第521話 そろそろ今回の最終局面に入っていく感じだね
「デュロン。その女を裏返してくれ」
戦いが終わり、悪魔の猛毒をギリギリ自力で寛解できた様子のギデオンがそう言ったので、仰向けに倒れているカンタータを、デュロンはうつ伏せにした。
フラつきながらも近づいてきたギデオンは、カンタータの髪飾りを無造作に毟り、嵌め込まれた紫色に輝く石をしかめっ面で見つめた。
「やはりな……この隔離空間の形成は
「〈結界石〉……ってことか? ヒメキアがベルエフの旦那に貰ったやつとは色が違うな」
「アクエリカが安全配慮ゆえヒメキアから没収したというやつか? あれは認識可能だが侵入は不可能という、これとはまったくの別物で……そもそも魔石というのは……。
いや、この話はまた今度にしよう。デュロン、アクエリカをしっかり抱えておけ。魔石経由の結界なら、解くのは簡単だ」
デュロンが言われた通りにアクエリカを背に負ぶると、耳元に呑気な声が聞こえた。
「う〜ん……デュロン? ここはどこなの? わたくしが魅力的過ぎて変な場所に連れ込んでしまったのは不問としますが、時間は大丈夫?」
「ようやくお目覚めですか、お姫様。アンタ、拉致されて殺されるとこだったんだぞ。寝てたっつーか正確には気絶だ」
「起き抜けにしては冴えているな。そうとも、時間が少ない。さっさと議場に戻るぞ」
言うが早いかギデオンが魔石を握り砕くと、周囲の光景が廃聖堂から、なんの変哲もない路地のド真ん中……デュロンとエルネヴァが発見したゾーラ市内某所のポイントへと、一瞬で戻っていた。
出てくるのを待っていたようで、サレウスの黒犬が一頭、お座りの姿勢で話しかけてくる。
『終わったようだな……ご苦労だった』
「ありがとよ、聖下」
「デュロン、お前は誰に対しても態度が変わらないな」
「照れるぜ」
「褒めていない」
周囲の安全を確認したデュロンが、背中からアクエリカを下ろすのをよそに、黒犬が
『君がギデオンだな……』
「そうだが」
『グーゼンバウアー枢機卿から言伝を預かっている。内容はこうだ……「オレの固有魔術は、小さな不運を集めて、その反動で大きな幸運を起こすというものだよ。運の総量は変わらないんだ。だから、大きな幸運を得た後は……」』
直後、地鳴りが起こった。どうやら該当する幸運とやらを受けたギデオンが、干渉不可能な結界内に入っていたがために、今の今までその帳尻合わせが遅延されていたらしい。
『「揺り戻しが来る」……とのことだ』
「「!?」」
異音に慌てて振り向くと、地面に倒れていたカンタータが道路の陥没に巻き込まれて、真っ暗闇の地下空間へ落下していくところだった。
慌てて飛び込もうとしたデュロンを、黒犬の牙が制服の裾を噛み止めて引きずり戻す。
隣で同じことをしたらしいギデオンが、アクエリカに首根っこを掴まれて不服そうにしている。
ギデオンをデュロンの方へ雑に放ったアクエリカは、肩をすくめてため息を吐いた。
「下がどうなっているかわからないのに、ダメだわ、迂闊に追いかけちゃ」
『そうか、ここはちょうど真上か……』
下がどうなっているかわかっていそうなサレウスの呟きも気になったが、デュロンはのしかかってきたギデオンを雑に退けつつ言った。
「いや……いいのか!? あの女が姐さんを」
『拉致監禁、殺害未遂した……というのはいささか外聞が悪い……聖女の箔に傷がつくというものだ……それよりはこうして行方不明にでもなってくれる方が、どちらかといえば善後策を練りやすい……』
「ギデオンやデュロンにとっては実行犯を取り逃がすという不運でも、聖下やわたくしにとっては、必ずしもそうではないということね」
強かで結構なことだが、デュロンが抱いたのと同じ疑問を、代わりにギデオンが口にした。
「そもそもあの女は、なぜアクエリカを狙ったんだ? お前のことだ、なにか恨みを買っていたんじゃないのか?」
「さ、さぁ……なぜかしらね」
