聖都決戦、一年早い前哨戦
第502話 考えを巡らせる楽しみ
セルゲイ・ダルマゲバはタチアナの兄、アズロラ・ソノブラムはドヌキヴ・ナバリスキーの
二人が山を下りて職を求めたのももう五年も前のこと、ゾーラの
今、二人は他の同僚たちと同じく、これから起こる事態に備えて、市内某所で警戒態勢に入ったところなのだが……。
「挨拶くらいしてきたら?」
「……誰にだ?」
出し抜けに言い出した声にセルゲイが答えると、アズロラは、にひ、と笑って告げる。
「とぼけちゃってまた、この堅物くんはさー。そこリューちゃんが通るの見てたでしょ? 五年前とは見違える凛々しさで、思わず見惚れちゃったのかな?」
「知らん、気付かなかった」
「手紙だとあんな素直になれるのにねー。タチアナちゃんを落ち着かせてくれた件だけでも、直接お礼を言うべきだと思うけどなー」
「だから
「逆かもよ? このままマジで教会が分裂しちゃったら、もう話しかけるチャンスすらなくなるかも」
「仮定が……」
間違っている、と断言しかけたセルゲイだったが、自らの立場を鑑みて、より中立で当たり障りのない表現に変えた。
「……それは、リュージュたちの敗北を前提としている。尚早な懸念と言わざるを得ない」
「なに冷静ぶってんの!? なに冷静ぶってんの!? 小さい頃からベッタベタに惚れ散らかしてるくせにさ!」
「痛い、蹴るな……前から思っていたがお前はいったいどういう立ち位置なんだ。戯言はこのくらいにしておいて、今からの業務内容を確認するぞ」
「もー、意気地なしだなー」
「はいはい意気地なし意気地なし。まず黒服は先ほどのように、ゾーラ、ミレイン問わず全部スルーする。市民たちは屋内に避難させているとはいえ、外を見るなとも言えん。
不貞腐れたアズロラは壁に落書きしているので、聞いているのかどうだかわからないが、気にせず話を続けるセルゲイ。
「次に、緑のローブもやはり見過ごせ、という指示が出ている。数日前から市内をうろつき、素性の知れぬ連中だが、尻から甘い汁を出すのなら、俺たち働き蟻は攻撃しない」
「黒のローブは?」
いちおう聞いてはいたようで、問い返すアズロラに、セルゲイは簡潔に結論を述べた。
「お前が昨日見たという、あいつらだな。黒のローブは出てこないので、対処は不要というのが、ステヴィゴロ枢機卿の見解だそうだ」
「……やられた。こういうことだったか」
同じ頃、ならず者たちがたむろする地下酒場にて。頭を抱えて呻くファシムの様子が理解できず、ウォルコは勢いよく席を立つ。
「なにを悩むことがあるんだ……アクエリカが攫われたんだろ? デュロンたちも動いてるはずだけど、俺たちもこっそり加勢に」
「ダメだ、待て、やめろ。ステヴィゴロがわざわざメルダルツに言伝を授けた意味を考えろ。ひとえに我々が従わざるを得ないからだ」
いまいち得心がいかないながら、椅子に座り直したウォルコを、ファシムは辛抱強く諭してくる。
「いいか……昨日と一昨日の俺たちは、来年に予期される教皇選挙におけるアクエリカの有力対抗馬を襲撃していた。これがアクエリカに利する行動かと言えばまあそうだが、格別なんの証拠にもならず、白を切れる範囲ではある。
だが、アクエリカが攫われ行方不明になっているというこの状況下で、ホイホイ地上に出てウロついてみろ。俺たちはそこでなにをしていたのかという問いに対して、正直な答えとして成立するのは」
「アクエリカとなんらかの形で接触しようとしてました、ってことだろ? それはわかってる。だからといってなにもしないわけにいくか!? このまま殺されるかもしれないんだぞ!?」
「わかっている……だから善後策を練っているのだ、もう少し待て、お前も考えろ」
ファシムに八つ当たりしても仕方ない。神経逆立つウォルコの耳に、呑気な同席者らの声が入ってきた。
「大変だね君たち」
「ほんと大変っすね、旦那方」
と思っていたら、ふとファシムが顔を上げ、苦肉の策が浮かんだ様子で口を開いた。
「ヒョード、お前ちょっと行ってこい」
「ぶっ!?」
思わず紅茶を吹き出す彼だが、なるほどウォルコにも妙案だと思えた。
