁に叩きつけられて跳ね返る。
活動限界に至ったようで、気絶した彼女の胸から暗黒物質が立ち込めて、毛むくじゃらな大蜘蛛の形を取ったかと思うと、天に向かって飛んでいった。
【余は差し当たり満足じゃわい……結構色々遊べたぞい】
「キャラ変わってんぞ。じゃあな、ダーダリン。暇になったら、また遊んでやる……」
いつも悪魔にする別れの挨拶を口にしかけたデュロンは、途中で言い直した。
「……いや、やっぱテメーはめんどくせーし、うるせーからもう来んな!」
【なんで!? ひどくない!? 蜘蛛差別だ!】
贅言とともに虚空に消えゆく異界存在を見送ったデュロンは、右手がズタクソになったまま一向に治っていかないことに気づいた。
拡張活性含めても再生限界だ、糸切りがもう少し長引いていたら、右腕が潰れ全身を繭玉に呑まれ圧壊して死んでいた。
崩れそうになった体を、傍らに歩み寄るギデオンが支えてくれる。
気絶したカンタータとアクエリカを見比べたデュロンは、どうやら今回もなんとかなったようだと、ようやく実感することができた。
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