めちゃくちゃ心当たりがありそうな顔をして眼を逸らすアクエリカはともかく、デュロンはサレウスに尋ねた。
「善後策ってのは?」
『お前たちが打開した事態が原因であり結果となる……』
「出たわね、聖下の説明下手くそポエム」
「ひでー言い草」
「失礼すぎるな」
『言っておくがお前たち三人とも態度が悪いぞ……それはいいとして……アクエリカが無事救出されたことで、この件の黒幕は飼い犬どもから必要なくなった加護を取っ払う……具体的には、「ヴィトゲンライツ本家との交渉が終わった。ヴィクターとその一味は好きにしていいとの見解だ」と、市内の
ヴィクター一味、万事休す。哀れなことだが、もはやデュロンにもギデオンにも関係のない話であった。
「うぬァァァァアアアア!!!」
「きゃあああああ!!?」
なんかわからんが、上手くいっている感じはあった。どうも土壇場でエモリーリの固有魔術らしきものが発現し、それがギンギラ男の巨体を押し退けられる性能のものらしいというのはギリギリ理解できた。
だが相手と同じレベルに駆け上ったのはいいが、絶対的に練度が足りない。ギンギラ男は血を吐き苦悶の表情を見せつつも、エモリーリの放つ謎の波動へ徐々に抵抗し始め、力尽くで接近しようと試みている。そしてそれは成功に導かれつつあった。
「グフフハハハァァ……やるじゃァーねェか、お嬢ちゃん……そんな力を隠し持ってるなんてよォー……だがもう少しで届きそうだぜェ」
「いやーっ!? やめて、来ないで!」
傍から見れば小柄な女性を襲う変質者ではある……これが平時であれば。ゾーラの
ヤバい、マジで押し負ける。あの銀色の指に触れられればなすすべがなくなるというのが、戦闘経験の浅いエモリーリにも直感できる。
「さァ、大人しく
エモリーリが諦めかけたそのとき……彼女の隣に見慣れた姿が跳んで現れ、彼女の露出している脇腹の肉を一齧りした。激痛が走る。
「ヴォゲェァッ!!?」
「変な声出してる場合じゃねぇぞ。気張りどきだぜ、エモリーリ!」
誰のせいで変な声を出す羽目になっていると思っているのか……という文句は一瞬で引っ込んだ。
ジェドルの両掌からエモリーリのものと同じ波動が噴出し、巨漢の体を押し返し始めたのだ。
「いつの間にこんなヤベェ固有魔術が発現したのか知らねぇが、俺から言えるのは一つさ」
ジェドルは不敵な笑みを浮かべ、この場面に限っては世界一頼もしい啖呵を切った。
「
「おっ……?」
使い魔で状況を把握しているヴィクターは、そんな余裕はないにも関わらず、興味を惹かれて声を上げていた。
エルネヴァの固有魔術〈
相性が良すぎるのも考えもの……というか、相性が良すぎて特殊な条件が重複したせいで、エルネヴァの肉を喰ったジェドルに起きた現象を、ヴィクターはエルネヴァの特性のみによるものだと判断してしまった。
実際はこうだ。エルネヴァの努力蓄積型固有魔術にストックそのものも他者と共有できる特性があるのも事実だが、それとは独立して、ジェドルの消化変貌〈
もっともこれがそこまで有用な特性なのかというと微妙なところだが……少なくとも今ギャディーヤという大駒に対処できている時点で僥倖と言える。今はそれで良しとしよう。
だがギャディーヤがエモリーリとジェドルに吹っ飛ばされる前に、更なる増援が割って入った。
「ぬぇい!!」
横から一太刀振り下ろし、エモリーリとジェドルが繰り出す謎の波動そのものを、ぶった斬って止めてしまう輩が現れた。
狼藉者は誰かと言うと、それは見知った親愛なる従姉……メリクリーゼ・ヴィトゲンライツの偉容を見て、ヴィクターは使い魔越しにも関わらず震え上がった。
もし戦局が絶望的ならば、悲鳴を上げてひっくり返っていた自信すらある。
だがそうはならない。ヴィクターは冷静沈着に、使い魔の
「ついさっき手を打ったところだ。ダッシュで逃げる準備はできてるかい? 街の外で会おう」
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