第503話 護神の必要などなきゆえに

「いねぇな……」

「いないざんすねぇ……」


 一昨日に市内某所でアンネが目撃されたと聞いてから、ジュナスとゲオルクは暇を見つけて彼女を探しているのだが、〈無貌の影〉と称される隠密潜伏能力は伊達ではなく、一向にその身柄を捕らえることができないでいる。


「もしかしてもう、市内から出てるってこたぁねぇか?」

「だ……だとしたらジュナス様のお手を無駄に煩わせた罰をあいつに与えにゃならんざんす! どこだアンネ、出てこいやぁ!」

「あーまためんどくさくなってる……お前さ、ほんとに俺を尊敬してくれてるなら、まずそのめんどくさい感じをやめにして……」

「いるーっ!!? ジュナス様ーっ!!!」


 ヤバい……チラッと頭に浮かべたのがまずかったかもしれない。

 そういえば前に読んだ『他者ひと探し大全』という本にも書いてあったっけ。


 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているように……尾行する者が二重尾行に遭いやすいように……他者ひとを探しているときほど、自分が苦手な相手に見つかりやすい……得てしてそういうものなのだという。

 アンネを見つける前に、ジュナス自身がめんどくせぇ奴に見つかっちまった。


「います、おられる、おわします!! おられるおられる超おられる! ああ愛しのジュナス様! あなたが下僕にしてくださったから、わたしは天使と呼ばれているのに、あなたの元へ馳せ参じることができなかったら、意味がないじゃあありませんか! どうもー、いつでもいつまでもあなたのそばにいる、あなたのエンジェルー、オスティリタ、でーす♡♡」

「ここまでワンセットの挨拶!? 重いし長いし指向性高すぎんだよ、圧で死ぬ!」


 その後もひとしきりジュナスへの賛辞を述べていたオスティリタだったが、ふと額に影が差し、眼をカッ開いて恫喝を始めた。


「ときに〈黒騎士〉ゲオルク・モルク、今からあなたの異端審問を始めますがよろしいですよね?」

「ちょーっと待った、アタシは無罪確定ざんす。ジュナス様はミレインにおられると聞いているとか、ゾーラにはおられないと思うとか言いはしましたけどね、保証するとは言ってなかったはずざんしょ」

「異端はみんなそう言うんです! あなたが適当吹いたせいで丸二日近く無駄にしたんですよ! もし許されたいのならば、今すぐジュナス様が万全のお力を振るえるようになられる策を献じなさい!」

「まーたこいつは無茶を……それができりゃあ苦労はしないって話ざんして……」

「おうおう、今まさにそれをよ、次期教皇と、そいつに雇われたヴィクター坊ちゃんの一味が叶えようと頑張ってくれてる……はずなのよ。だから俺たちは黙って待つべき……」

『いるよ』


 はた、と三人が集めた視線の先には、ころんころんのアルマジロがいて、ジュナスやゲオルクが止める暇もなく、破壊天使を嗾ける。


『今このゾーラ市内に、無限の魔力を持ってる女の子がいるよ』

「あっ、ちょ……」

「無限の魔力!? 本当ですか!?」

「待て待て待て!」

『本当だよ。彼女の力を借りれば、僕らの救世主はすぐ元の無敵にぐむ』


 ゲオルクが慌てて風の魔術でアルマジロの口を塞いだが、もう遅い。

 ジュナスが恐る恐るオスティリタを振り向くと、こめかみに指を当てて唸っている。


「魔力感知全開発動ーっ!!」

「こいつ感知能力すら怖いざんす」

「言ってる場合か!? 止めめめめめ」


 オスティリタの能動念波アクティブソナーは強すぎ、近くで浴びているだけで眩暈めまいがする。

 ジュナスとゲオルクが道端にゲロを吐いてる間に、オスティリタは行動を決めていく。


「むむっ、確かにいますね、無限魔力ちゃん! この赤紫のオーラの子ですね! ちょっと行って踏ん捕まえて、偉大なるジュナス様に命と尊厳捧げちゃってもらいましょう! この子も本望なはずいやそうに違いない! ではまた後で!」


 即断即決、嵐のように飛び去る全裸羽衣女を漫然と見送った後、ようやく悪心から立ち直ったジュナスは、同じく地面に這いつくばるゲオルクに話しかけた。


「おい、やべぇ……マジでやべぇって……もうお前の妹は俺がどうにかしとくからよ、あいつ首根っこ掴んできてくれ! 救世主ジュナスが、ジュナス教会と本格的に敵対するとか……冗談にも限度があるだろ!? なんであいつはいつもいつもああして一足飛びなんだ、物事には手順ってもんがあんの知らねぇのかよ!?」


