第508話 今ここで使うには贅沢なクソコンボ

 リュージュと別れたオノリーヌはブラコンとしての本能に従い北上したが、結果的にそれが功を奏した。

 息を切らして走ってくるエルネヴァと、真っ先に再合流できたからだ。


「エルネヴァ……♡」

「オノリーヌさん……♡」


 なんとなく雰囲気で抱き合う二人だったが、唐突に我に返る。


「……いや、別にわたしと君はそんな仲良くもなかったね」

「ですわね。金髪の女、くらいしか共通点ないですわ。それよりも……」


 エルネヴァの冷静な報告を聞き終わり、オノリーヌの危惧はますます深まった。


「やはりか……しかしだからこそ、おそらくはすでに戦闘になっている。わたしがブラコンとして結界内に飛び込んだところで、足手纏いにしかならないと見た」

「さすが自覚しかないブラコンは一味違いますわね」

「だろうとも。なのでここはわたしと君で他の終点を確かめて回るべきなのだよ。まだうちの弟が当たりを引いたと確定したわけではないのだからして」

「それは構いませんが……戦闘要員さんたちと再合流したいものですわ。この上あなたとわたくしが拉致されたなどとあっては、目も当てられませんもの」

「そこに関しては当てがある。だからとにかく我々は……」


 みなまで言い切る寸前で、近くの屋根の上から、バカ丸出しの声が降ってきた。


「ヒャーッハッハッハ! どうした、もう息切れか!? 鍛え方足りてないんじゃねぇの!?」


 オノリーヌとエルネヴァではない誰かを挑発している、赤毛に赤マフラー、全身タイツの男……あれは確か往きの馬車を襲撃してきたスピード自慢ではなかったか?

 ひとしきりゲラゲラ笑った盗賊の若い長は、やがて二人に気づいて近寄ってくる。


 追い剥ぎを試みようという雰囲気ではない。かと言って女子に慣れていない感じでもないのだが、男はやけにまごついて、いかんとも言いがたい複雑な感情の匂いを放ってくる。

 やがて意を決したようで、慎重に話しかけてくる。


「よう、お嬢ちゃんたち……なんだか困ってるようだが、俺なら力になれるかもしれねぇ。今、どういう状況か訊いてもいいか?」


 ナンパとしても下手くそだが……確信した。こいつは今の状況について、間違いなくなにか知っている。伝える気はあるのだが隠している部分がある。さしずめ……敵の中の裏切り者、といったところだろうか?

 たまには生まれ持った小綺麗な顔面を役立てようと、オノリーヌはにっこり笑いつつ、こっそりエルネヴァの背中をつつく。お嬢は察しが良く、即座に倣ってくれる。


 金髪美少女二人(純粋な客観的評価)に微笑まれた変質者は、素直にデレッと頬を緩めた。平時に会えば嫌いなタイプではないが、ここは油断させる必要がある。


「そうだね……わたしたちは今」

「うんうん、なんでも言って?」


 一足で二階の屋根に跳び乗り、抵抗されないように優しく抱きすくめようとしたオノリーヌだったが……予備動作の時点で勘づかれていたようで、一瞬で距離を取られてしまった。


