第504話 ゴングが必要なら鳴らしてやるぜェ
ゾーラの隠し地下通路から、地上へ顔を出すヒョードリック・ドガーレだったが、ちょうどゾーラの
しかし相手にとっても予想外だったようで、判断しあぐねる様子で喚いてくる。
「なんだお前は!? そこに直れ!」「こいつ、何年か前まで騒がれていた、〈怪盗ドガーレ〉じゃないか?」「この全身タイツの変質者が? ただの変態なんじゃ?」「いや、もし本物なら捨ておけん」「待て、黒のローブは出てこないって話だったろ?」「ウォルコやファシムとは関係ない一般通過黒ローブかもしれんだろう」「だとしたら尚更検めるべきでは」
なんだか知らんが、ヒョードとしてはやりやすい。
とりあえず渾身の煽り顔を披露しておく。
「ヘイヘーイ、
「あっ、こいつ!」「生意気な」「殺す」
「やれるもんならやってみな! ウェーイ!」
「逃げたぞ!」「腹立つな」「なんか知ってるかもしれん!」「引っ捕えろ!」
だから、やれるもんならやってみろと言っている。五年前まで鳴らした怪盗の名は、騙しやトリックで培ったものではない。
「小癪な!」「追い詰めたぞ!」
跳び乗った長い屋根の上で、すでに前後から挟まれつつある。さすがに優秀だ、そこは変わっていない。
つまりこの程度、昔から対処してきたという意味である。スピード命のヒョードだが、固有魔術もそのモットーに準じている。
「食らいな!」
識別名を〈
秒間数発の連射が可能で、弾速は少なくともヒョード自身のトップスピードより上だ!
「ぐあ!」「くそっ」
前方に立ち塞がる
それを何度か繰り返していると、やがて全員振り切ったようで、追っ手の姿はなくなった。
着地して汗を拭うヒョードは、久々のゾーラ市街を見回す。
「懐かしいな……とも言ってられねぇ。さて、ひとまず目的の……」
「……おい、そこのお前」
急に呼ばれて振り返ると、長い銀髪の女と、長い朽葉色の髪の巨漢が、殺気立った顔で近づいてくるところだった。
さっきの
「怪しいな、何者だ? どこから跳んできた?」
「んえ!?」
まずい。服装からしてたぶん彼女がグランギニョル枢機卿お付きの
「ま、待ってくれ! 俺は旦那方……」
が、言いかけて途中で自分の口を塞ぐ。ちょっと待てなのは、ヒョードの方だ。ウォルコとファシムの名前は絶対に出すなと……違うか、あれはゾーラの
という具合に、ヒョードは思考自体は速い方なのだが、なにぶん決断が遅い。一瞬の逡巡を悪い意味に取られ、一気に雲行きが悪くなる。
「なにか知っているのは間違いなさそうだな。尋問は慣れていないのだが、やってみるか」
「迷うこたァねェぜ、メリクリーゼ。こいつァ見るからに悪党のツラだ、俺にゃァわかる」
二人は揃って戦闘態勢に入る。聖騎士は光の剣を生成し、巨漢は全身に金属装甲を纏う。
この街で盗賊をやっていた当時もそうだが、盗賊の分隊長をやっている最近も、ヒョードは情報収集を欠かしたことはない。
あれ……よく考えたらこの銀髪碧眼の聖騎士って、つい最近までゾーラにいた、ゾーラで〈最強の剣〉とか呼ばれてたメリクリーゼ・ヴィトゲンライツじゃね? なんでも斬る魔術でお馴染みの、次期〈四騎士〉次席候補と名高い。
そんで、横にいるデカブツってもしかして、最近ゾーラに〈銀のベナンダンテ〉として飛ばされてきて、今ゾーラで〈最強の鎧〉とか呼ばれてるっていうギャディーヤ・ラムチャプなのでは? 可逆性の銀合金装甲とかいう、本来魔術理論的に有り得ない絶対防御を実現してるって噂の。
もしかして普通に戦ったら即詰み不可避の、最悪な二人に敵視されつつあるのでは……?