 ゲオルクは化粧の下の表情をいつになく引き締め、端的に返事した。


「御意……必ず!」


 ジュナスは竜巻を纏ってオスティリタを追う彼の背中から、足元に眼を移して笑みを浮かべたが、自分でも頬がヒクついているのがわかった。


「ジョヴァンニくぅーん……! 相変わらずだなてめぇは、その舌引っこ抜いてやろうか!?」

『この子は罪なきアルマジロだ、虐待はやめていただきたいね』

「うるせぇァー! よりによってあの盲信バカを煽動しやがって、余計なこと企んでんじゃねぇよ! 俺の使い魔にも聞こえてきてんぞ、どうせアクエリカ攫ってんのもてめぇの差し金だろ! いや、裏で糸引く黒幕と見たね!」

『ご明察ですとも。彼女が午後の会議にほんの少し遅れるだけで、我々〈護教派〉がジュナス教会の主流となるべき手筈が整っている』

「なにが我々だ、てめぇはレオポルトの尻馬に乗ってるだけだろうが。てめぇは神を信じても疑ってもいねぇ、ただ利用できるかを見極めているだけだ。トビアスのがまだ敬虔な方だぜ。てめぇは根っから政治屋タイプの枢機卿だと、もうとっくにわかってんだよ!」

『心外だなあ……だがここは心外ついでにもう一つ、失礼を働かせていただきましょう』


 迫る足音がジュナスを囲むが、今度は一昨日のような一般の祓魔官エクソシストたちではない。

 ベニトラ・ドーメキ、グレアム・ダイアローズ、ゴルディアン・アックスフォルド。〈四騎士〉を除く聖騎士パラディンの中でも、ほぼ最高峰と呼べる三人を寄越しやがった。


「……ちょっと早計なんじゃねぇの、ジョヴァンニくん?」

『おっしゃる通り、まだ〈護教派〉がジュナス教会の実権を握ったわけではありませんが……それも時間の問題かと』

「そうじゃねぇよ。まさかこんなひよっこ三人きりで、この俺を仕留めるつもりだとしたら、舐めた話だなっつってんだ」

『無論そこまで楽観はしてませんとも。午後の会議の冒頭で、聖下が回勅を表明してくださったら、おそらく議場でヴァレリアンくんが暴れ出し、どっちらけになるだろうね。そうしたらもう議論どころじゃなくなる。

 この場の三人はあくまで足止め。帰趨が決したらあなたの相手をさせていただくのは、レオポルト・バルトレイド、トビアス・グーゼンバウアー、ジョヴァンニ・ステヴィゴロの三人だ。覚悟してもらいたいね、


 聖騎士三人が戦闘態勢に入るのを確認しながら、アルマジロは灰色の吸血鬼野郎の、心にもない言葉を代弁する。


『ああ、神よ、どうかあなた様を試す不信心をお赦しください』

「〈恩赦〉なら……」


 ジュナスの方も、勢いよく上着を脱ぎ捨てて啖呵を切る。


「……すでに与えてある。おかわりは不可だ。乗り越えてみろよ、この分水嶺を!」

『おや、勘違いは良くない。我々にとって君を倒すのはあくまで通過点だ。ヴァイオレインが放った刺客がアクエリカを殺せるとまでは期待していないさ。僕にとっての主敵は、いつでもアクエリカだ。端役は御退場願いたい』

「ガンガン本性出してくるじゃねぇの。だが、通過点だってのはこっちも同じだぜ。相手が〈四騎士〉ならいざ知らず、この程度のメンツで神の魔力を消費させられると思ったら大間違いなんだよ」


 バキボキ、と拳や首を鳴らすジュナスの様子から、察して驚くジョヴァンニくん。


『……まさか準四騎士級のその三人を、生身の肉弾戦のみで退けるとでも?』

「原初にして最強の祓魔官エクソシストと呼ばれる存在が、肝心の腕っ節がヘボヘボだったら、後輩たちがガッカリするだろ。そら、稽古をつけてやる。まとめてかかって来いよ」


 面倒なことになってきたが、この機会に神威ってヤツを示せるなら、ジュナスとしては悪い気はしなかった。

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