「……君を捕まえて話を聞こうと思ったのだけれど、無理そうだね」

「バーカバーカ、その手に乗るかよ! あいつの姉貴にしちゃ、ずいぶん体が鈍ってんな!?」


 聞き捨てならない言い草だ、デュロンの身内だとわかって決め打ちしてきていることになるではないか。

 対処を思案し始めたオノリーヌのところへ、疲労困憊の聖騎士が辿り着く。


「ゼェ……ハァ……あ、あのガキ……!」


 メリクリーゼに労いの言葉をかけた後、取るべき方針を話した。




 たまたま足が向いた方角にそのまま突っ走るヒョードリック。

 街並みは五年前から変わっていない、西だと体感で理解する。


「いっ!?」


 わざわざ屋根から降りるまでもなく、自ずと危険を察知した。

 地面から大量の石槍が伸びてきたかと思うと、巨大な蔓草がそれを抑え込む。


 誰だか知らんが関わるとろくなことになるまい、南へ進路を変えてひた走る。

 爆速の脚は景色を吹っ飛ばし、すぐに街の南端へ至る。


「はぁ!?」


 今度は青い炎と水の塊が正面衝突していた。この攻撃規模はなかなか見たことがない、すぐさま河岸を変えるべきと見る。

 ならばと東へ疾駆すると、ようやく目当ての顔を見つけた。黒髪黒眼の吸血鬼だ、なんとか彼女に話をつけよう。


「…………」


 だがヒョードリックは絶句した。彼女と赤紫色の髪の女の子が逃げ惑うすぐ後ろの地面に、巨人の腕でも振り下ろされたような衝撃が走ったからだ。

 あいつら一体、どんな怪物を怒らせたんだ? 確認する気にもならない、一路北へと行き先を変更する賢い豹。


 どうせまたバカが暴れているだろうと思ったのだが……予想に反して、北には特になにもない。普通の祓魔官エクソシストに見つかって、普通に追いかけられるだけで終わった。

 金髪野郎はどこにいる? やはり闇雲に探すよりは、さっき会った姉と思しき、髪と眼の色が同じ女に協力するしかないのではないか?


 消極策に至ったヒョードは、元来た場所へ戻っていく。

 だが状況はすでに変わっていた。


 少し先の屋根の上に立つ影。

 視線が合った瞬間に得た嫌な予感は、寸毫も裏切られることがなかった。


「ッ!」

「……なるほど、反応も速いか」


 咄嗟の部分変貌で生成した鉤爪で、なんとか受け止めた斧の刃から、振るう相手の顔へ眼を移していく。

 暗褐色の髪に暗緑色の眼、赤い帽子に陰気な表情、左頬に火傷痕。


 空間踏破に怪力に冷酷に凶暴……もういい、わかった、たくさんだ。これが赤帽妖精レッドキャップでないなら、糞を転がしたってフンコロガシじゃない。


 だが差別は良くない、どんな種族だって社交的な奴はいる。

 精一杯の笑みを浮かべて、ヒョードは対話を試みる。


「俺が味方だと言ったら信じるかい?」

「なるほど、一理ある」


 とか言いつつ逆の手で腰から抜いた杖を振るってくる。避けてなきゃ頭がパーンだ。

 議論の前に半殺しにするのが連中のマナーのようだ。マジで死ね。いや、殺す。


 あいにく、こいつらの対処法は知っている。正確には空間踏破能力の欠陥をだが。

 数撃避けて距離を取ると、案の定、その種族能力で間合いを詰め直してきた。


「格好の」


 だが今度は肉薄を許さない。赤い帽子が弾け飛び、妖精さんはなにもない空中から地面へと落下していく。


「餌食! だっ! つー! の! バカが!!」


 いくつか例外的なケースはあるようだが……基本的に赤帽妖精レッドキャップの種族能力である空間踏破高速移動は、遮蔽物があると発動せず、移動途中で被弾すると移動が中断する性質がある。

 発動条件が「相手と視線を合わせること」なので、逆に言えばヒョードの側からも「来る」とわかるため、とっさに〈爆風速砲ブラストラピッド〉で迎撃すれば、都度ことなきを得るという寸法だ。


 また飛んできたら撃ち落とせばいいだけなので、死んだかな? と地面を見下ろしたヒョードリックは……ギョッとした。

 街路で立ち上がったギデオンは、傍らに立つ人物の左手首を無造作に掴んでいる。


 そうだ。赤帽妖精レッドキャップの高速移動は他者ひと物資ものを帯同・牽引できると聞いたことがある。

 だからといって機動や射程に難ありのメリクリーゼを、空間踏破で運搬するのは反則だろうが!?