ギンギラ眩しい死の輝きを目の当たりにしたヒョードは……本能に従って全力で逃走した。
「あっ!? 貴様、どこへ行く!?」
「悪いようにゃァしねェからよォ、神妙にしろやァ!!」
「ひぃぃぃいいい! やなこったぁぁぁぁ!!」
あいつらに身を委ねるのは、ちょっと色々な意味でリスクが高すぎる。
それよりは顔もハッキリ近くで見て覚えている、あの金髪のガキを探した方が確実だ。
「どこだ、狼野郎!? できればそっちから来てくれ! 狼が来い!!」
一度は恨んだあいつに対し、こんな気持ちになるとは思わなかった。
同じ頃、市内某所。エルネヴァは嫌な気配を感じ、とっさに口が動いていた。
「デュロンさん、あたくしの右側を歩いてくださいな!」
「ん? お、おう」
訝るのは同行者である彼だけでなく、エルネヴァ自身もだったが、彼女はそれがなにに基づいた措置なのかを、遅れて自覚した。
今、エルネヴァが行動の指針としている『
いわく、他者を探しているときほど、自分が苦手な相手に見つかりやすい、と。
エルネヴァ自身が狙われている可能性もあるのだが、直観に従った彼女がデュロンを屋根の下に隠れる位置取りに導くと、右上方から向けられていた視線は、関心を失って外れたように思う。
「わりーな、気づかなかった。こういう都会は特に、道の端が汚かったりするもんな」
「あ、いえ、そういう理由ではないのですが、その……」
配慮は的外れだが、素直に言うことを聞いてくれるのは助かる。
ひとまず冷や汗を拭って、エルネヴァは再びアクエリカの痕跡を辿った。
一方その頃、近くの屋根の上。
「あれっ、おかしいな……あの野郎のムカつく金髪頭が見えた気がしたんだが……全然違う縦ロールの女じゃねぇか。チッ、他を探すか」
ジェドルはしかめっ面で、明後日の方向へと駆けていった。
数十秒後。今度は背後から嫌な感じがしたので、エルネヴァが振り返ると……一ブロックほど後ろから、緑のローブを着た長髪の男が、陰気な表情で足早に迫ってくる。
かなりの長身、左額に一本角。
「デュロンさん、少し遠回りになりますけど、こっちの道がいいですわ!」
「えっ。そ、そうか」
無理矢理腕を引っ張ると、やはりついてきてくれる。適当に路地をグネグネ曲がって進み、元の進行方向に戻ると、どうやらアクエリカの痕跡を見失わずに済んだようで、得心顔で振り向くデュロン。
「お嬢すげーな、行き止まりを回避したのか。確かに一回ゴタついちまうと、なんかわけわかんなくなっちまうことあるからな、助かるぜ」
「あー、うーん、ええ、そんな感じですわ」
彼らが相手なら少し家を何軒か隔てた程度で誤魔化せる可能性が高い。
デュロンが魔力ゼロの人狼で、エルネヴァが魔力出力が低く魔力の印象が薄いとされる頭脳系なのも功を奏したかもしれない。
誰だか知らないが構っている暇はない、再び先を急ぐ。
一方その頃、路地の向こう側。
「あれ、デュロンくんを見つけたと思ったんだけど、気のせいだったかな? 別に強いて当たりたいわけじゃないけど、実際戦ったら勝てるのかな……ああ、憂鬱だ……でも仕事しないと」
そのままブツブツ呟きながら、スティングはどこかへ去っていく。
さらに数十秒後、今度は出会い頭に遭遇してしまった禿頭の巨漢に、今度こそエルネヴァはなんとも対処できなかった。
十字路の真ん中で対峙する二人をどうにもできず、デュロンの手振りに従い数歩下がる。
「よー、ウーバくん……遊んでやりてーところだがよ、今ちょっと忙しいんだ。後にしてくんねーか?」
「それ、できない。おれ、おまえらの、じゃまする。それがヴィクターの命令」
「律儀に答えてくれてありがとよ。くそ、あの野郎……有力枢機卿たちへの襲撃を繰り返してたのも、枢機卿たちに午後の会議開始まで宿に籠らせ、この状況で紛れを起こさせねーための仕込みかよ……」
「おれ、難しいこと、わからない。おれ、ただヴィクターの命令に従う」
まずい、超単純ゆえに引っ掛けやハッタリの通じないタイプの相手だ。口先で丸め込もうにも、聞き入れてくれる余地がない。
焦れるエルネヴァとデュロンだったが、解決策はすぐに降って湧いた。
「どっせェい!!」
「おうっ……!?」
巨漢の横合いからそれ以上の巨漢が突進してきたかと思えば、それは先ほど別れたギャディーヤだった。
禿頭の巨漢は馬車に撥ねられたように吹っ飛んだが、すぐに体を起こしてくる。
「だ、旦那……!」
「おォ、さっきぶりだなァ、デュロンにお嬢ォ。怪しい奴を追っかけてたんだが、どォせ俺様の足じゃ追っつかねェ、メリクリーゼに任せるとすらァ。それよりおめェら、ここァ俺に任せて、早く行きな」
ゴギィィン! と超合金の拳を打ち合わせて、ギャディーヤは頼もしく豪語する。
「想定よりゃ一年ほど早ェが、有言実行といかせてもらうぜェ。お前の邪魔をする奴ァ、俺がブッ飛ばしてやんよ」
「おれ、ウーバくん。お前らの邪魔する、おれたちの任務」
超至近距離で対峙する二人の間には、もはや余人には入りがたい圧力が生まれている。
エルネヴァがデュロンを見ると、彼は軽く頷き、二人は巨漢たちの横を一気に走り抜けた。
「助かる! 任せた!」
「お、お任せいたしますわ!」
返事の代わりに背後から、重々しい打撃音の応酬が響いてきた。
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