「仕方ないだろう、メルダルツでは暴れて破壊するしかできん。今求められる技能はそうではない、機動力を活かした情報収集だ。
なにもアクエリカを救う英雄になってこいと言っているのではない。居場所を突き止める、まで行くのが理想だが……デュロンたちに多少助力する程度でいい。お前が場の趨勢を変えるのだ、成功したら報酬は弾むぞ」
「え〜!?」
「そう、ただし俺やファシムの名前は絶対出さないこと! お前はあくまで通りすがりの元怪盗ドガーレだ、気まぐれの風に吹かれてたまにはいいことしちゃおっかなーって魔が差した的な設定でさ……頼む! 冗談抜きで俺たちの未来は、お前にかかってるかもしれない!」
「えええええ!?」
呆気に取られるヒョードリックだったが、やがて苦笑気味に了承してくれる。
「ま、どーにも俺にゃ拒否権はなさそうだし、拝命しますよ……ってのは建前でね。もとよりゾーラの
「助かる! あとその子らの姉と兄と、灰紫色の髪の子と、それから赤紫色の髪した俺の世界一かわいい養女!」
「バカの親バカが爆発しすぎだ……すまんな、ヒョード。護衛チームはその六人だが、あとは長い銀髪の女と金髪縦ロールの少女も同行している可能性がある、彼女らも味方だ」
「うっす」
「レミレとギャディーヤ……は、ちょっと微妙かな。一緒にいたら味方なんだけど……まあ、とにかくその八人だね。状況聞いて帰ってくるだけでもいい、ファシムの使い魔ちゃんも役に立つけど、得られる情報が限られてる」
「了解です! そんじゃ一っ走り行ってきます、大人しく待っててくださいね!」
言ってくれるぜ……とその後ろ姿を頼もしく見送るウォルコだったが、わずかに生じたその余裕も、次の瞬間に雲散霧消する。
ヒョードリックが抜けていった通路とは反対方向から、いささか閉塞感の否めないこの地下空間へ、にわかに「死」の気配が立ち込めて、鼻を突くのを理解せざるを得なかった。
やはり同じ頃、ヴァイオレインから使い魔を通してゴーサインを受け取ったヴィクターは、隠れ家に集った仲間たちへ、簡潔極まる指示を出す。
「仕事の時間だぜ、お邪魔虫ちゃんたち。引っ掻き回してくれちゃって♫」
「ヒャハ! 任せな! 相手を決められるわけじゃねぇけどよ……俺ぁデュロンのクソ野郎と再戦してぇなぁ!」
「お、おれも、デュロンってやつに殴られた。できたら、殴り返したい」
「おっ、ウーバ、気が合うじゃねぇか」
「やれやれ、大人気ねデュロンくん。でも彼を袋叩きにしてる間に、他の子たちに抜けられたんじゃ意味がないわ。空いてる相手がいたら、わたしが適宜当てていくからね」
「わかってるよ。おらスティング、お前いつまで落ち込んでるつもりだ、さっさと行くぞ」
「うう……俺はほんとダメ……ミレインの若手エース級なんかに当たったらやられちまうよ」
「と言いながら、足は前に進んでるのが真面目よね……じゃ、行ってくるわよ、ヴィクター。あんたもちゃんと仕事しなさいよね」
「おっけー、行ってらっしゃい」
ヒラヒラと手を振り見送るヴィクターのところに、珍しく最後まで残っていたパクパブが、無表情で静かに尋ねてくる。
「好きにして、いいんだよね?」
「いいとも。そう言ったはずさ」
「わかった……わたしも行くね」
背中で言い置いた彼女は、振り返らずに出ていくが、さほど不穏な予感はない。
彼女も根が真面目だ、本題を邪魔するようなことはしない範囲で、程度の意味だろう。
「問題は、だ……」
どうせ戦闘でヴィクターにできることはほぼない。
それよりアクエリカが見事救出されてしまう場合の心配をしておかないといけない。
ヴァイオレインの庇護がなくなり、おそらく普通に教会から狙われることになるので、街に散らばった仲間たちを速やかに集めて、急いでゾーラから脱出しないといけない。
結構肝心な部分がいまだノープランだったりするのだ。
さてどうしようかとヴィクターは……考えを巡らせる楽しみに身を任せた。
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