 疫病神と目が合った、間髪入れずに二人まとめて飛んでくる。

 ありったけの〈爆風速砲ブラストラピッド〉をブチ撒けるも、光の剣先が描いた星座に巻き込まれて消えた。


 弾幕や掩蔽を弱点とする空間踏破に、なんでも斬り裂く〈観念具現イデアアバター〉のコンボはクソすぎる。

 一瞬で至近まで到達されるが、肝心のメリクリーゼは光の剣を振り切った体勢だ。


 必然的に赤帽妖精レッドキャップが左手で攻撃してくるのだが……斧でも杖でもなく素手の握り拳。

 勝ったな、と今度こそヒョードリックは確信した。


 魔族の中でも猫系獣人相手の肉弾戦は難しいとされている。関節の可動域が広く体が極めて柔らかいため、掴んでから攻撃まで一瞬以上かかる組み技(投げ・極め・絞め)はまず簡単に躱せるため通用しない。

 対して即時のダメージを与えられる打撃なら通るのだが……今こいつらはヒョードの捕縛を目的としている。力任せに殴って吹っ飛ばし、勢いそのまま逃げられるのは本意でなかろう。


 さあ、どう来る? ともはや余裕で受けに回るヒョードに対し、赤帽妖精レッドキャップは顔面への突きを選択。

 単純バカでなによりだ。打撃のインパクトに合わせて後ろに跳んで威力を殺すというのは、人間時代には理論的に可能なだけだった技術だが、人豹ワーパンサの体なら充分実戦の範囲に属する。


「……?」


 筋肉バカ相手にカウンターを狙うより効率的だし、昔散々練習した……のだが。

 自分の頬に触れた拳の、運動方向が変化するのがわかったときにはもう遅い。


 普通の投げ技なら着地姿勢の制御で済む。

 極め技や絞め技なら抜ければ終わる。

 頭を掴んで振り回されそうになっても、脚で相手の体を掴んで位置を入れ替えればいい。

 だが顔面をブン殴られている最中に、さらにそのまま下に叩きつけられられようとしていることへ対処するのは難しい!


「ゴッホ!!」


 直後に気絶したため、陥没したのが屋根だけで済んだか、自分の頭蓋骨にも至ったのかを、ヒョードリックはすぐに知ることができなかった。




「捕らえたようですわね……オノリーヌさん、あなたの采配のおかげですわ」

「さてね。女王クイーン騎士ナイト歩兵ポーン一体を止めたのだ、差し手は相当な下手くそと言えるね」


 自嘲する人狼は確保した人豹を尋問するが、全身タイツの変質者は、本当になにも知らないらしい。

 仕方ないので彼の身柄は教皇の黒犬に預けるとして、四人は善後策を練る。


「なにやら方々で戦闘が起きているようだね。ヴィクターの仲間たちが妨害しているのかも」

「すまない、またしても不肖の従弟が……」

「いや、メリクリーゼ女史のせいでは……と、これは前にうちの弟が言ったはずだね」

「俺にとっても元相棒だが、いずれにせよ対処しなければならん。俺はひとまず東へ向かう。ヒメキアは俺を喚ぶことを忘れているか、喚ぶこともできない状況にあるのかもしれん」

「頼みますわ。あたくしとオノリーヌさんは、南の終点を調べてみます」

「なら私は北だな。オノリーヌくん、安心してくれ。私の〈観念具現イデアアバター〉なら、その結界がどんな性質だろうと構わず斬り開ける。デュロンくんが出てこられなくなるという事態だけは回避できると保証する」

「頼もしい限りであるからして、それでは……改めて皆の武運を祈るのだよ!」

「うむ!」「ああ」「ですの!」


 再び散開する前に、オノリーヌがギデオンに言伝を耳打ちするのを見ていたエルネヴァは、オノリーヌとともに走り出した数歩後……ふと気づいたことがあり、口にした。


「あの、又聞きの情報に基づく上に、いまいち確度の低い話なのですけど……」

「なにかね?」


 エルネヴァの話が終わると、膝を叩くオノリーヌ。


「言われてみれば、確かに……失念していたのだよ」

「ギデオンさんを喚び戻しますわ?」

「……いや……結界の性質がそれらと同じとは限らない、メリクリーゼ女史にお任せするのがやはり確実だ。ギデオン自身かソネシエがそのことに気づいてくれるかもしれない、ヒメキア含めて任せよう。わたしたちはひとまず南から済ませるのだよ!」

「西もまだですわよね?」

「ああ、しかしリュージュに任せてきたので、わたしがあんまり早く蜻蛉返りすると、彼女の士気を削ぎかねない。大丈夫、あっちはすぐに決着がつくと見ている! それより……」


 言わずとも濁した先がわかる。

 どことなく不穏な気配がする。

 南へ向かったレミレとイリャヒは大丈夫だろうか?

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