第513話 これが最近のトレンドである!
少し時間を遡る。オノリーヌと別れた直後、リュージュは謎の男に、努めて穏やかに話しかけた。
「なあ、一つ提案があるのだ」
「なんだい?」
「ここは手打ちにしないか?」
無感動に視線を返す男に対し、構わず言葉を続けるリュージュ。
「お前もわたしたちとやり合いたくない。わたしもお前たちとやり合うのは面倒である。もう互いにその辺で適当に時間を潰して、サボってやり過ごそうではないか。
わたしが思うに、わたしたちとお前たちは、本質的には敵同士ではない。うん、そんな気がする。そういうわけでわたしのことも見逃してもらえると助かるぞ」
サボり魔のリュージュにはわかる。この男は今やる気がないというか、かなり気分が落ち込んでいる状態にある。
イリャヒやソネシエが顕著だが、固有魔術は覚醒するしない以前に、そのときどきの感情で出力が上下する。
こいつ自身がさっき言っていたが、そもそも今のこいつではリュージュに勝てるとは思えない。
幸いにも損得勘定ができるタイプのようで、男は陰鬱に首肯した。
「そうだな。そうしようか」
「賢明な判断に感謝する。ではこれで」
勢い任せに言い捨てて脇をすれ違うが、男は本当に攻撃してこない。
楽して一戦減らせた。よし、ヤバそうなところへ加勢に行くか、と考えながら……ほとんど反射で振り向いて、右腕を部分変貌するリュージュ。
竜の鱗が男の掌から伸びた槍を受け止めて、拮抗するまま問いかけた。
「どうした? 早くも気が変わったようだが」
「ああ、思い至ったんだ。〈災禍〉の正体を、ヴィクターの雇い主が知っている可能性が高いってことにさ。もしそうなら、この戦いは俺にとって、ゴール一歩手前ってことになる。ただあんたたちを少し足止めするだけで、仇の首を狙えるなら……別に、死ねとは言わない。大人しくしておいてもらおうか」
フードが脱げ、はっきりと光を反射する男の眼は、今や確かに生きた憤怒を湛えている。
〈災禍〉……確かブレントの妻を殺し、奴がああなるきっかけを作ったのも、〈災禍〉案件とされていたはずだ。
共通の話題はある。たとえばここで彼に、〈災禍〉討伐に協力する旨を明言し、引き込みを図るというのもなくはない。
だが実際はどうあれ、上がりに近づいている認識でいる男に、振り出しから始める人数を増やす提案をしたところで、大して響くとは思えない。
それ以上にこうして甘言を弄するのは、リュージュの得意分野とは言えない。
距離を取り直した二人は、改めてどちらからともなく、決闘の流儀を果たす。
「リュージュ・ゼボヴィッチ」
「スティング・ラムチャプだ」
一拍置いて先に仕掛けたのは、男……スティングの方だった。
一帯の地面から一斉に巨大な石槍が伸びて、早贄にしようと襲いかかる。
「おいおいおい……!」
慌てて後方空中回転を繰り返して避けるリュージュを、滑らかに生成範囲を変えて剣山が追う。
先端が二階の屋根に届く高さまで伸びているので、なにか出力を間違えているのではとすら思うが、覚醒するとこんなものなのかもしれない。
見たところ石畳だけでなく、その下の土まで錬成系で掘り返し固めて槍にしている。
もしそうならリュージュの
「おっ……!?」
案の定、スティングの石槍はいくつかが内部からヒビが入り、破壊されて伸びた蔓草に他もほとんどが押さえ込まれてしまう。
新しく錬成しようとしたスティングに向かって、リュージュが指弾で飛ばした手持ちの種が、空中で発芽し伸びた根が、スティングの胸板に突き刺さる。
「ぐっ」
ダメージはさほどないだろう。しかしこの植物はその根から、相手の魔力を吸い上げる性質がある。
最近はラヴァ戦で決め手になった吸血植物の代わりにメインで使っている、高熱・強酸にも耐える優れ物だ。
なにも魔力を枯渇までさせる必要はない。
魔術の発動をほんの少し阻害できれば勝機が生まれる。
あのバカみたいな規模の剣山を錬成できない今が、接近のチャンスだ。
迅速に距離を詰めたリュージュは、竜化変貌状態で殴りかかる。
対するスティングは、冷静に右手を掲げ……掌から生成した小さな刃で根を断ち、返す刀でリュージュの喉笛を狙い刺す。
間一髪で躱した竜人は、遅れて流れる冷汗を拭った。
どうやら剣山の方が派生技で、スティングの固有魔術は元々そちらが基本技のようだ。
即座に最小規模の攻撃手段に切り替えられたため、魔力吸収が追いつかなかったのだ。
一方で相手の方も警戒を強めた様子で、再度攻撃するより先に疑問を発してくる。
「……あんた竜人だよな?
「
だいぶはぐらかすような表現をしたのだが、それでもスティングはなんとなく理解してしまったようで、リュージュへの対処が変わる。
元々は慎重な性格のようで、防御主体となる彼の態度を消極的姿勢とみなし、攻勢へ打って出るリュージュだが、巧みに凌がれてしまう。
リュージュが
循環放出を修得したこともあり、一気にブチ込めばかなり巨大化させることもできるようになったが、一定値を超えると限界を迎え、枯れ萎む摂理は避けられない。
すなわち一回植物が暴れ切った土壌はもはやスティングにとって安全となり、同じ地点に留まり継戦するごとに、徐々にリュージュ不利に傾いていく。
循環収束により手足の皮膚に埋め込んだ種で奇襲を仕掛けるという、ラヴァ戦で使った手もスティングには見切られ、文字通り手品の種が徐々に尽きていく。
終いにスティングはリュージュの蔓草を見てコツを掴んだようで、変形精度と速度を上げた石の荊がリュージュの五体を捕らえ、おまけとばかりに大量の槍が彼女の全身を突き刺す。
「ぐうあああっ……!」
なんとか心肺や頭部を避けることには成功したが、諸臓器をかなりやられ、ただでさえ拘束されているところへさらに手足がメタメタだ、血と魔力と再生力を相当失った。
痛い、苦しい。よくよく考えたら、猊下拉致とは関係なさそうなこの男と、なぜここまで真面目に戦わなくてはならないのかがわからなくなってきた。
「約束通り、少し大人しくしててもらうよ」
無力化したと判断したようで、無防備に近づいてくるスティング。
その認識は間違いだとは言えず、リュージュはすでに虫の息である。
実際、両手を完全に拘束される前に、咄嗟にリュージュが取った行動は、ポケットの一つにしまっておいた自作の超速補給ウルトラ高エネルギーレーションを自分の口に咥え込むというものだった。
腹が減っては戦ができぬとはよく言ったもので、大ダメージを予期しての置き回復だ。策であることは看破されたようで、スティングが近づいてきたのは手ずからこれを叩き落とすためであった。
が、すでに必要量を飲み込んだので問題はない。胃が熱くなるのを感じたリュージュは、衝撃に備えて顔をしかめる。
それができなかったスティングは、さぞかし不意を突かれたことだろう。
「………は? は!? なに、こ……れ!!?」
激痛を感じて血を吐いてから、ようやくスティングは自分の腹に刺さっている、ゴン
それはリュージュの腹を突き破って生えたものがスティングをブチ抜いている。悲しいお知らせなのだがこれはリュージュの胃の内壁に根差しているもので、つまりスティングの魔力は今どんどんリュージュに供給される格好となっている。
頃合いを見てリュージュは竜化変貌の鉤爪で植物を剪定、レーションで供給されたスタミナ由来の再生能力で塞がっていく胃の内壁には根が残るが、元々そうだったのでそれでいい。
一方今度こそ魔力を枯渇近くまで吸われてしまったようで、スティングは力を振り絞ってようやく小さい刃物を生成するのが精一杯という様子である。
あまりに頼りない自分の掌からリュージュの顔へと視線を移し、言葉が出ないのか無音で口を開閉するスティング。
一息吐いて余裕が出たので、彼の疑問に答えてみるリュージュ。
「いいかスティング。最初に刺されたときの感覚で、わたしのこの植物が魔力を吸う性質のものだとはわかったはずだ。ではこれをどう用いるのか? 戦闘中はもちろん、敵の魔力を吸うのに用いる。だが日常生活ではどうだ?」
「えっ……まさか」
スティングの眼が、傷穴が塞がったばかりのリュージュの腹に移る。正解だ。
「最近のミレインでは毒を吸って心肺を鍛えるのがトレンドらしくてな。そこから着想を得たわたしは、身体能力以上の不安要素である魔力出力を鍛えるべく、内側から負荷をかけてみることにしたのだ。幸いわたしの魔力は強く内部循環を使わない限り、心臓・脳・肺のサイクル内でほぼ完結している。だから胃に仕込んだ」
最初は一つから始めて、今は合計三つ飲み込んである。
この限定状態を戦闘中に解除するのは難しいが……たとえば臓器をめちゃくちゃに破壊されるほどの攻撃を受ければ、自ずと胃の中の枷も外されるという、起死回生の想定はあった。
今回はそちらは上手くいかなかったようなので、もう一つの方法を使った。つまり飢餓に近い状態からいきなり爆食いしつつ内部循環を行使すれば、胃の周辺に
三つのうち二つは背中側から突き出てしまったが、一つが腹側からスティングに刺さりに行ってくれたので、結果的に形勢逆転に成功したが、策としてはあまりに雑さが目立つ。
要改善だなと独り頷き、体力・魔力ともに満タンのリュージュは、どちらもショボショボ状態のスティングに、改めて宣告する。
「さて……ほぼ無力化されてくれたところ悪いのだが、少し眠っていてもらおうか」
荊の種を握り込み、循環収束で掌から伸びる棘だらけの蔓が、竜化変貌の鱗の上から、リュージュの腕へさらに巻きついて装甲していく。
対するスティングは寸鉄一つ握りしめ、それでも闘志を失っていない。
ならば全力でかかるのが戦士の敬意だろう。
リュージュは容赦なく荊の連打を浴びせる。
全身血だらけで吹っ飛び、壁に叩きつけられ亀裂を走らせたスティングは、やがてゆっくり倒れ伏し、痙攣した後動かなくなった。
「……ぶはっ! 危なかった……なんなのだこいつは……」
止めていた息を吐き出したリュージュだが、すぐに気持ちを切り替えて踵を返す。
「あー働いた……いつもならもうサボっていいところなのだが……スティングから注入されたやる気がまだ残っている。まったく傍迷惑な男だな!? まだわたしを動かす気なのか!?」
投げた問いにもちろん答えはない。
リュージュは先を急ぐことにした。
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